幾つものサインが日常に転がっていて
そのサインに翻弄されることもある。
このことに何の意味があるんだろう、と
拾っては置いて
置いては拾い
人生とのつながりを
こじつけることが出来ると
少しだけ安心する。
手持ちのバッグの中身を全て吐き出す。
お財布、頓服、
ハンカチ、ティッシュの「絶対必要なもの」から
子どもが貰った飴玉
使い終わった入場券
メモ帳など
今は「必要がないもの」が出てきて
私のバッグの中身はいつの間にか
「絶対に必要なもの」と
「そうでないもの」が混在して
過去の私と
現在の私の
僅かなズレがそこに在る。
飴玉も
入場券も
メモ帳も
その時は確かに
「絶対に必要なもの」としていたけれど
時の流れとともに
お役目を終えたそれらを
私は取り出した。
幾つも大事そうなものを抱えていると
新しいものが入る隙間はなくなってしまうし
その時は必要だったものでも
今はもう、
必要ないものかもしれない。
きっとそれは
ものすごく本質的なことなのだと思う。
手持ちのものを全て晒すことは
もう「お役目」を終えたものにありがとうを告げて
余白を創っていくこと。
日常の中に
余白を創っていく大切な儀式。

