2005年秋
この秋のことは今でも鮮明に覚えている。
私は現役時代から数えて実に10年以上母校の女子バスケ部に携わっていることになるのだけれど、ここまで運も味方につけた子達を知らない。
なんと2部への昇進を果たしたのだ。
コーチはへっぽこ、部員数は10人に満たない。
そもそも部活がやりたくて入学する学校ではない。
かつて黄金期と言われた代でも入れ替え戦にまでも到達できなかったのにだ。
まぁ奇跡といっても過言では無いと思う。
でも、私はそれが奇跡ではないことを一番そばで見てきた。
この時の子達は確かに身体能力には恵まれていた。
170cm前後が二人いたし、ジャンプ力が飛びぬけた子もいた。
足の速さでは陸上部に負けない子も居た。
だけど、入学したときに既に怪我を抱えていた子が殆どだった。
ヘルニアに靭帯損傷。言い出したらきりがない。
でも、一番きついはずの子でも、練習をサボることはない。
もちろん同じメニューをこなすことは出来なくても、必ずまじめに取り組んでくれる。
自分が出来ない練習は、誰よりも声を出す。
当たり前だけどなぁなぁになりがちなことを、きちんと当たり前に出来る子たちだった。
手前味噌になってしまうかもしれないけど、どんな練習をやっていても物凄く高い意識で取り組んでいた。
与えたことは全て吸収してくれた。
その分飛んでくる質問も高度なものが多くてへっぽこコーチとしては嬉しい悲鳴を上げるしかなかった。
それでも2部昇進のすぐ後の試合は大差で負けてしまい、2部から決して落ちることのないチームとの間には高い壁を感じたのだけれど。
この負けてしまった試合ではひとつ、忘れられないエピソードがある。
この時、私たちのチームでは1-2-1-1というオールコートDFをよく用いていた。
しかし、私は最初に相手校の足の速さを見て、ビビッてこのDFを使えなかった。
オールコートDFは最初に抜かれたらもう取り返しが付かない。
もう、立ち直れないくらい点差が付いたときキャプテンだった子が声をかけてきた。
1-2-1-1がやりたい!と。
そして意外にもこのDFが功をそうす。
たぶん未開の地『2部』にこの時誰よりもビビッていたのは私だったんだ。
もっと早くこのDFを使っていれば結果は変わったかも知れない。
たらればを言い出せばキリがないのだが、この時ほど自分の判断ミスを悔やんだことはないし、自分たちのしてきたことにここまでの自信を持つには相当な覚悟が必要だ。
自分を信じる。
当たり前なようでなかなか出来ないことだ。
その根拠は自分の中にしかない。
今でも私は自信を持つことの大切さと、それが力に繋がることを子供たちに伝えているが、果たして自分に自信をもっているかと問われると二つ返事ではこたえられない気がする・・・・