em1501amebaのブログ

em1501amebaのブログ

ブログの説明を入力します。

2026年10月24日6時前に起床、7時半過ぎに家出。スマホの天気予報では雨がほどなく上がるということだったが、自宅ドアから階段を降りるときには結構な本降り。しばらくすると、霧雨になり、ほどなく傘を閉じました。

 さて、9月10日から京王プラザホテル@新宿で開催の移植学会に参加(と言っても報告を聴くだけです)しようと、3泊4日で上京した。往路はJAL112で機材はB3。搭乗機。

 伊丹では晴れていたが、途中は雲が多く、機窓は楽しめず。羽田では南ターミナルに着陸したので、丸福カレーには行けず、カレースマイルでチキンカレー。

 量が多く、後半はかなり持てあますも何とか完食。

 その後、宿のニューオータニイン東京(納豆とグレープフルーツのある朝食のためですが、高くついています)にスーツケースを置いて、初日のセッションに出ようと、新宿に急ぐ。新宿駅西口も絶賛工事中だったが、かつての記憶を辿って、迷いながら京王プラザホテルに到着。コーディネーター向けセミナーなどに出る。

 夕食は、大崎駅北口最寄りの味楽さん。お酒は月桂冠。サラダと。

 戴くのは、いつもと同じで、鰯刺し、鯵刺し、鰯フライ。

 

 満腹になって、ホテルに戻ってこの日は終了。

 翌21日の朝食。変わりばえしません。

 

 その後、9時からのセッションに間に合うように会場ホテルに急ぐ。最初のセッションの会場から次の会場へ移動する際にネットワークのFさんに声をかけられる(今回は、他にも、何人かに声をかけていただいた)。覚えていてもらえて嬉しい。

 この日のランチョンのお弁当。

 午後、最初のセッションは自民党の萩生田光一議員の特別講演。やはり、話がお上手。その後も真面目に報告を聴く。第6会場のあるホテル42階から東京都庁。

 終了後、大崎に戻り、また味楽さんへ。

 鰯フライが鰺フライになっただけで前日と同じメニュー。

 12日もいつもと同じ朝食(写真は省略)を食べて会場へ。

 この日のお弁当。

 午後も真面目に参加し、夕食は、東京駅のうなぎの菊川さんへ。

 焼けるまで、八海山をちびちびと。

 白焼きご飯。

 

 宿に戻って、風呂を使い、この日も無事終了。

 13日の朝食。

 ホテルから大崎駅。小さく味楽さんも見えます。

 帰りはJAL111。B8です。

 帰りも雲上飛行。当初、Flightraderでも搭乗機を発見できなかったのですが、着陸前になって、(雨雲を避けるため)こんな大廻りをしていたことを知る。降機時に機長アナウンスもありました。

 着陸前、淀川。だんだん、ドンピシャの写真が撮れなくなってきました。

 この時期、東京は雨が続いていて気温的には過ごしやすかったのですが、暑い関西に戻ってきてしまいました。

 ということで、簡単ですが、9月の東京行きの記録を終えます。

2026年10月8日6時起床、7時半前に家出。今日も良いお天気。最近は肌寒い日もあるが、今日はちょうど良い爽快な朝。数日前から農学部の西側に、六甲祭の垂れ幕が出ている。

 金木犀の香りも漂いはじめた。

 さて、また、ブログの更新ができずにいた。1年に1度、卒業前の医学部生に法律の話を(最近はオンラインで)することになっており、今年はそれが昨日の午前だった。だんだん目の調子が悪くなり準備に時間がかかるとともに、1日の稼働時間も短くなってきた。しかし、こちらは自分の記録でもあるので、とりあえず、前稿の続きを書いておきたい。

 8月23日の朝食を済ませた後、去年までは北大に散歩に行っていたが、今年は暑いので省略し、しばらく部屋で小休止。お昼前に自室を出て、札幌ステラプレイスの八雲さんで昼食。いつものとろろそばに天ぷらの盛り合わせを付けた。

 私には量が多かったようで、研究会の途中から、お腹が鳴って困ることに。(>_<)

