夜の街は、昼よりも静かで、どこか現実から少しだけ離れたような匂いがする。
由香と会うのは、たった二度目だった。
最初はただ、久しぶりに話そう――そのはずだった。
約束の時間より少し早く着いて、車の中で音楽を流していた。
曲の歌詞がやけに沁みる夜。
外灯に照らされた窓越しに、
彼女の姿が見えた瞬間、
なぜか呼吸が浅くなった。
「久しぶり。」
その一言で、すべての時間が逆戻りした気がした。
昔と同じ笑い方。
でも、どこか寂しそうな目。
彼女は軽く笑いながら、
「家ではなかなか、こうして話せる人いなくてさ。」
と、ぽつりと言った。
それを聞いた瞬間、
自分の中の“何か”が共鳴した。
僕もまた、同じだったから。
二人で車を走らせた。
街を抜けて、人気のない道へ。
窓の外の光が遠ざかるたびに、
現実が少しずつ薄れていく気がした。
会話は途切れ途切れ。
でも、不思議と居心地が悪くなかった。
沈黙の中に、言葉よりも多くのことが流れていた。
「最近、眠れてる?」と彼女が聞いた。
「うん、まあ。寝つきは悪いけど。」
「そういう顔してる。」
彼女は笑いながら、僕の方を見た。
その目が、まっすぐで、痛かった。
心の奥にずっとあった“空白”が、
少しだけ埋まるような気がした。
その瞬間、自分がどこに向かっているのか、
わかっていながらも、止められなかった。
帰り際、由香は言った。
「また話そうね。……ちゃんと話の続き、したいから。」
僕は頷くだけだった。
言葉にしたら、
もう“何か”が壊れてしまいそうで。
エンジンをかけると、
車の中に彼女の香水の匂いが残っていた。
甘くもなく、強すぎもしない。
けれど、いつまでも消えなかった。
その夜、家に帰ると、
妻はすでに寝息を立てていた。
同じ部屋にいるのに、
まるで別の世界にいるような静けさ。
窓の外の月がやけに明るく見えた。
光の下で、自分がどんな顔をしているのか、
確かめる勇気がなかった。