遠くから、声が聞こえる―。
「お前のピアノの演奏技術は申し分無い。しかし、音そのものは氷のように冷たい。まるで闇のようだ。『心』を感じない。この演奏では、ピアニストとして、人に感動を与えるのは難しいだろう。」
「『心』ですか・・・。」
「お前のお母さんはとても優秀なピアニストだ。お姉さんもそうだ。しかし、お前の技術だけは、お母さんやお姉さんを遥かに超えている。しかし、2人の演奏は、温かいんだ。お前の音にそれを感じないんだ。」
「温かい音、か。」
「ピアニストとしては致命的だ。まるで、氷の牢獄に落とされるかのような気持ちを、聴く者に与えてしまう。」
「・・・ッ!」涙が出そうになった。必死で堪えた。そして、幼い彼は、レッスン教室を飛び出した―。
・・・目が覚めた。いつも見る夢。
「またこの夢か。」ゆっくりと体を起こし、ため息をつく―。
「―よし、じゃあ今日はここまで。」顧問の糸川先生(通称、イトパン)が練習の終了を告げる。
「起立、注目、礼」
「あざーっす」
部員達が挨拶をする。と、
「あ、そうそう。文化祭の出し物のことなんだけど。」とイトパン。
「吹奏楽部では、3つの出し物をやることになった。1つはステージ。これは毎年恒例の演奏。構成は30分以内で。だいたい5曲~6曲+MCってところか。選曲は任せるが、大曲はムリだから、今までのレパートリーから数曲に新曲1、2曲ってところだな。もう1つは模擬店、喫茶店みたいなものだ。これは例年通り2年が中心でやってくれ。食品だから、保健所からの通達をよく読んでおくこと。もう1つは、新しい企画なんだが『Stage of affection』通称SOAと言う。お前達は知らないと思うが、8年ほど前まではうちの学校での目玉だった出し物なんだ。だから、新しい企画というよりは、昔の企画の復刻版ってとこか。すべての部活とクラスから、出場者を募り予選を経て本戦に出場となる。出場できるのは、5組。構成は自由だ。吹奏楽部だからって演奏をしなければならないということではないんだ。これを1年中心で考えてくれ。例年、文化祭関係は6月から本格的に動いてるが、今年はSOAという企画が増えたため、5月から動く。早め早めに準備するように。以上だ。」
「先生、アフェクションって何ですか?」部長の西田が質問する。
「愛情って意味だよ。このステージのテーマだ。これ以上は俺からは言わないから、あとはお前達で考えてくれ。はい、以上」
「なんだ?SOAって」「知らねーよ」ざわつく喧騒の中で、部長の西田が声をかける。
「おーい。1年は残ってくれ。」
「うぃーっす」数人の1年が気だるく応える。
「さて、揃ったか?ってこれだけかよ、オイ」西田が頭を抱える。この人は、吹奏楽部の部長で西田隆志先輩。
「先が思いやられるわ…。」副部長の吉沢真由がつぶやく。
部活の終わった音楽室に残った1年生は、俺(=愁哉)、響一、純に、唯夏、陽菜、奈那の6人。それに部長の西田、副部長の吉沢を入れた計8人。
「他の1年はどうしたの?」西田が誰ともなく聞く。
「さあ、帰ったんじゃないっすかねえ」と響一。全くもってやる気がなさそうだ。
「まあいいや。んじゃ、お前達を中心にSOAの企画を考えてくれ。他の部員が協力しないようなら、俺から言うから。」と西田。
「いやいや西田先輩、企画っても俺らSOAなんて全く知らないっすよ」反論する俺。
「まあまあ、それは俺達も同じだ。で、こんなモノを手に入れた。」西田がファイルから一枚のDVDを出す。
「何ですか?それ」全員の視線が集まる。
「これはな、8年前のSOAの映像だ。最後のSOAってことだな。俺の姉貴もここの卒業生でな。ちょっと借りてきたんだ。お前らのヒントになると思って。」
「まぁ、イトパンがあれだけしか言わない以上、ヒントもないしね。」と吉沢も頷きながら同意する。
「んで、お前らも演奏ステージの方には出るんだろ?」
全員が頷く。
「そこでだ。俺は今回の演奏では指揮を振らなきゃならん。だから、お前達にあまり協力してやれない。だから・・・」
全員黙って次の言葉を待つ。
「SOAは1年を中心ってことだったが、他学年も入っちゃダメってわけじゃないだろ、んで、吉沢にも協力してもらおうと思う。」
「え?でも吉沢先輩は模擬店の方もあるんじゃないんですか?」陽菜が聞く。
「大丈夫。模擬店は別の2年が中心で、もうすでに企画もほぼ出来てるの。だから、アタシはあんまり関わらなくてもOkだから。とはいっても、アタシも演奏出るし、コンミスも兼任だし、そこまでヒマってわけじゃないから、裏方でしか協力できないけどね。企画本体に関してはアタシは口出ししないから。あ、あと生徒会関係なら、副会長と仲いいから何とかなるわよ。」と吉沢。
「で。」西田は言葉を続ける。
「この企画の責任者を、椿木、お前に任せたい。」言いながら、さっきのDVDを手渡す。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ???????!!!!!俺っすか?!」と言いつつ、DVDを受け取ってしまう俺。死亡フラグ立ったぞ、今。
「派手に驚くなよ。お前の他に、椿木って名字いるか?」
「いや、いないっす…。」うなだれる俺。ニヤニヤしつつそれを見つめる他の1年たち。
「ま、責任者は椿木だが、全員が役割を持って協力して作り上げてくれ。あ、ちなみに予選は3週間後だぞ。」と言って西田は音楽室を出て行く。
「んじゃ、椿木くん、よろしくねぇ~」ウィンクをして吉沢が西田の後ろに続く。
第2話へつづく。