 そのあと、地下鉄で、会場の札幌医大に向かう。この日もかなり早く到着。会場入り口。

 研究会は5時に終わり、その後少し打合せがあって、5時半過ぎに札医大を出た。

 この日は18時から学会の理事会がオンラインで開かれる予定になっており、ホテルの自室に急ぐも、途中で気が緩んで、大通駅から南北線に乗り替えるところ、地下道を歩くことを選んで道に迷う。お人に道を尋ねて何とかホテルに辿りつき、20分後れで会議に参加。

 会議は20時頃に終わり、夕食に行くことに。やはり開陽亭さんで食べたくなり、電話をかけるも断わられかける。しかし、前日も訪れていることに気付いてくれて「お待ちしております」といって貰えた。

 開陽亭さんに急いで、いつものものを注文。

 ニシン刺しとホヤ。

 北寄。

 海鮮丼。

 満足してホテルに戻り、この日は終了。

 24日の朝食。変わりばえしません。

 自席から外を眺める。

 この日も暑いので、いつも訪れている姉宅に行くのは止めることにする。

 帰りの楽しみが、新千歳空港での一献(このためにANA便にしているとも)。

 この日は花ぶささんが満員で、着席するも、まずは飲物だけ。

 その後、サーモン刺し、ニシン刺し、貝づくし。

 搭乗したのはNH984便。新千歳空港は曇りがち。

 はじめの方は雲が多かったが、本州に入って景色が見えてくるも、もはや場所を確認することはできなくなっている。

 さらに進んで小浜湾付近。

 今回はA側なので、淀川下流。

 灼熱の関西に戻ってきたことを思い知るモノレール駅プラットホーム。

 そんなこんなで、8月の訪札は終わりました。来年も行けたら良いなぁと思う今日この頃です。[終わり] 

2026年9月8日6時前に起床、7時半前に家出。スマホの天気予報がまもなく小雨の予報を出しているので、傘を持参(この予報は当たりました)。その後も雨が続き、時折激しく降っている。

 さて、北海道生命倫理フォーラムというのを年2回開いており、今年は8月23日開催というので、22日から札幌を訪れた。

 札幌行きは復路の便の関係でANAを選ぶことが多い。その関係で今回も往路はNH773。

 伊丹空港は良いお天気。

 離陸後はほどなく雲上飛行となるが、日本海に出てしばらくすると海岸線が見えてくる。よく分からないが、仁賀保~由利本荘あたりか。

 尻屋崎。

 津軽海峡上空のあたりで柿の葉寿司の昼食。

 今回は苫小牧の東側を通って北海道へ。

 空港に向かって降下。

 千歳空港到着後の搭乗機。

 今回の出張では、3日ともオンライン会議の予定と重なっていた。22日は13時からある学会の理事会。773便は遅発したが、定時着で、空港1250の快速エアポート(特別快速でした)に乗ることができた。乗車して着席するや、大振りのヘッドセット(bluetooth接続でマイク内蔵のものはこれしか持っていなかった)

を出してPCでZoomに接続(移動中も接続が切れないように、PCのカバーを閉じてもスリープしないように前日に設定しておいた)。回りの人(特にお子さん)が奇異な目で見る中、会議を傍聴する(スマホ接続で、小さなイアフォンを用いると目立たないのだが、IT音痴で視力低下の年寄りには無理ですね)。

 エアポートが札幌駅に着いた後、宿のニューオータニインに向かう途中もヘッドセットで傍聴を継続。ホテルに13時半過ぎに到着し、フロントに向かうと、声がかかったので、チェックインしたいとと伝えた。予約時に15時半チェックインとしていたこともあり、まだ部屋の用意ができていないという。それでもなるべく早く入りたいと伝えると、ベンチで待つように言われ、ほどなく用意ができ、宿泊料+アーリーチェックイン料金1,100円を支払って14時前に入室。ようやく落ち着いて会議に参加することができるようになった(記録によると、会議は15時41分に終わった)。

 会議終了後、しばらくボーッと休憩した後、訪札の楽しみ、開陽亭さんに向かう。

 いつもと同じ、福司と冷や奴、ニシン刺、八角刺を貰う。

 その後、ホヤがあることに気付き、あわててオーダー。

 こちらのホヤも、先月末の釧路、「まるとも水産」さんのと同じく、とても美味しいものでした。アップで。

 そのあと、ホッケフライ。

 そんなこんなで、1日目は終了。

 翌23日の朝食。変らず、納豆ご飯とグレープフルーツ。

 今回の訪札時、札幌はあまり涼しくはありませんでした(於・開陽亭)。

 

