『独眼竜政宗』第24回「天下人」感想 | のぼこの庵

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大河ドラマの史上最高傑作『独眼竜政宗』(1987⇒2014再放送)と近年の最高峰『平清盛』(2012)の感想です。
ついでに『江~姫たちの戦国~』(2011)、『八重の桜』(2013)、『軍師官兵衛』(2014)、『花燃ゆ』(2015)の感想も。
あとは爺放談?

いよいよ関白秀吉にお目通り、と言うよりも引き据えられた格好の政宗。
秀吉と政宗との間には徳川家康、前田利家、浅野長政ら六人の武将が控えています。

政宗「恐れながら関白殿下の御前に侍りまするは伊達藤次郎政宗にござりまする。此度は親しく御拝儀の栄を賜り恐悦至極に存じ奉ります」
秀吉「政宗、政宗!」
政宗「はっ」


秀吉は、杖を振りかざして近う寄れの仕草。
家康は、脇差しを置いていけのブロックサイン。
緊張感が高まります。

秀吉「遅かったの」
政宗「申し訳次第もござりません。関東北部は殊の外情勢不穏のため、越後、信濃を迂回仕り、心ならずも遅参致しました」
秀吉「遠回りをして、どちらが勝つかその方旗色を見ておったな」
政宗「滅相もござりません!」
秀吉「真の事を申せ。心の底が見たいのじゃ」
政宗「政宗、打ち首覚悟で参上仕りました!」
秀吉「(プッ)」


私はまな板の上の鯉です。ってか?
これ、以前政宗の前に引き据えられた断髪姿の大内定綱が、自分を毬栗に例えた時に鈴木重信が吹いたのと同じパターンですかね。
桂枝雀曰く、笑いは緊張の緩和である。
天下人のツボに巧くハマったようです。

秀吉「…いくつになる」
政宗「二十四に相成ります」
秀吉「はははは。その方芝居心があるの」
政宗「恐れながら芝居ではございません!政宗の身上すべからく殿下に献上仕るべく馳せ参じた次第にござりまする」
秀吉「はっははは」


田舎者が真面目になればなるほど滑稽に映るようです。

秀吉「運の良い奴よの。(杖で政宗の首筋をバシッ!)」
政宗「!(あんぐり…)」
秀吉「小田原城が落ちた後ならば、その方の首級は無かった」
政宗「(口元を引き締めて)…」
秀吉「政宗の心底見たれば、命は助けてやる」
政宗「…ははっ、有難き幸せに存じ奉りまする」


してやったり。
しかし、この時の政宗には、何が気に入られたのかよく判らなかったかもしれません。

秀吉「その方、奥州一の暴れ者と聞くが、どうじゃ。真か、ん?申してみい」
政宗「はっ。殿下の御前においては物の数にはござりませぬ。奥羽の戦など児戯に等しいかと存じまする」
秀吉「ふはははは、児戯。児戯に等しいと申すか?はははは」
政宗「願わくば後学のため、小田原攻めの御陣立てをしかとこの目に見留め、子々孫々までの語り草に致しとう存じまする」
前田利家「!慎みなされ、伊達殿」
政宗「…」


ここからは、人たらし秀吉の本領発揮です。

秀吉「政宗」
政宗「は」


また杖を使って、見晴し台に付いて来いの仕草。
六人の武将はやや不安気に見上げています。

秀吉「どうじゃ。はぁー、小田原城は全てわしの手の平の上にある。蟻の這い出る隙間もない」
政宗「!」
秀吉「これだけの大軍の手配り、その方した事あるか」
政宗「このような大軍、とても」
秀吉「わしも初めてじゃ」
政宗「は」
秀吉「そちにだけ教えて遣わす。此度の戦はの、女子を手に入れる策を用いておる。撫でたり透かしたり。向こうから抱いてくれ抱いてくれと言うて来る頃よ」
政宗「???…」


思考がフリーズしたところへ悪魔の囁き。

秀吉「奥州にもよい女子はおるか」
政宗「は憚りながら、お気に召す女は少なからずと心得まする」
秀吉「♪」


思わずいらん事を言ってしまった政宗でした。

 

箱根底倉の政宗宿

 

大内定綱「ご首尾おめでとうござりまする」
猪苗代盛国「ご無事なお姿に接し恭悦にござりまする」
定綱「早速ながら関白殿は如何なる人物にござりましたか」
政宗「思いもかけぬ俗物じゃ!」
定綱「は?」
政宗「だが俺は心ならずも平身低頭し阿諛追従(あゆついしょう)の言葉を並べ立てた」
盛国「お察し申し上げまする」
政宗「関白は俺に指料(さしえ)を持たせ、石垣山のてっぺんから悠々と小便をした」
定綱「小便?」
政宗「刀を抜いて斬る事もできた。谷底へ突き落とす事もできた。だが何故か解らぬが俺は恐ろしゅうて手足が震え、身動きすらとれなかった。口惜しいが貫録負けという他あるまい」
片倉小十郎「よう我慢をなされました。ここは何よりも忍耐が肝要にござりまする」


