もう5月ですけど、誰が言ったか417はシイナの日。ところがこの日は小林賢太郎さんの誕生日でもある。そして無論、中田裕二(最早敬称略)の誕生日である。毎年言ってるからもういいか。私の推し3人が絡む4月17日、そろそろ祭日にしていただきたいくらいだ。




少し前になるが、某ラジオで中田裕二生誕企画というものがあった。中田裕二の魅力と好きな曲を3曲選べというもの。私もリスナーなので満を持して投票させていただいた。そしてその結果が先日オンエアされたのだが、1位が静寂のホリゾント、同率2位で正体、存在、3位が限りあるすべてということで、個人的には限りあるすべてが3位というのが割と意外な結果だった。なんていうかこのベスト3…




地味じゃない??
(いや、無論いい曲ですけども)




ちなみに私は正体大好き芸人なのでそれが2位にくい込んだのは当然と感じたものの、存在が並んできたのも結構意外だし、静寂のホリゾントもそこ来たか!っていう。昔ならSTONEFLOWERとか愛の摂理とか誘惑とかが入ってたんでしょうから、ランキングも様変わりしている様子。いうて地方のラジオなのでどれだけの人がradikoに課金し、しかも投票までしたのかとなれば全国の檀家の総意といえるほどの数になったかは怪しい気もするが。




ちなみに私のベスト3は正体 GARIGARI ランナーでした。まじでガリガリ日本で一番聴いてるんじゃないか説。この時代にこれぶっぱなしたのソークール。直球かと思いきやシニカルかつ踊れる仕上がり、こんなん唯一無二すぎるだろ。




んで、Xを徘徊していると、自分の好みと全く違っていて戸惑ってる…なんて人も見かけまして。その方は見る限り古参のファンでいらしたんだけどそれを見て思ったのは、シンプルにファンが若干入れ替わったのでは??ということ。




いやまぁ中田裕二という人は実に恐ろしいペースで曲を作るし選択肢が明らかに増えたというのはありますが、おそらく酔夢譚以降ぶり返した人は多いしなんなら新規もいらっしゃるくらいなので、10年前の界隈の傾向と異なるのは当たり前だと思う。だから戸惑わないで欲しいし、ご自身の好きな曲を大切にされたらいいと思う。




で、私もこのブログにて交流させていただいていたフォロワー様の中にわりとアツい椿屋ファンがいらしたよな?と久しぶりに探してみる。そうしますと、当たり前に更新は止まっていて。今はどうされているのかな?聴いてらっしゃるのかな?なんて考えてしまいました。ついでに他の仲良くしていただいていたブロガーさんも覗いたらほとんどが揃いも揃って2014~2016で更新をやめておられて、その時期なんかあったん???ってなるくらいでした。まぁ私もこんなに長くチマチマ書きつづけるとは想像もしてませんでしたけど。あとその未来で最も聴いているのが椿屋及び中田裕二になってるとはそれこそ予想外だと思うよね。あの日仲良くしていただいた椿屋ファンのブロガー様。今なら私、あの頃よりもさらに熱く語れます。いかがですか。








表題。NAGISAにて、を思い出す。







GWなので地元に帰ってきた。昨晩は幼稚園から知り合いといった具合の同級生たち8人で飲んだ。問題児もいたし物騒なこともあったはずだがみんな大人になってなんならおじちゃんおばちゃんになったから、終始朗らかだった。永遠に笑っていた。今仲の良い友人と違うのはお互いの親や家族や住所また家の間取りまで知っていることだ。貴重な関係だと思うし、こうして未だに会えることがとても嬉しい。地元にある海辺のカフェが好きで、今日も行こうと思ったらこの連休は休みらしく肩透かしを食らう。ということで、おなじみの地元のコメダに来ている。コメダは今住んでいるところにいくつもあるからわざわざ来なくていいのに、地元は行くところが少ないから結局来てしまう。夕方の時間は静かでとても落ち着いていて、来てよかったと思った。なんでだろうか、私が帰る時は大体雨が降っている。







