前の記事にありますように、亡くなった先妻の事を思い
出す日が多くなった或る日、私は日本の娘に電話をして
そのことを話しました。
娘は学生時代より英語が達者で、ピーナ嫁さんとは
よく気が合い、仲がよく 月に一度くらいは メッセン
ジャーのタダ電話で話す間柄です。
先妻は娘にとっては母なのです。 亡き母に対する
思いは私と良く似た 思いがある筈でした。
(おおはまぐるま)
先妻への 私の思いを伝えると、さすが若いからでしょうか
一本とられました。
娘の 言葉です。
「お父さん、その気持ちはよく分かるけど、いくら 歳のせいで
お母さんのことを思い出すとは言っても、それは 今のお父さん
の人生の中では ほんの小さな一部分でなくてはならない。
今は、単なる 追憶であるべきで、「思い」であってはいけない。
その他の過去のことを 思い出す時間が 長ければ
長いほど、それは後ろ向きの人生で、一歩も前に進んで
いない。 それが、ひいては 人生を短くする原因にも
なるよ。 お父さんは 亡くなったお母さんに20年間も、
お風呂、食事、病院、あらゆる世話をしてあげたでしょう。
それで充分です。 今 お父さんは ピナちゃんに支え
られて 生きていて、これからも どのようなお世話になる
かも知れない。 お母さんを思い手を合わせて拝むのは
月に一度、あとは 残りの人生をお嫁さんを大事にして
楽しんでください! お父さんが、お母さんの事を
思っている時間は、ピナちゃんのことを忘れている
瞬間なのよ!」
私は、返す言葉がありませんでした。
(孫をつれて、ギマラス)
ピーナ嫁さんは、いつも 私の どこかに触れている。
その日からは、何か振っ切れたように 身が軽くなりました。
なんだか、毎日が忙しくなり、一週間、一ヶ月のスケジュール
は もう つまっています。 そして、どこかで眼にした言葉、
「今日の日は、残りの人生の 最初の日」。
一生懸命 前を見ています。
あ、 ピーナ嫁さんが 帰って来たようです。
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