今週は祭りだ。フェスだ。なんでかって、SixTONESのベストが出るし坂本慎太郎も三年半ぶりにアルバムをリリースする。一旦ストは置いといて今日は坂本さんの話がしたいのだ。3年半前に出たのが「物語のように」というアルバムだった。



あの、ほんと申し訳ないんですけど、私フライヤーだけもらってCD買ってなかったんですよ(小声)。ほんとこんなんでだれがファンやねん!てかんじなんですけど、この頃まだ私は一度失った音楽への興味関心を取り戻しつつあるリハビリ状態みたいなかんじでしてウンヌンカンヌンすみません端的に言えばサブスクで済ませていたアホンダラでした。



でも、ただいま坂本慎太郎旧譜キャンペーンというのが某タワレコで開催されていましてね?いやこの時のために取っていたのではないか私はと。だって、今までの私なら当たり前にリリース時に買いそろえるわけですよ。だから旧譜キャンペーンとかライブ会場で特典付きで販売されるやつとか含め、もう持ってるしな…って参加出来ないわけですよ!!!!



今回の特典が、坂本さんの過去のポスターをステッカーにしたもの(ランダム2種)。このポスターについて私絶対記事書いてるやろと思ったらやっぱ書いてた。このポスターがソークールで、今も実家の私の部屋にはbounceかなんかのこのページを切り取ったものが貼られてる。もう1枚の「音楽で爆笑したい。」ていうのも絶対せんやろというかんじで最高。本当に坂本さんの佇まいとか発する言葉がいちいち大好き。





てことでね、この度満を持して「物語のように」を購入しまして、ついに今日届きました。結果





やったぜ~!!!!!

本当に最高。坂本さんありがとう。タワレコもありがとう。



私、なんで坂本さんの音楽が好きなんだろうと考えることがある。ゆらゆら帝国が大好きなのはもちろんなんだけど、ゆら帝とはまた違う魅力が坂本慎太郎の音楽にはある。一言でいうと、天国みたいな音楽だと私は思った。浮遊感といおうか、少し浮世離れして、感情がないかんじ。童謡みたいな無邪気さの中に死のにおいが漂うかんじ。でもそれは良いも悪いもないかんじ。色で言うと白い感じ。仏様って笑ってるのか真顔なのかわかんないけど、なんていうかそんなかんじ。とかいえば坂本さん困ると思うけど、私は坂本さんの音楽を好きな理由がやっぱりうまく説明できない。だから今週出る新譜と本を心待ちにして、改めて言葉に表せられるようにしたい。とりあえず3年半前のアルバムをCDコンポで聴いている。もう2周した。






コーヒー党の私は、ほぼ毎日カフェに行く。作業をさせてもらう日も多い。長居する時はちゃんと追加注文もさせていただくし、カフェへの敬意はあるつもりだ。そのぶん、ナンダコレ接客を受けると密かにダメージを喰らってしまう。カフェ選びは決して妥協してはならない。




先に言うと、今日私はカフェ選びを誤った。その店舗は数ヶ月にもほんのり嫌な思いをした場所だったのに、またもこのような想いをするとは、もう行くなということだろう。だからわたしは二度と行かない。さて何があったかを備忘録として書いておくことにする。




たまに利用するそのカフェはTのつくチェーン店で、昔からアプリを入れるくらいには利用していた。該当の店舗はわりと最近ニューオープンしたところで、角のカウンター席が空いている時にたまに利用していた。今日、その4人座れるカウンター席には奥から既に2名の女性が座っていた。私は1番右を確保したが、ほどなくして、私に近い席のほうの女性がリモート会議をはじめた。私は少し書き物がしたかったのだが、若干、いやかなり気が散ってとても作業に集中出来る状態ではない。ここでリモートとはかなりツワモノだぜ…と思いつつ、集中したいなら個室を借りろというのは私にも言えることなので、すぐ終わるだろうと我慢することにした。ところが、これが終わる気配が全くないのだ。




ここはリモート会議OKなのか確認したくTのつくカフェのホームページを見てみると、間違いなく「お控えください」とある。禁止とは言わないが状況によってはだめなこともあるよ的ニュアンスだろう。女性がリモートを開始して15分経っていた。時折高らかに響く笑い声が不快だった。私はレジのお姉さんに相談してみることにした。




すぐに注意しなくていいので、このあとも続くようであれば注意していただけませんか?と相談すると、状況を把握したお姉さんがわかりました、と言ってくれた。頼りない返事だったがおそらく学生さんに見受けられたので、先輩に伝えに言ったのだろう。そのあたりまではわかった。すぐに来なくていいと言ったのは、席に戻ってすぐだと私がお願いしたことがバレるから。まぁバレたとていいのだが、あからさまだと気を悪くさせるかもしれないと思ってのことだ。