今日はネトフリで坂本慎太郎2022のライブを観ていた。



ニュー白馬でこのライブがあるという知らせは当時センセーショナルだった。友達がすぐさまLINEをよこし私を誘ってくれたのに、私ったら遠征が苦手なもんだからあっさり断ったんだよね。そんな遠征苦手民もこのところ西日本ならば足を伸ばすことができるようになり、ニュー白馬には昨年末中田裕二を観るためようやく訪問できた。ので、映像を見ながら十分行ったような気になれた(中の構造や雰囲気を知っているので)。



坂本慎太郎の音楽はなんでこんなに魅力的なんだろうと考えることがある。言うまでもなく人気だが、今の邦楽の中ではかなり異端な方だと思うからだ。異端といっても派手じゃないし奇抜というわけでもない。かといってスタンダードともいえない。何にも属さないそのかんじがすごい。






歌詞のシンプルさもすごい。難しい単語も表現もない。頭のいい小学生には十分伝わるような日本語。でもその中にはどことなく憂いがあったり悟りがあったり、風刺とも読み取れる部分もある。大人だからわかるものもあると思う。そしてそれを慎太郎さんは、狙ってるのか狙わずしてやってるのか、狙わずとも的を得ちゃってるのか、嘘か本当かがよくわからないところが本当にすごいと思っている。



坂本慎太郎バンドの立ち居振る舞いもなかなかだと思う。慎太郎さんはじめ、まじで笑わない。たんたんと楽器を奏でる姿を見てこの人たち普段電車とか乗るんかな?米とか炊くんかな?などと考えるがまじで電車も乗らんし米も炊かなさそう。カスミとか食べてそう。もはやジブリとかのキャラなんじゃないか、というのは慎太郎さんが妖怪顔だからそれにひっぱられてるというのも多分にあるのだが(まじで褒めてます)、リハでもこんなかんじなんか?この空気感は素人じゃなかなか出せないというものだ。




「僕には時間がある」という曲がある。私はゆら帝の「時間」という曲が大好きでその歌詞には昔から色々としびれさせられたものだけど(ゆらゆら帝国のしびれだけに)、そんな慎太郎さんが君には時間があるとか言い出したから勝手に感慨深かった。そう、こんな詞をこんなに端的にカッコよく書けるのがすごい。普通こんなカッコよくならない。







インタビューを拝読していても感じる。やっぱり坂本慎太郎さんはわかりやすく宇宙人だと思う。とかいうと怪しまれるかもしれんが、個人的には藤原基央に近いものをずっと感じている。そして私はこの人の音楽のことを、天国みたいだと思った。それは、天国みたいに気持ちいい!とかではなくて、生きるとか死ぬとか超越した感じ。死とは人間にとって恐れだけど、本当はそこにあるのは死という事実だけだというよね。そんなかんじの感覚。そこにあるから出しました、みたいなストレートさ。感情とか性別とか善悪とかを超えたフラットさ。私の知る限り、他にいない。







表題。先日の山鹿の夜、ファンの皆さんとそんな話になった。私の椿屋の始まりは多分ラジオだったと思う。中1の時にMDコンポを買ってもらった私はそれと同時にラジオを聴くようになった。椿屋が流れてきたのは高校時代。たしか深夜3時からのオールナイトニッポンだったと思う。吉田尚記さんの番組だった記憶がある。ちょっとここいらで確定させておこう。






うん、あるね。やっぱり時期的にはこのへんで間違いないようだ。たしかこの番組の中で、椿屋がなにかのイベントで歌っているライブ音源が流れた。そのイベントの経緯は忘れてしまったんだけど、その小春日和を強烈に覚えているんだ。それをきっかけになのか、それともすでにCDをレンタルしていたからなのか、どっちが先かはもうわからない。成れの果ても好きだった記憶があるけど、小春日和は椿屋の中でもかなり爽やかな類なのでその印象でやけに記憶に残ってるのかな。ということで、私が椿屋四重奏に出会った曲という話になればこの「小春日和」を挙げている。


 



 