[続く]

 

2026年8月31日、6時頃に起床7時半前に家出。まだ8月だが、学校の夏休みは終わったらしく八幡神社参道にも集団登校の小学生の姿が見える。

 さて、釧路旅行のつづき。8月2日朝の釧路は快晴でした。

 2日の朝食。

 午前中は、高齢者への医療、福祉、終末期に至るまでのプロセスに関する市民シンポジウムの報告を聴き、議論に参加した。昼食は、岡山商科大のYさんと駅前のフェリーチェさんに行って、パスタをいただいた(スミマセン、イタリア料理には弱いので、名前は分かりません)。昨年、ファーラム2日目のあとの懇親会を開いたお店で、その時のイカスミのパスタも美味しかったが、この日も美味しくいただいた(写真はありません)。

 午後は、立命館大のTさんによる「慢性疾患のある子どもによる病人役割の利用」の個別報告を聴いた後、市民シンポジウム「豊かな自然を未来へつなぐもの――野生生物とのフェアな共生と、私たちの選択」に参加した。

 フォーラム終了後、前日の懇親会(於・居酒屋崎じぃ)で釧路市役所のOさんに教えて貰ったお寿司屋さんに行くも、日曜日でやっておられず、「絹」さんに行ってみると開店していたので、お昼も一緒だったYさん、Yさんの同僚のRさんと一緒にお邪魔した。刺し盛りや鯨などをいただいて、それなりに美味しかったが、いつもながら、私の飲食のペースが遅くお二人には物取りなかったのではないかと思う(こちらも写真はありません)。

 翌8月3日の朝食。

 昼食は「しつげん」さんでもりそば。

  

 この日は14時から大学の会議があったので、オンラインで参加して、その後、お土産のチーズを求めて和商市場へ。少し行き過ぎて、釧路駅。

 夕食は、昨日開いていなかった「亀寿司」さんへ行く。途中の弊舞橋。

 釧路川。

 亀寿司さんに到着すると真ん中に席が用意されている。動くのも変なので、そのまま着席して、いつものように福司とおつまみを。まずは、たんたかとかんぱち。

 視力低下で本日のメニューが見えないので、大将に断わって写真を撮らせていただく。

 しめ鯖とほたて。このしめ鯖が絶品で、勘定のことを忘れてお代わりを繰り返してしまう。

 お寿司でイカとエビ。

 などと食べ進め、途中で来店された外国人客にどちらからと話しかけてしまう(いずれも二人づれで、フランスと韓国からのお客さんだった)。後で考えると赤面ものだが、今回が最後ということで舞い上がっていたのかも。(^^ゞ

 最終日、4日の朝食。

 ホテル東側の景色。

 Mooからバスで釧路空港へ。

 釧路港港到着。

 気温は少し上がって21度。

 JAL540便、搭乗機。

 お見送りを受けて出発。

 離陸、上昇。

 太平洋へ。

 海ほたる。

 最後のフライトはJAL117。

 使用機はエアバス350-900。多分乗るのは初めて。

 青空の羽田空港を出発。

 富士山。

 羽田乗り継ぎの際に購入した、木村屋のあんパンとクリームパンで昼食。

 灼熱の伊丹空港に着陸。

 これで、今年の釧路行きは終了。来年があるかどうか心許ないが、フォーラムがなくても、旅行でまた訪れたいなと、今は考えています。[終わり]

2026年8月29日、6時前に起床、7時40分頃家出。アパートを出たときには小雨が降っていたが、途中で止む。それでも、仕事場に到着時には、顔に汗が噴き出ている。

 気づいてみると8月も終わり。このままだと、ブログ投稿なしの月になりそうなので、慌てて写真の整理をして、駄文を綴ることにしたい。

 このところ毎年開催して貰っている釧路生命倫理フォーラムが今年は8月1~2日に開かれた。当初は釧路滞在を7月31日~8月4日に予定していたが、家内が7月29日から長女とその孫二人と一緒に韓国に行くというので、それではということで(もはや自分で夕食を用意するのはつらい)、30日出発に変更した(JALの特典券は比較的とりやすく、変更も1000円のキャンセル料で可能なので、ありがたい)。