リモートはその後も続いた。その女の左隣に座っていた女性は席を立ち、目で追ってみると別の席に移動していたのでしびれを切らしたものと思われる。こうなってくるとリモート女と私の一騎打ちである。私も店員さんが助けてくれると信じ、イヤホンを装着して作業していた。こうなったら意地でも退きたくない。だがしかし作業がはかどることはなく、もはやいつ店員さんが来てくれるかだけに気を取られた私のノートには、私のうらみつらみの言葉たちがミミズのように連なっていた。




50分後、ようやく女のリモートは終わった。店員が来ることはなかった。まぁ終わったならもういい、なかったことにしよう…と諦めたその時、すみませんと声をかけられたのはそのリモート女でなく私であった。振り向くとそこには、男性の店員。若いのでバイトリーダーとかそんな感じだろうか。イヤホンを外してハイ、と返答すると、




あの、さきほどご相談されましたお隣のリモートのお客様ですが…お調べしましたら4、5時間前からおられまして。ただその分ご注文はいただいておりまして、それでお声かけできない状況でございます。よろしいでしょうか?



いや
今言うかね?!?!?!?!

リモート女、リモートを終えているのでおそらくこちらの会話なんて普通に聞こえているはずだ。え、追加注文してるからリモート注意できないんだ?!?!リモートや通話はお控えくださいて書いてあるけどな?!?!追加注文したらオッケーなんですね?!で、今それを私に言うんだ?!私が気をつかった意味?!もう終わってるのによろしいもよろしくないもありますかね?!まじでなんなんこいつ!!もう大丈夫です帰るんで!!ていうかもう二度と来ないんで!!!!という思いで「もう帰るので大丈夫です」と力なくつぶやき退店した。




今考えてみても、店員の言ってることがズレすぎてて笑えてくる。同じ日本語なのにこんなに人って意思疎通できないものなのか。リモートオッケーなら最初から言えよ。すぐ出るから。あとそれなら「お控えください」みたいな中途半端なポリシー出すなよと。SとBのつくカフェみたいにノマド大歓迎理念はっきりさせときゃええねん。そのズレが腹立つ。憤慨しながらTとつくカフェのアプリを消し、二度と行くまいと誓った。ふとVとつくカフェが頭にうかび、あそこは黙々と作業してる人ばかりに思えるがなぜだ?と調べるとリモート禁止のようだった。最初からそうすりゃ良かったし今後もそっちに行くことにする。ちょうどいいわ、ネコの方が好きだし。







それが答えだ!というドラマがあった。私の大好きな三上博史主演のドラマである。何らかの事情があって現在も映像作品化されていないと思われるが、子どもながらにものすごくいいドラマだった記憶があり手始めに私はこのノベライズ本を購入したくらいだ。


 

 



んで、マジで大声では言えないのだがユーチューブに誰かがあげてくれてるので今もたまに観ている。




三上博史、このブログで何度となく叫んでいるが、本当にカッコイイ。本当にスーパーハイパーカッコイイ。私は中田裕二ファンであるが、中田裕二が自らを三上博史に似ている(と人に言われる)発言をしていた時はオイ自分で言うな自分で!!!と思うくらいには三上博史が世界一カッコイイと思っている(もはや私は世界で一番君が好きとリップスティックの三上博史を見るためにFODに課金している状態)。だけど、この頃の三上博史のシャツと細身パンツのスタイリングは若い頃の中田裕二を彷彿とさせるものがあるのだ。本当に不思議だ。顔は似ていないのに、なんつーか質感だけがすごく似てるのだ。三上博史が好きだから中田裕二が好きとか、またその逆もない。似てるのに似てない、似てないけど似てる。そしてそこ関係なくして私は両者が大好きで、またその関係性が不思議でしかなくて、自分の中のここ数年の七不思議のひとつとなっている。私は何を言っていますか?




さて、このドラマを観ていると今ならどんなキャストになるのだろう…とつい考えてしまう。あの頃多かったこういう学校モノ(というのだろうか、私が言いたいのは先生と生徒のふれあいみたいなハートフル作品のこと。金八先生とかみにくいアヒルの子とか)ってさ、最近見ないよね。となると今の時代でキャスティングするというのも野暮な話かもしれないが、とりあえず萩原聖人が演じる若い教師役なんてとくに時代錯誤も甚だしいと思われる。ピュアでバカでまっすぐな熱血漢。ずーっと声でかい。こういう教師ってもう居ないんだろうなぁ。最早流行りもしないんだろうなぁ、とか考えていた。それでも無理矢理キャスティングするならば…と考えてみても出てくるのは一昔前の俳優さんばかりなので、もうやめることにする。