「萎縮」を「忍耐」に置き換える、主人思いの小十郎です。

盛国「左様。関白ひとりならまだしも周りには名だたる大名が綺羅星の如く並んでござったはず」
政宗「あとは有象無象じゃ!明日の根府川の陣所にて、この政宗が彼奴等(きゃつら)の度胆を抜いてくれようぞ」


伊達流へそ曲がり術を思い出しましたね。

翌日。

施薬院全宗「いやぁ昨日は見事な役者ぶりでござった」
利家「今日は死に装束ではないのか」
一同「ははは」
浅野長政「これなる両名は御旗本衆じゃ。とくと見知り置かれよ」
政宗「はは。某、伊達藤次郎政宗にござりまする。引き連れましたるは家来筋にて大森城主、片倉小十郎にござりまする」
蒲生氏郷「蒲生氏郷でござる」
石田三成「石田三成と申す」


氏郷は、妙にフレンドリー。
三成は、必要以上に悪党面です。
小十郎は、これだけのビッグネームの中では声を発することすら許されません。

徳川家康「小十郎とやら、殿下はの、殊の外政宗殿をお気に入りじゃ」
小十郎「…」
家康「無骨無道の者ならんと思いの外、威風卑しからず心優しき強者なるかな。これをこそ鄙の都人(ひなのみやこびと)と言わめ。かく申されてな」
政宗「恐れ入ります」
前田玄以「鄙の都人か。ははは、なるほど」


えー?
そんなこと言うヤツおらんやろぉ。

政宗「ささやかながら殿下への献上物にござりまする。ご一同のご見分賜りとう存じまする」

サッキーン。ザザーッ。ザザーッ。ザザーッ。

政宗「御無礼仕りました」

ザッザッ。

全宋「伊達じゃのう」
稲葉是常坊「あぁ、まさしく達者(だっしゃ)、伊達者でござる」


三成だけが「くだらん」とばかりにソッポを向いています。

豊臣秀次「政宗か」
政宗「ははっ」
秀次「秀次じゃ。そちは利休の手前を所望致したと聞くが真か」
政宗「御意にござりまする」
秀次「田舎大名にしては殊勝な心がけじゃ」


あっ、秀吉もきっとこう言ったんでしょうね。
それを家康が「鄙の都人」と意訳したんでしょうね。

秀次「しかし、生憎利休は病に伏しておる。代わって殿下が点主をお務めの由、直ちに天正庵へ参れ」
政宗「ははっ」


これは、望外の幸せと言うやつですね。
小十郎も御相伴にあずかります。

秀吉「富士山、見たか?」
政宗「はい」
秀吉「見事じゃのう。霊峰じゃ」
政宗「仰せの通りにござりまする」
秀吉「類い稀なる霊峰じゃ。できる事なら京へ持ち帰って毎日眺めていたいものよの」
政宗「…」
秀吉「その方、子供はおらんのか?」
政宗「未だに」
秀吉「んん、それは可哀想じゃ。側室は何人おる」
政宗「一人にござりまする」
秀吉「一人か。わははは、一人では夜毎励んでも知れておる。もっと増やせ。側室をもっと増やせ」
小十郎「は」


ここで返事をするのは政宗ではなく小十郎でした。
良い側室を見つけるのは側近の仕事なのですね。
輝宗の側室探しに苦労していた基信と左月を思い出します。

秀次「殿下はの、此度ご嫡男鶴松君を此の地へお呼び寄せになられた。ご到着なされてから丁度三日目じゃ」
政宗「おめでたき限りにござりまする」


淀君(茶々)も一緒でした。

秀吉「わしもこの年になってやっと授かった。…政宗」
政宗「は」
秀吉「子作りはの、戦のようなものじゃ。どんどん撃ち込め。その方の若さならそのうち当たる」
政宗「は」
秀吉「ん、秀次、わしの、あの愛用しておる火薬を遣わせ」
秀次「虎潜丸にござりまするか」
秀吉「ん、虎潜丸言うての」
政宗「こせんがん?」
秀次「虎の胆じゃ。これはよう効く。よう効くぞ」
秀吉「お前は使い過ぎじゃ」
秀次「…」


ですよねー。

小十郎「頂戴仕りました」

一杯の濃茶を三人で飲み終わったところで、いよいよ本題に入ります。

秀吉「会津じゃがの」
政宗「は」
秀吉「何時引き渡す」
政宗「恐れながら、会津は既に殿下のご領地にございます。ご出馬の日まで政宗が大切にお預かり申し奉りまする」
秀次「…」
秀吉「相違ないか」
政宗「確(しか)と相違ござりません」
秀吉「(政宗に近う寄れの仕草)…会津以外の領土、まま差し置く」
政宗「はは、ありがたき幸せに存じまする」
秀次「…」


秀次、会津がどうとか言いたそうでした。
会津を葦名に返す仕置きを言上したかったんですかね?