 往路は、JAL112で羽田へ行き、JAL543に乗り継ぎ、釧路へ。

 112便使用機到着。搭乗前にラウンジでトマトジュース。(^^ゞ

 

 羽田からの543便では、離陸後しばらく景色が望めた。

 しかし、ほどなく雲上飛行に。

 再び景色が見えるようになったのは、釧路空港着陸前。

 気温を確認すると、神戸より15度低い。

 ホテルはいつものANAホテルで5泊する。チェックインをして自室に入り、これもいつものように到着時の釧路港の写真。やはり曇りがち。

 チェックイン時に貰った(SFC会員サービスの)缶ビールを飲みながら、小休止。

 夕食は、やはり絹さんにお邪魔した。お通しと福司。

 カンパチと縞あじ。

 北寄。

 牡蠣フライ。こちらの牡蠣フライは、いつも時間がかかるがとても美味しい。

 翌日の朝食。やはり曇りがちのお天気。

 お昼は、Mooの「しつげん」さんで盛りそば。

 夜は、「まるとも水産」さんで、お通し、冷や奴。お酒は福司。

 ホヤとおひょう。今年のホヤは美味しかったですね。写真はありませんが、お代わりをしたと思います。

 お酒のメニューを見ていると、今年の1月にM先生から頂戴してとても美味しかった今代司があるというので、こちらも注文。

 その後、こちらでも牡蠣フライ。

 翌8月1日の朝食。いつもの納豆ご飯。

 この日も曇りがち。

 気温は15度。

 この日は、研究倫理指針の改訂について報告をすることになっており、また夜は懇親会があったので、写真はとれませんでした。[つづく]

2026年7月12日6時すぎ起床、8時前家出。数日前に梅雨が明け暑くなってきたが、今日は風がありまだ凌げる[一昨日に書きました。昨日から気温上昇でバテています]。

 今年の国保保険料は,例年より少し低額だったのでホッとしていたら、その後、後期高齢者医療資格確認書が送られてきた。初めてのことで良く分からない(皆さんそうでしょうね)が、負担軽減にはならないらしい。orz

 さて、6月19日から開催の緩和医療学会に参加しようと、18日から博多を訪れた。博多には、以前,九大の関係でよく行っていたがしばらく訪れておらず、また、視力低下があるので、前日、Googleマップで予習に余念がなかった。

 18日は11時ごろ仕事場を出て、阪急六甲経由伊丹空港へ。あまり時間がないので、お昼はダイアモンドカレーで済ませようと考えていたが、空港ビルに着くと、目の前に丸福珈琲店。伊丹でも丸福かと思いながら、入店し丸福カレーを注文。羽田よりは時間がかかって、カレー到着。

 羽田と違って、苦手ならっきょうが添えられている。

 搭乗するのはJAL2057。離陸後,上昇中。

、この後、6月28日に日米法学会で訪れる関西学院や仁川が見えるはずだが、画面でははっきりとしない(むしろ右端に競馬場が見える)。

 揖保川など。

 福岡に近づいて、能古島。

 福岡ドームなど。

 今回の宿は、博多エクセルホテル。学会開催の多い博多だが、ホテル料金は高い。今回も,いろいろ調べて、結局、学会が紹介していたこちらにした。

 前日学習したとおり、地下鉄・中洲川端駅1番出口から左に入り,何とかホテルに到着。自室は壁の凹部にあったが、かろうじて博多川ビュー。

 夕食についても、前日、色々考えたが、目星を付けたお店に辿りつけるかの点で不安があり、結局、お昼に何度もお邪魔している稚加栄さんに予約した。

 お酒は、無難なところで八海山。

 刺盛り4種。メニューと違って、すごいお皿。

 

