定期的に、あの頃のポップスが聴きたくなる。90年代の曲。最近はなんとなくglobeを聴くことが多くて(私はKEIKOさんが大好き)MVを見たりしてると、関連でその時代の音楽を流してくれたりする。そこで改めて出てきた、槇原敬之のすごさよ。
HungrySpider。これ、本当に名曲だと思う。イントロもAメロもサビもコード進行もメロディも、そして各パート全ての楽曲がカッコイイ。大好きな曲だ(我らの亀ちゃんもいるよ)。それでもリリース時、私は小6。そんなにピンと来ていなかった印象がある。
私の幼なじみの女の子で、小柄で大人しそうな見た目だけど賢くて話が面白くてトレンドにも敏感な友達がいた。どのくらい敏感かというと、小学生当時やっと地元にジャスコができて大騒ぎになるくらいのクソド田舎にもかかわらず、彼女の服はラヴァーズハウスだったし文房具は無印で揃えてあった。わかりますかこの感覚。山と海と畑しかないド田舎で、この子だけがやけに都会的だったように思う。
サザンのTSUNAMIがリリースされてすぐの頃。彼女はそれをめちゃくちゃいい曲だと言って感動していた。当時私たちの周りで流行っていたのはモー娘のLOVEマシーンだったし、私がTSUNAMIの良さを本当に理解したのはその20年後であるというのに、つくづく大人びた感性を持っていた子であった。そしてその子が同じように褒めていたのが槇原敬之のHungrySpider。マッキーが逮捕されてワイドショーが連日マッキーを批判していたとき。どこかの番組がHungrySpiderのMVと歌詞を持ち出して、事件と関連ある世界観だというように報道していた。その子はHungrySpiderが「異常な歌」だと分析されていたのを嘆いていた。いまMVを見ながら、「こんなにいい曲なのに悲しい」と言っていたその友達のことを思い出している。
そう、この曲は異常かも知れないが本当にいい曲なのだ。異常といったのは当時の作者がラリってるとかそういうことが言いたい訳じゃなくて、世界観が正常のようで正常ではないということ。サスペンス系のドラマ主題歌だったのでその世界観に寄せているのだと思うが、ど素人からするとそういう世界観の曲を作るぞとやってバッチリ決めてくるその才能には、ため息しか出ない。ラテン調のコードや翳りのあるメロディ。聞こえてくる歌詞も美しい。この歌詞については様々な憶測や解釈があると思われるけど、個人的には狂気にしか感じない。全編蜘蛛サイドの語りでしかないからだ。「この巣にかかる愛だけを食べる」ということが、蝶にとってどれほどのものかが描かれていない。蜘蛛が美しい蝶に対して抱いた想いをひたすら美しく儚く描いているというのがかなりの危うさポイント。最後のフレーズが「あの子を逃がした」となる余韻もまた素晴らしい。逃がしてジ・エンドというなんとなく美化された蜘蛛の自意識、あと身勝手さも感じる。そこにもやはり蝶の意思は見えない。とにかく危険すぎるのだ。そしてイントロと同じアウトロがループする。私は作詞や作曲のことなどは本当にわからないが、それでも本当によく出来ていると思う。
そしてMV。どんでん返しが2回あるのが、してやられたりというかんじ。撃たれてからもなお不死身である「蜘蛛」(MVではマッキー)を狂気のモチーフとしたなら、狂気とは何度も何度も現われ、ループする不滅のものなのかもしれないね(別に再犯するよって意味ではないんだけど)。蜘蛛の物語だけどそこには結局人間が描かれていて、教訓めいたものが隠れている。というのはこのMVの通り、こどもたちに読み聞かせる紙芝居と一緒なんである。槇原敬之、まじで天才だ。この曲の良さに小6で気づいていたあの子もまた天才かも知れん。














