『最高の人生の見つけ方』 映画 |   EMA THE FROG

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ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン両主演映画『最高の人生の見つけ方』を見た。仕事に人生をささげた大富豪エドワード(ジャック・ニコルソン)と、家族のために地道に働いてきたカーター(モーガン・フリーマン)という二人のおじいちゃんが、お互い余命6ヶ月という状態で出会い、「死ぬまでにやりたい事をやり尽くそう」と意気投合し、(病室を脱出して)一緒に旅に出る物語。

さすがにベテランの俳優、二人とも味のある演技をしている。自然な演技、というか、むしろその間に漂う不自然さがリアリティを醸していて、映画冒頭、二人が他人のまま同じ病室で時間を過ごしているしばらくの間、二人の間に漂う乾いた気まずさ、着陸地点を見つけられずに戸惑っているお互いの好奇心、そして突然告げられた余命6ヶ月という現実に対する恐怖、そういう微妙な感情を、二人はキチンと「微妙な演技」で、伝えてくれる。無論、それは計算された微妙さで、それができるからこその、「名優」なんだろう。

二人がうちとけ、一緒に旅に出てからは、誰もが笑顔になり、同時に、どこか切なくなる映像が続く。もうすぐ死んでしまう事が決定している二人のおじいちゃんが、マスタングで競争したり、ピラミッドの頂上に登って語り合ったり、高級レストランで食事したり、エトセトラエトセトラ。大富豪エドワードのプライベートジェットで世界各国を飛び回る彼らの姿は、満面の笑顔で「やりたい事をやり尽くそう」とする二人の姿は、赤ん坊を見たときに感じるような、無条件の喜びを僕らに与えてくれる。彼らは本当に楽しそうに、あるいはしみじみと、様々なことを一緒に経験するのだ。

それから後、いろいろな事が起こるのだが、まあそれはそれぞれ見てください。

個人的に印象的だった登場人物は、エドワードの秘書くん。言葉のいちいちがユーモア(それも、黒い方)に満ちていてとても楽しい。手術に向かうエドワードが「二度と目覚めないようにしてくれ」と自暴自棄に言えば、「分かりました。努力します」と真顔で答えたりする。二人の爺様の放蕩旅行に、なんだかんだとつきあってくれて、物語最後では、重要な役割を果たしている。こいつ、すごくいいです。皮肉屋で、でも情に厚い。友達になりたいなあ。

もう一人が、カーターの妻、ヴァージニア。彼女は余命幾ばくもない自分の夫が、どこの馬の骨かも知れないエドワードと二人で病院を出ると聞いたとき、烈火のごとく怒る。「どうして治療を諦めるの!?私がもっといい先生を探すから!」彼女側から見れば、もっともな意見だ。愛する夫、これまでもずっと支えてきた夫には、一日でも長く生きて欲しい。それなのに当の本人は、いつ死ぬか分からぬ身で旅に出ると言う。怒るのも無理はない。

このヴァージニア。先に紹介した秘書くんよりも、実はずっと興味深く見ていた。彼女は決して、悪い人ではない。むしろ、これほどしっかりした人は、なかなかいないだろうと思う。自身もつらいだろうに、夫にはそういう顔を全く見せず、献身的に看病する。素晴らしい精神力だと思う。しかし、その事が一方で、カーターに苦しみを与えているのかもしれない事にはどうしても気付けない。(カーターもまた、その苦しみに正当性がない事を自覚して、妻には隠そうとするのだが)

自分勝手、とか、自己中心的、とか、頑固、とか、そういう言葉ではちょっと足りない、誰しもが持っているはずのある種の「不安定さ」を、僕はこのヴァージニアからひりひりするほど感じたのだ。