 シマアジとカンパチがとりわけ美味しかったです。車エビは、揚げてあるのか、頭も食べることができました。

 最後にネギトロ。

 すっかり満足して、あろうことか、退店時に、明日の予約をお願いしてしまう。

 翌日の朝食。

 食堂から、米内(光政)さんが名付け親の親和銀行(の後継銀行)が見えた。

 食後、ホテルで傘を借りて、地下鉄呉服町経由、会場の福岡国際会議場に向かう。

 ランチョンのお弁当。

 午後一番は、生命維持治療終了・差控えに関する4学会ガイドラインのシンポ。

 法学関係はS先生がお話になった。

 その後は、緩和ケア介入研究に関するパネルディスカッションを聴きに、マリンメッセ会場へ移動。

 研究に関することなので、珍しく、フロアから発言する。

 そんなことで、学会初日は終了。また、稚加栄さんに急ぐ。

 刺身4種盛りの内容は昨日と同じというので、今日は、単なる盛り合わせ。お酒は菊美人。

 盛り合わせには、あまり関心のないアワビやまぐろも入っていて、次回があるとすれば、やっぱり4種盛りにしようと思う。

 生け簀と調理場。右手の中国人観光客のご家族は豪遊されていた。活け作りの鰺、皿の上でもヒレが動いていた。(>_<)

 あと、穴子白焼き。

 天ぷら盛り合わせ。

 天ぷらの海老も、殻が美味しかった。

 そんなこんなで、19日は終了。

 翌20日の朝食。変わりばえしません。

 2日目は、まず、臓器移植関係のシンポに出て、ここでも、フロアから質問。座長のK先生から名前で指名されると、やはり嬉しい。

 その後、最善の利益のシンポに出て、ランチョンのお弁当。

 もう少し聴きたいが、そうすると復路がきつくなるので、私はここで早退。

 ようやく、青空が垣間見えた。

 空港に到着して、お土産を購入したあと、空港ビル屋上から。A350。

 その後、まだ時間があった(やはり、福岡空港は便利)ので、ラウンジに行って、珍しくビール。

 復路はJAL2058。端っこの12番搭乗口から離岸。

 

 優しい山並みを眺めながら上昇。

 その後は雲上飛行。

 下界が見えたのは着陸寸前。

 伊丹空港も雨でした。

 

 そんなこんなで、久し振りの福岡出張は終了。今回も学ぶところは多かったが、果たして、それを活かせるかどうか。色々傷んできているので、とても心許ない今日この頃です。

※一昨日のように固まってしまうのは辛いので、あまり読み返しをせずにアップします。

2026年6月17日6時起床、7時半頃家出。そろそろ上着を羽織る季節は終わったようで、炭山橋を渡ったところで上着を脱ぐ。半袖でも寒くなく気持ちが良い。

 さて、先週末は、某財団の会議と生殖補助医療関係のシンポジウムに出るため上京した。

 往路はJAL110。

 阪急宝塚線で蛍池に向かっていると、携帯にメール。

 「出発時刻の見通しが立っていない」という記載が不安をかき立てる。もっとも、財団の会議は14時からなので、いざとなれば新幹線という選択もある(当初12時から会食があるというので早めの飛行機を予約していた)。落ちつかないまま空港に到着し、スーツケースを預けるときに出発便の表示を見ると25分の遅れ。なぁんだということで、ラウンジでトマトジュース。

 伊丹は良いお天気。

 搭乗機。

 離陸後、昆陽池。

 その後は雲が多く、機窓は楽しめず。

 羽田着陸前、ゲートブリッジ。

 色々あって40分ほどの遅れで羽田着。それでも11時半なので、軽めにまた丸福カレー。

 京急で品川に。ホテルにスーツケースを預ける時間があるので、用意して貰った品川プリンスホテル・アネックスタワーに行く。品川プリンスは2000~2010年頃に良く泊まった。イーストタワー(もとの本館)からメインタワー(新館)を経てアネックスタワーに行く迷路のような通路も懐かしい。

 アネックスタワーのフロントに行くと、部屋の用意ができているというので、チェックイン。部屋は北向きのシティビュー。

 荷物を置いて、財団の会議のある市ヶ谷の私学会館に向かう。会館の廊下から見下ろす神田川の景色が好きで、つい写真を撮る。

 会議は2時間ほどで終わり、ホテルに戻る。市ヶ谷駅の交差点のそばに、日枝神社の山王まつりの提灯。

 その後7時から、明日のシンポの前夜祭懇親会があるが、お腹が減ってきたので、品川の駅ナカで、にぎり3貫を3種買って、部屋でつまむ。

 美味しいお魚を出す「竹若」ブランドなるも、お値段は正直。

 6時半過ぎにホテルを出て、懇親会場のPacific Garden Shinagawaに向かう。途中の品川駅コンコース。

 しかし、お店が入っているビルは分かるが、そのどこにあるかが分からず、迷う。かなりうろうろしたあと、仕方がないので、守衛さんに尋ねて連れて行ってもらう(会場が貸しきりで、遅れたこともあり、入り口が閉じていました)。視力に自信がないと、こんな時に往生する。