 

 







最近行ったライブのレポを書こうと思いながら、あまりに盛りだくさんだった内容になかなか筆をとることが出来ずにいる(ブログなので筆はおろかペンすらいらない)。セトリとか充実したその中身は当然書くつもりだけど、隣合った人が若干はずれだったことをここで先に書いときたい。なぜって、この苛立ちを消化させたいのだ。今私はランチの時間にこれを書いている。




SixTONESの会場では、ノーマスクにもかかわらず咳をする女性が隣だった。風邪の治りかけなのか、ノーマスクで来ているということはさすがに重病だったわけではないのだろう、まぁ私はアールワンを飲んでいるからうつされる心配はないぜ、と思いつつも横でゴホゴホされるとやはり嫌だった。一緒に来ている友達にちょこちょこ話しかけながらゴホゴホゴホォ!!てなってるから、だからオマエは喋んな咳出るから!!と内心思ってた。数日後にはくるりのライブだったので絶対に風邪などもらいたくなくて結構嫌だったのだが、結局もらうことはなかったので良しとする。アールワンのおかげだ。昨年は正月から熱を出しその後も喉を潰すほどの風邪を何度もひいたが、この冬は2日にいっぺんのアールワンによって健康が保たれている。今私はこの世でアールワンを最も信じている。




数日後、くるりの会場では右隣の人から異様な匂いがした。女性だったのでこんな事言うのは気が引けるが、洗ってない頭の匂いと、ふと漂ってくる犬の匂いがキツかった。犬を飼っていらっしゃる、というよりかは歯周病の匂いだと思った。隣に居るのがしんどかったのでさりげなくその人に前を譲って少し距離をとっていた。それでも前からふわっと漂ってくる犬の匂いで、場内は満員だったが私は無理やり距離をとるしかなかった。



いやはや世の中にはこんなに人がいる中で、当たりとも言えるな…そういえば今年は宝くじも当たったんだ。年末に商店街のくじ引きで貰った宝くじで1万円!ラッキーラッキー今年はラッキー、と無理矢理ポジティブに切り替えようとしていたら今隣の席に来た女の子がずっと痰を切っている。15秒に1回痰を切る咳をしている。いい加減にしてくれ。もうみんな家に帰れ。そして私もそうならないように自戒したい。嫌なことは嫌って言いたい。2026。







11日はくるりのライブ。ということで、通勤時に昨年4ヶ月連続リリースされた曲たちを聴いていた。明日はSixTONESのライブなのでSixTONESの予習しろよというところなのだが、SixTONESはよっぽどコアな曲じゃなければもうわかるので今朝はくるりを優先させていただく。いずれもリリース時に何回か聴いたくらいなのは年末の私が中田裕二で頭いっぱいだったからだ、致し方ない。




ワンダリングもRegulus瀬戸の内も、それぞれの味わいがある。そしてoh my baby。冒頭からくるりらしいメロディや空気感があるのは勿論最高なのだが、後半クライマックスにかけて私の涙腺はもう駄目。朝から感動してしまい出社前なのに泣きそうな私。





ずーっと昔。多分JCDだったと思うのだけど、林檎ちゃんが「いかにカラオケで歌いたくなるか(がポイント)」みたいなことを言っていて、それすごく同意できるなと思ったので覚えている。歌ってて楽しいリズム、歌ってて気持ちいいメロディ、そういうニュアンスだと思うけど、たしかに私は林檎ちゃんをはじめとする好きなアーティストの歌をカラオケで歌いたいタイプ。巷で売れてる曲ってそういうのがほとんどだと思う。私にとっての中田裕二なんてまさにそれで、カラオケ行ったら八割裕二歌う。でも気づいた、私はくるりを歌わない。キーが合わないとかそういう理由も曲によってはあるけれど、くるりに関しては歌いたい欲があまり沸かないのだ(あ、でもチリペッパーとか石転がっといたらええやんは歌うかも)。だけど、聴いていて腹のあたりから込み上げてくる多幸感とかコード展開からサブイボたつかんじが何十年とある。ほかのアーティストの楽曲を聴く時にはない感覚なんだ。





最近のくるりの音楽は、私にとってポップスというよりクラシックに近いのかもと思った。メロディを追うというよりかは、ぼんやり音を受け止めるかんじ。聞こえて来るハーモニーに癒されたり、ワクワクしたり、曲が終わったら拍手したくなる様な余韻に包まれるかんじ。2月に出るニューアルバムは「儚くも美しき12の変奏」。タイトルからして、現在のくるりというかんじがする。私の感覚もあながち間違っていないのかも知れない。