訴訟と感謝とファッション・センス | That's where we are

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the Church of Broken Pieces
(アメリカ救急医の独り言と二人言)

今回、今の時期にアイルランドから

アメリカへ帰ったのは

医療訴訟裁判のためでした

 

医療訴訟の大部分は、裁判に至るまでに

大部分のケースが棄却、却下等で

裁判所まで行くケースは少ないし

 

病院側も、長引けば長引くほど

弁護士費用等でお金がかさむので

ある一定までの金額を提示して

示談する方が早かったりするし

 

もうかなり前のケースだったので

何故こんなに時間がかかっているのか

不思議だったのだけれど

 

患者側の弁護士が2回変わり

患者とその家族がかなりの高額を要求し

それ以下は絶対に交渉する気なし

仲裁(arbitration)も拒否

 

随分、強気だなあ...

 

どこからそんな自信が来るのか

本当に不思議でした

 

多分、患者側は成功報酬制で

弁護士事務所と契約しているので

訴訟に負けても全く懐に響かないという

状況もあるのでしょう

 

以前に2回、同僚の裁判を見に(聴きに?)

行ったことはあったので

アメリカの医療裁判というのが

サイエンスを審議する場でないのは

知っていたつもりだったけれど

 

理解し切れていないのか、わざとなのか

審判員を混乱させるような

原告(患者)側弁護士の発言とか

そんなこじつけ発言してもいいの?みたいな

専門家(よね?)証人の発言とか

 

傍聴席から「ちょっと、ソレ違います」と

何度、声を上げそうになったことか...

(声は上げなくても、顔に出ていたと思う)

 

被告となった数人のうち

私ともう一人の医師はメモを書き書き

休憩時間ごとに、私たち側の弁護士に

あれは間違えている、これはおかしいと

いちいち報告していました

 

それが役に立ったか立たなかったのか

でも、誰かに何か言わないと気が済まない

 

義理と人情が入り込んでくるところが

若干、シンプルなビジネスとは違うのが

医療の特徴かも思うのですが

サイエンス無視で押し切ろうとする

その姿勢に憤りとイラ立ちを覚え

そして、情けなく思いました

 

医療関係者ではない12人の審判員が

感情に流され判決を下すのでは、と

審判員の方々を、私は正直に言って

過小評価していたと思います

 

ですから、被告(私たち側)勝訴と

なったことは当然とは思うのですが

各審判員、12名全ての方が

そう判断してくださったのには驚きました

 

ドラマや映画の裁判のシーンで

裁判官が入ってくる際に

皆、起立しているのだと思っていましたが

 

あれは、わざわざ時間を割いて審判員となり

何日も(時には何週間も)法廷に通い

何時間も集中して、沢山の人から

いくつものバージョンの話を聞き

最終的にフェアな判断を下してくれる

審判員達に敬意を表しているのだと知りました

 

感謝しています

 


サイエンス無視、には勿論なのですが

何にイラっと来たかというと

原告側の弁護士のファッション・センス

 

毎日毎日、なんで、こうも似合わない

色と形の服を着ていらっしゃるのか

ある日は、センス以前の問題で

仕付け糸が付いたままのスーツで

熱弁をふるっていらっしゃいました

 

でね、誰も彼女に言わないんですよ

患者もその家族も、知らんふり

 

私、もう耐えられなくって

「xxさん、仕付け糸、取り忘れてますよ」

休憩時間に教えてあげました

 

夫は「向こうは敵なんだから

そんなの放っておけばいいのに

審判員もそんな所、見てるんだから」

 

審判員にも、彼女のファッションセンスが

嫌でたまらなかった人がいたのかも...

 

 

 

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