 懇親会で、何人かの先生と話し、獺祭を味わって、この日は終了。

 翌日、朝食会場の列に並んでいるとき、本館ロビー。

 変わりばえしない朝食。

 部屋に戻って荷物をまとめ、ホテルにスーツケースを預けて、京急第7ビルのシンポジウム会場に向かう。品川駅前は大規模工事中。

 かつてホテルパシフィックがあったところもクレーンが林立。

 シンポジウム開始前。

 シンポは16時前に終了。ホテルでスーツケースを引き取り、羽田空港に向かう。お土産を買って、制限区域入場後、また、そらさんで盛り。

 復路はJAL131。搭乗時、もと同僚のT先生に遭遇。私は35K席で、Tさんは33K席。

 JAL131は羽田空港22番滑走路から離陸。離陸後しばらく小刻みの揺れが続いたが、近畿に入って雲の下に下りると、揺れが収まる。

 淀川。

 あまり遅れずに雨の伊丹空港に着陸したが、予定搭乗口17番が空いておらず、15分ほど誘導路で待機。

 降機後、スーツケースを引き取って、9時前に自宅に戻りました。

 疲れましたが、色々刺激を貰って、有意義な出張だった。問題は、この歳になってそれらを活かせるかどうかですが・・・。(^^ゞ

 

2026年6月11日、6時前に起床、2種類の目薬点眼、その間に腕立て伏せ25回2クール(^_^;)。昨日は第2水曜日でこども病院での会議の日。往きは、急がなくても良いのになぜか満員のポートライナーに乗り込み汗をかく。快晴なので、医療センター駅から歩くのはさらに汗まみれになるかと思ったが、湿度が低いせいか、とても爽やか。中央緑地からこども病院。

 会議は30分ほどで終わり、また、医療センター駅へ歩く。池を見るとサギがいる。スマホでは大きく写せないが、1枚。

 さて、5月28日から、武蔵小杉で開催の医学系集会に参加するため、上京した。

 往路はJAL114便。離陸後、瑞ヶ池と昆陽池。

 その後は雲上飛行。

 羽田空港到着後、また、丸福カレー。

 その後、京急で品川へ行き、横須賀線で武蔵小杉へ。もと貨物線だったところと思うが、駅から先の道筋が不安で、車窓を楽しむ余裕がなかった。

 ほどなく、武蔵小杉に到着。他の人のあとを歩いて、何とか横須賀線口に出る。改札をから右手に進むと歩行者用通路があり、ホテルの外周を歩いていると、用意して貰ったリッチモンド・ホテルに到着。チェックインを済ませて、自室に入り、窓から外を見るとタワーマンションがそびえている。翌朝に撮影した写真。

 少し休んで、夕食を予約している「北海道・武蔵小杉タワープレイス店」に向かう。しかし、危惧したとおり、(後で振り返ると)南武線の武蔵小杉駅の南東側あたりで分からなくなり、お人に南武線の駅への行き方を尋ねる。幸い、「この道を真っ直ぐ行って、突き当たりを右に曲がるとバスターミナルに出る」と、分かりやすい説明を貰い、なんとか、翌日からの会場の川崎市コンベンションホール経由、北海道さんに到着。

 いつものように刺盛りを貰う。お酒は国稀。

 美味しいものもあったが、筑波や浜松町の系列店でのかつての体験から期待が高すぎたのか、今ひとつのものもあり、つぎに何を頼もうかと思案した末、普段はあまり頼むことのないザンギを注文。

