「好き」で生きることと、記憶。 | 過去、現在、みらい。

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こころのこと、子どもたちのこと、私のこと。

 

 

 

 
 

 

 

 

 

昨日は実家に行って過ごした訳ですが。

 

 

 

 

 

父が先日

新車を購入しまして。

 

 

もう生きてる間はこの車で最後。と言って

 

 

片っ端からオプションを付けまくり

 

 

当初の金額から大幅に飛び出た額で納車しました。

 

 

 

 

 

お金がない。って

昔から両親は言ってたけれど

 

 

あるんだよなぁ。

 

 

「ない」と言うけど

しっかり「ある」んだ。

 

 

本当にない瞬間もあったと思うのですが

 

 

昔からの「お金がない!コント」は

 

 

もう見破れるようになりました。

 

 

 

 

 

車へのこだわりが昔から強い父は

 

 

納車した100%「好き」の車を

 

 

自分のモチベーションとし

愛情を持って接している。

 

 

 

 

 

子どもたちが成人して

手がかからなくなった今。

 

 

手を掛ける対象が車に移ったことで

 

 

父がいつもよりも若返って見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな頃は

よく洗車場に連れて行ってもらって

 

 

日曜日しか休みがない父に

付きそうこともあった。

 

 

手伝ったご褒美として

 

 

冷たいジュースを買ってもらって

 

 

タバコのニオイと共に

喉に流し込んだことは今でも覚えてる。

 

 

 

 

 

過去の記憶が焼き付いたフィルムを

 

 

今の私が

もう一度見直している。

 

 

 

 

 

「あの時」の気持ちは

いちいち覚えていないけど

 

 

なんだかんだ、楽しかったんだ。

 

 

「せっかくの日曜日、あのひとはどこにも連れていかなかった」と

 

 

母は口癖のように言っていたけれど

 

 

本当は母が

 

 

みんなでどこかに行きたかっただけなんじゃないか。

 

 

寂しかっただけなんじゃないか、って思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大人になった私が

小さな頃の私に伝えられることはシンプルで。

 

 

 

 

 

「愛されてるよ」

ということと

 

 

「そのままで大丈夫」

ってこと。

 

 

 

 

 

沢山の言葉は

必要ないのかもしれない。

 



 

 起きてもらって良いかしら?

 

 

 

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