結果を出すということ | ココロの奥底

ココロの奥底

ニートやOLだったりするバスケコーチの赤裸々日記→コーチも辞めただの主婦と化しました

ぶつかり合いながらも2006年5月。

またもや教え子たちの引退が近づいたころ、私やAコーチのSちゃんの知らない水面下では問題が起きていた。

どうやら2年生一人が辞めたいと言い出したことがきっかけで2年生全員辞めると言い出していたらしい。

当時、三年生は引退間近。

それでも、大人たちには誰も言わず、自分たちだけで問題を解決しようと努力していたらしい。


しかし、なんだかんだとまだ当時は自分が現役のときにお世話になった先生も多い。

悪い噂はすぐ耳に入る。

しかし、子供達が自分たちで解決したなら任せてみることにした。


まぁ、結果は散々でこの時の引退戦はエース怪我で不在というのもあったが、見事にやられた。


この引退戦で忘れられない思い出をひとつ。


エースの変わりに出ていたのは2年生。

3年生2人と2年生3人。

もうどうしようもなく流れが悪かったし、雰囲気も悪かった。

そんな時、エースだった子が私のところに来て言った。

『私を出してください』

と。

もちろん、けが人を出すわけにはいかないし、この雰囲気ではどうしようもなかった。

だけど、私自身が引退した時のことを思い出した。

ここで出してもらえなかったら一生『あの時自分が出ていれば・・・』と思うんだろうと気が付いた。

結果、私は指導者としては最悪だろうことをする。

その子を出したのだ。条件付で。

ひとつは流れを変えること。もうひとつは外から見て無理そうだったらすぐにでも下げるということ。

この時、そのエースの子は涙を流しながらコートに立った。


今でも怪我を負ったその子を出したことが正しいとは思わない。

結果は負けだった。


いつも子供たちに言うのだけれど、大会は日本一位にならない限り必ず負けて終わる。

その中で何を得るのか、何を残すのかが勝負どころだと思う。

そういう意味で、怪我にチーム不和。

最悪の状況で、決して諦めないという力を見せてくれた。

いつも何か残してくれる。


最後に何が残せるか、私の力の限りを出していきたいと思う。