 すると、存外これが美味しく、また量もあってすっかり満足する。

 そんなこんなで、28日は終了し、翌28日の朝食。

 そのあと、また迷いながら、南武線武蔵小杉駅改札前を通って会場の川崎市コンベンションホールに向かう。

 会場入り口。

 11時からの総会に出て、昼食をいただき、その後の学術集会前半は中座して、ホテルに戻り、自室で、とある委員会にオンラインで参加。会議は15時頃終わり、会場に急ぎ戻ろうとするも、また迷ってしまう。回り道のあと会場に到着すると、学術集会の後半セッションは始まっており、迷惑をかけず座り込めそうな席がなかったのでしばらく立って報告を聴いていると、係の人が最後尾に席を用意してくれる。壇上の画面はよく見えないが、資料は手元にもあるので、それなりに聞き入って、その日の予定は終了。その後、懇親会に参加し、ホテルに戻る途中、お腹が少し物足りないので、ホテルと会場との往復の目印にしていたfoodium武蔵小杉店に入ってみる。しゃれた店構えの食品スーパーなのだが、チーズを見ていると、普段良く買うイオンのカマンベールがある。それをひとつ貰って金麦の白と一緒にレジを通ると、支払は地元で愛用するダイエーのシステムになっており、ホッとする。ホテルでチーズをあてにビールを飲んでいると、蕎麦が食べたくなり、東急の駅近くに「しぶそば」があるらしいことを知るも、結局、行く踏ん切りがつかず。

 翌30日の朝。快晴です。

 朝食。変わりばえしません。

 次回大会の予告。

 板橋での開催ということで、挨拶された帝京大学の先生は、千ベロができます、と繰り返されていた。

 帰りは、羽田1435のJAL121便。お土産を買う時間を入れるとあまり余裕はなく、預けたスーツケースを引き取りにホテルに戻ろうとすると、途中の南武線改札で、1140に新川崎駅で発生した人身事故のため横須賀線は運転を見合わせている旨のアナウンスが繰り返されている。仕方がないので、ホテルでスーツケースを引き取ったあと、南武線改札に戻り、1番線から1229発の川崎行き快速に乗車。

 川崎で下車後、京急川崎に行くのだが、道が分からない。しばらく迷走した後、お人に尋ね、東の方角に進むことを教えて貰う(教えて貰ったのは外国人女性でした)。それに従って歩いていくにつれ、昔、京急とJRの駅間を地下街を通って行き来したことを思い出した。その後は、蒲田からの電車が快特だったこともあり、1320過ぎに羽田空港到着。

 末の孫娘に鳩サブレのお土産を買って、荷物を預け、制限区域内へ。

 ラウンジ利用の代わりの千円買い物券を貰い、ねんりん屋さんでお土産を追加して、いつもの「そら」で大盛り。

 帰りは富士山が臨めた。

 淀川の写真は少しタイミングずれ。

 この日は、長女のところの孫3人が夕食を食べに来るというので、堂島ロールテラミスを伊丹空港・関西旅日記で買って帰宅した。

 そんなこんなで武蔵小杉への出張が終了。いつまで参加できるか心許ないところもありながら、あのややこしい武蔵小杉にもう一度訪れてみたいとも思う今日この頃です。

2026年6月4日、5時45分起床。普段より早いのだが、仕事場のあるところのゴミ取集が8時過ぎなので、そのまま早出して坂を下りる。2日前の朝、家出時には、台風6号前面の雨雲の下、濡れながら坂を下りた。

 さて、去る5月23日に岡山生命倫理研究会があり、移植関係の興味ある報告を聴くことができるというので、久し振りに岡山大を訪れた。以前は、A先生が生命倫理の教授をされていたこともあり、医学部のある鹿田町キャンパスや法学部のある津島キャンパスによくお邪魔した。今回は、S先生のお世話で、津島キャンパスの法文経棟で研究会が開かれた。

 曽遊の地とはいえ、記憶と視力が衰え、さらには、街の様子も変化しているので、足取りは覚束ない。岡大のウェブサイトやグーグルマップで予習に時間をかけたが不安は尽きなかった。

 それでも何とか岡山駅に到着し、あらかじめ調べておいた「めん処・吉備」さんで、ざるそばとさわらのお寿司をいただいた。蕎麦が美味しくて、帰神前にも再訪した。

 その後、バス停を探し、会場にたどり着いた。現地に来ると、なんとなくキャンパスの記憶がよみがえる。

 研究会では、米国で移植用臓器の摘出に従事されているF先生のご講演で、米国では最近、脳死からの提供は増えておらず、心臓死からの提供が増加し、脳死からの提供数に近接していることなど、多くを学ばせていただいた。また、障がい理解の関係構造についてのO先生のご報告では、市民がすべて目が見えない盲人国の話が紹介され、寓話とはいえ、弱まる視力を抱える我が身にはたとえ話を超えたインパクトがあった。

