フィリピンには数多くのキリスト教会や、イスラム教会があります。
ピーナ嫁さんは特別の用事がない限り、毎週教会に行きますが
私は、見知らぬ人と会うのがにがてで、しかも、タガログ語
(イロイロ市ではイロンゴと言います)が十分 わからないので
行かないことが多いのです。
(はまおもと)
ところが、或る日突然 教会に一緒に行こうといいます。
いつものように 断ったのですが、この日は 許してくれません。
後で分かったのですが、教会でのお友達が 是非 紹介
してほしいから 連れてきてほしいと 言ったそうです。
私に服を着替えさせるのも 強引で まるで警察に
出頭するかのように 、すでに恥ずかしさで一杯です。
行くと、笑顔で10人くらいの人たちが私たちを取り囲み
ました。 私がすぐさま英語であいさつをすると
「まあ、すばらしい英語がとても上手」と言って
急にお友達も イロンゴから英語に変えて話しかけて
きました。
ピーナ嫁さんに こんなに多くのお友達がいたとは
驚きでした。
私はピーナ嫁さんを あらためた 見直したのです。
さて、いくつかの賛美歌は 私が知っている曲もあったので
嫁さんが本の歌詞を指差しながら 歌うので、一緒に
歌いました。 お話が始まりましたが もちろん
イロンゴです、でもなんとなく分かるところもあって
時には 涙し、しんみりとした 気分にひたりました。
と、、、、 突然 英語に変わり 牧師さんが
「今日は、ここに あたらしい兄弟姉妹がお見えです。
しかも 日本人の方をお迎えできるのは、なんと
すばらしいのでしょう、どうぞ ご起立ください。」
ピーナ嫁さんは まるで 自然のなりゆきのように
私の腕を ギュッと つかんで 立ち上がらせました。
あまりの突然に 恥ずかしさも,動悸 もなく
こちらも 自然に立ちました。
そして、 ある程度の自己紹介、そして
「今日は 大変感銘をうけ ピーナ嫁さんに も感謝します」
としめくくりました。
私は 大阪万博 で同時通訳をしていた経験もあり、
日本では 常に英会話も教えていましたので、こんな所で
すんなりと 話せたことにも びっくりしたのでした。
一番おどろいたのは、「ピーナ嫁さんにも 感謝して
います」 と言った時には大きな 拍手が起こった時でした。
そこで思いました。
フィリピンで は やはり ピーナ嫁さんが中心で
生活の 主導権をにぎるのが 正解だと。
二人は 一日中 良い気分なのでした。
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