私ほんの少し前まで
母親として
セラピストとして
占い師として…
その枠の中で
”個性”を出すにはどうしたら良いんだろうとか
他のひとと”差別化”を図るにはどうしたら良いんだろう、とか
考えあぐねていました。
そりゃもう
めちゃくちゃにしんどくて
もがいたからって報われる訳でもないので
いつまで経っても
虚空な心のままでした。
個性だの差別化だのは
言ってしまえば
誰かに認めて欲しいとか
理解して欲しいとか
”外側”や”自分以外の誰か”を意識しているからで
(承認欲求を否定している訳ではありません)
そうしている内は
自分に矢印を向けても
光が反射するかのように
散漫するような状態になっていました。
確かに自分に矢印は向けている。
自分に集中しようとしている。
でも、何故か向けきれていないのは
他のことが気になって仕方ないのは
「◯◯として」が
強かったからだって今は思うのです。
母親としてでもなく
セラピストとしてでもなく
占い師としてでもなく
「私として」
何を思ってどう感じたのか、が大事で。
そこに
「◯◯として」は必要ないんだって思った。
認めたくなかったけれど
この「◯◯として」には
ドロっとしたプライドや意地が隠れていて
残念ながら
占い師として、
セラピストとして発信していた私は
言葉の色や
エネルギーは
「私」そのものではなかった。
純度の高い自分の上に
何重にも色を重ねて
ごちゃつかせて
さぞ”やっています”感を出す天才でもありました。
私としてどう感じるのか、
ということは
諸々の肩書やスキルを全て脱ぎ捨てた
最弱で
最強の個性だって
漸く分かった最近です。
これを見てくれたあなたにも
「私」というひとが
少しばかり届いていたらしあわせです。