約9名とそんな話をしていたら、その場の中では私が一番古株で驚いた。というのは、その場にいた檀家(ファンの呼称)が全国各地からお集まりの強火ファンで、私なんていうて出戻り組だし、とか思ってたんだけど意外とみんなここ数年で好きになったという人ばかりだったからだ。となれば、ほんとに酔夢譚やって良かったね裕二(敬称略)…と思うし、逆にあの時期椿屋を愛していた人は今もまだ聴いているのだろうか?と考えたりもする。私も椿屋四重奏というバンドを当時一番に推していたわけでもなかったんだ。このブログにも記録が残っていて自分でもありがたいが、私の中で常に6番目くらいに好きなバンドだったと思う。それが令和の今ぶっちぎりトップで大好きな音楽なんだから、やっぱり音楽にもタイミングがあるんだな。いい音楽は廃れない。今日もずっとふれきしぶる観てた。椿屋を、中田裕二をリアタイできて本当に良かった。







このブログでも何度も申しているが、ゆずは私がはじめて本格的に好きになったアーティスト。ゆずえんがヒットしたのは私が小6だった頃。当時の私は親譲りのCDラジカセでカセットを聴いて、そしてCDを買い集めて、ライブDVD(当時はVHS)を見漁っていた。中学になってMDコンポを買ってもらった。聴くのはJPOP全般だけど、B'zかglobeか林檎かゆずが好きだった。で、同じくゆずっこのクラスメイトと語り合ってた。その子とファンレターを初めて書いた。とにかく2人のことを考えているのが楽しかった。近くにあった激安のカラオケ店で歌うのも楽しかった。当時のゆずはテレビに出るタイプではなかったから、地上波で素の2人が出た力の限りゴーゴゴーは超レアで一生懸命録画したりして。今で言う、私にとって初めての「推し」といえる。


2000年に出たトビラはとてもピリついたアルバムだったと思う。子どもながらにそのシリアスさに気づいたけど、まだロッキンオンジャパンはじめ音楽誌を読むことにも慣れてない時期だったから(そのあと私はロキノン厨になります)それがゆずにとってどういうことなのかとかはまだわからなかった。のちに、ゆずがこの時期を振り返るインタビューを見つけて、色々あったのだなぁと知った。

今はゆずを追いかけていないから、そんな粋なことをやっているなんてこのニュースを見つけるまで知らなかった。


トビラ。ゆずのサードアルバム。ゆずえんからのトビラはなかなかシリアスな印象だった。冒頭の幸せの扉、爽やかなコード進行だけど、「幸せの~扉を~~」とかいいつつなんか重たいんだよなぁと思っていた。その後の日だまりにてもどこか切なかった。つづく仮面ライターで絶対様子がおかしいと思った。飛べない鳥はシングル曲でなおかつニノが出てるドラマの主題歌だったけど、MV含みでやっぱりシリアスなものだった。というふうに、そらでアルバムの曲順に語れる。それくらいめちゃくちゃ聴いていたアルバムだ。その後のラインナップもどことなく闇がある。何処もねぇも青春の日々も心のままにも、2人の心の叫びのような曲ばかり。きょ・お・はっ昨日の悲しみも~~~♩とか言ってたゆずの様相どこへやらである。



それが、なんと時を経て2025秋、トビラツアーをやっていたというではないか!!まじで知らなかったぞ。生きてるとこんな面白いこともあるのだな。ゆずファンは卒業したのだが(勝手に)さすがにこれは興味深いニュースで、人間というのは20歳になっても大人のようでこどもだし、大人になっても数年先の自分よりずっと幼いのだと思う。つまり、人って年取るとどうやったって達観するものなのだ。ただ、あの時こうでしたねって冷静に振り返って今ならこうやりますって実行できる人は少ない。機会が無いし。それを自身の音楽で体現できるとは、やっぱゆずすげーという気持ち。




…と、そんな記事を下書きにしていた。下書きにしていたことも忘れていた。それが、Threadsで見た誰かのつぶやきで急に思い出された。そのつぶやきはおそらくミスチルファンと思われるもので、端的に言えば深海ツアーが好みではなかったという話。私はミスチルを人並みにしか聴いていないので詳しくは語れないが、それでも深海が問題作(と同時に名作)というのは知っている。人気も絶頂となれば、誰しもこういった時期は迎えるのではないだろうか。そう言えばゆずも…アレ?そういやトビラの記事書きかけてなかったっけ?!ということで私はこの記事を発掘し、今になって投稿している。2026年4月23日。午前3時半。冷凍都市の暮らし。行方知れずのアイツいつのまにか姿くらまし。