 それ以外にも、多領域の多様な報告を聴き、勉強させていただいた。最後に老人問題に関するワークショップがあったが、こちらは、夏の釧路の研究会でも聴く予定なので、早退して駅に戻った。駅に戻るバスを待つあいだ、街路樹の緑に目を見張った。

 夕食は、アメーバブログ『あやあやのふらふら旅行記』【幸運と不運の交差する旅】その⑥ 夕飯は明神丸で塩カツオのたたき(2026-03-25 20:10:38)で拝見した明神丸さんが美味しそうだった(https://ameblo.jp/ayaaya-hg/entry-12960549907.html)ので、(あやあやさんが紹介されていたお店とは異なるが)岡山駅に近い岡山本町店で鰹を賞味した。

 お通し、生ビール、酔鯨。

 鰹たたき・たれ。

 はらんぼの藁焼き。

 出汁巻き。

 こちらは、バックヤードもよく見えて、待っている間も退屈しない。

 とても満足して、退店。満腹なのだが、締め蕎麦をしたくなり、また、「吉備」さんで、ざる蕎麦。

 その後、お土産を少し買って、新幹線で神戸に戻った。

 参加するかどうか迷ったが、とても勉強になった研究会。これからも、機会を見つけて訪れることにしたい。

2026年5月10日6時前起床、8時前家出。毎日、大体同じ時刻に帰宅するが、日に日に明るさが増し、日時が矢のように過ぎていくことを感じる。

 さて、4月10日に、東京ミッドタウン八重洲4階の東京大学アカデミックコモンズで開催されたゲノム関係の研究会「難病に関する最近の話題」に参加するため上京した。

 この日は本降りの雨。雨雲とともに東上した。往路はJAL110便。13時からの開始なので昼食時間を入れると結構時間はタイト。しかし、遅延の予告があり、結局1時間ほど遅れ、スーツケースを受け取って制限区域から出たのが12時前。それなのに丸福珈琲店に入ってしまい、いつものカレーを注文。

 時間がないので、わしわしと食べて、モノレールで浜松町、スーツケースをコインロッカーに預けて、東京駅に急ぐ。12時45分頃東京駅に到着し、ミッドタウン八重洲の4階に行くも、東大のコモンズに行く道が分からない。

 すると、同じように迷って案内を呼んだ人がいらっしゃったので、ついて行くと受付にお人が並んでいる。受付を済ませて会場に入ると、あまり席が空いておらず、最前列に座らせていただく。厚かましいが、緑内障が進行している身には有り難い。

 素人の理解を超える発表も多かったが、それでも久し振りのゲノム研究会、色々と勉強させていただいた。なかでも、東京科学大のK先生のN-of-1創薬(一人~ごく少数の患者のための創薬)のお話はとくに感銘深かった。

 最後の希少疾患領域におけるヘルスエクイティのご発表(これも良かった)まで聴いて、会はお開き。会場ロビーから、雨にかすむ東京駅。

 情報交換会は失礼して、浜松町のコインロッカー経由で宿のニューオータニインへ。部屋に荷物を置いて、前回おいしかった大崎駅最寄りの味楽さんに向かう。

 まず、ぎっしり詰まった野菜サラダ。お酒は月桂冠。

 青魚3種盛り。

 鰯フライ。

 鰺フライと生ビール。

 満足して、宿に戻って、この日は終了。

 翌日の朝食。

 どうも、納豆とグレープフルーツのために、良いお値段の朝食を付けている感じが否めない。

 朝食を堪能するのもほどほどにして、ホテルをチェックアウト。

 大崎駅ホームから、昨日ごちそうになった味楽さん。

 京急品川駅、泉岳寺寄り。

 千疋屋さんでお土産を買って、制限区域に入り、ラウンジ利用に代る千円の買物券をもらい、ねんりん屋でお土産を追加して、パワーラウンジで美味しいコーヒー。

 最近よく利用するそば屋さんの店名が「そら」であることを知る。

 復路はJA+111。今日はお天気が良い。

 江ノ島と相模湾。

 富士山。

 淀川。

 ということで、どこまで理解し、記憶しているか、とても心許ないが、沢山勉強させていただいた上京でした。