人生脚本」という考え方がある。

 

これは、その人が「人生の結末をどう描いているか」というもの。
自分の人生はどんな終わり方をすると思っているのか――その前提が、無意識のうちに日々の選択に影響を与えている

 

この“脚本”は、自覚している人の方が少ないと思う。
特にバッドエンドを描いている人ほど、それは無意識に染みついていることが多い。

 

たとえば、ハッピーエンドの人生脚本を持っている人は、こんなふうに考えている。

 

「自分は幸せになっていい」
「たとえ何かあっても、誰かはきっと助けてくれる」

 

こういう前提があるから、嫌なことがあっても、そのまま沈み続けるのではなく、
「美味しいものを食べよう」「誰かに話を聞いてもらおう」と、自分の気持ちを立て直す行動を自然と選べる。

 

自分は、嫌な気分のままでいる必要はないし、
良い気分でいていい存在だと、どこかで信じているからだ。

 

一方で、バッドエンドの人生脚本を持っている人は、こう思っているかもしれない。

 

「どうせ自分の人生はうまくいかない」
「人は最後には自分を見放して、一人になる」

 

この前提があると、困難な状況にぶつかったときに
「やっぱりうまくいかなかった」「頑張っても無駄だ」と感じてしまい、
挑戦すること自体をやめてしまうこともある。

 

あるいは、
「どうせ離れていくなら、こっちから関係を切ろう」と、
自分から人とのつながりを手放してしまうこともある。

 

この話を聞いて、ピンとくる人はきっと多くはないと思う。
でももし、「自分はバッドエンドを描いているかもしれない」と気づいたなら、
それはとても大きな一歩だと思う。

 

たとえば、

「人生はうまくいかないものだ」と思っていたなら、
それは本当は「うまくいく人生を歩んでみたい」と思っている証拠かもしれない。

 

「人は自分を見放すものだ」と思っていたなら、
それは本当は「誰かに愛されたかった」という気持ちがあるのかもしれない。

 

その気持ちに気づけたなら、これからは少しだけ選び方を変えてみてほしい。

 

「どうせダメだ」と諦める代わりに、小さくでもいいから行動してみる。
「どうせ離れていく」と手放す代わりに、ほんの少しだけでも手を伸ばしてみる。

 

自分の人生を良くしたいと願って行動する限り、
道は少しずつでも変わっていく。

 

人生脚本は、書き換えていいものだから。

 

そしてその書き換えは、
「本当はどうなりたかったのか」に気づいた瞬間から、もう始まっている。