一方その会津では。

喜多「愛姫様、小田原より早馬が参りました」
愛姫「え?」
喜多「良き知らせと見え、家中は湧きかえっておりまする」


愛の居室に珍しく成実登場。

伊達成実「殿の書状でござる。関白とのご対面思いの外上首尾にて、伊達家は安堵されたる由にござりまする」
愛姫「まことか」
成実「ご覧くだされ。小十郎ともども茶会に招かれ腰の物まで頂戴致したる旨、確と記してござる」
愛姫「おぉ」
成実「流石は伊達の棟梁。死中に活を見出されました。先ずは祝着」
喜多「神仏のご加護、喜ばしき限りと覚えます。愛姫様のご祈祷、めでたく天に通じました」
愛姫「…殿」


(回想)

政宗「永久の別れになるやも知れん」
愛姫「…」
政宗「俺が殺されたら、愛は田村へ戻り別の幸せを求めるがよい」
愛姫「何を仰せられます」
政宗「よいか、俺には親も無く子も無く兄弟も無い」
愛姫「殿にもしもの事があれば直ちに自害して果てる覚悟にござりまする。殿亡き後はこの世に何の未練もございませぬ」
政宗「もし十万億土で巡り会えば、今一度夫婦になろうぞ」
愛姫「嬉しゅうございます。千年でも、万年でも、愛は殿のお側に居とうございます」


愛姫と同じ回想を、底倉の温泉で政宗がしているとき、小次郎の亡霊が現れます。
それにしても政宗の取り乱し様は尋常ならず。
かなりのPTSDです。

さて、漸く最上義光が小田原に到着しました。

最上義光「羽州山形城主、最上義光にござります。遅れ馳せながら手勢四百騎をもってただ今参陣仕りました」
秀吉「面を上げい」
義光「は」
秀吉「今頃のこのこ来くさって。何の役に立つ。その方旗色を見ておったの」
義光「恐れながら遅参の儀は、奥州羽州の諸大名、就中(なかんずく)伊達政宗の動静を監視致し、ひいては逆臣を封ぜんがためにござりました」
秀吉「誰がその様な事を頼んだ」
徳川家康「私でござる」
秀吉「ん?」
家康「これなる最上義光は政宗の伯父にござります。されば伊達領内の動きを熟知し、様々なからくりにて小田原参陣を指嗾(しそう)致しました。その儀は書状にて逐一報告されております。奥羽諸国に於いても同様にござりますれば何卒御赦免の程を願わしゅう存じ上げます」
蒲生氏郷「恐れながら、最上殿は早うから北条と手切れ致しております」
秀吉「…三成」
三成「は?」
秀吉「今日は幾日じゃ」
三成「六月十二日にござります」
秀吉「何時じゃ」
三成「午の刻かと思われます」
秀吉「明日の午の刻以降来た者は追い返せ。所領は全て取り上げよ」
氏郷「心得ました」


秀吉退室。

氏郷「あぁ、危ういところであった」
義光「御助言誠に痛み入りまする」
家康「追って陣構えの御沙汰があろう。宿に控えておるがよい」
義光「畏まりました」
家康「ご苦労」
義光「あの、…政宗は打ち首?」
家康「ははは、あの男はしぶとい」
氏郷「打ち首どころか、可愛がられており申す」
義光「…は」


そう聞いて義光は居ても立ってもいられなくなり政宗の宿を訪れます。
こちらも政宗同様ちょっと普通ではありません。
つくづく顔に似合わず妹想いのお兄ちゃんです。

義光「はぁー、お義は馬鹿な事をした。我が子に毒を盛った報いで、何もかも失うた」
政宗「伯父上の唆し(そそのかし)に相違ござらん」
義光「戯け(たわけ)た事を申すな」
政宗「お恍け(とぼけ)召さるな!」
小十郎「殿」
義光「わしは何も知らん。お義に事の次第を聞いて驚いた。だがな政宗、お義を恨んではならん。あれは伊達家の安泰を望めばこそ涙を飲んで事に及んだのだ。関白は必ずお前を殺すと思い込んで、母の慈悲を以て毒を盛ったのだ」
政宗「政宗には母はござらん」
小十郎「…」
義光「そう言わずに心中察してやれ。お前が生きていると知ったら、あれは気を失うほど仰天して後悔の臍を噛む(ほぞをかむ)に相違ない。伏して赦しを乞うに相違ないぞ」
小十郎「お止め下さりませ。お東様のお話はご無用に願いとう存じまする。忘れ難きを忘れ、全ては煩悩泡沫(うたかた)の夢と消し去った今、殊更に蒸し返すのは合点がいきませぬ。殿の胸中を抉る(えぐる)に等しいと覚えまする」
義光「出しゃばるな!」
小十郎「お気に召さずば某を討たれませ。されど殿のお心を乱す物言いは断じて許しかねまする」
政宗「小十郎」
小十郎「…」
義光「我等は仲良うせねばならん。共に所領を安堵され関白の旗下(きか)に入ったからには手を携えて奥羽を鎮めねばなるまいて。伯父と甥が角突き合う時節はもはや過ぎた」
政宗「伊達と最上は違い申す」
義光「どう違うのだ」
政宗「憚りながら、政宗の体内には織田信長殿の魂が乗り移っており申す」
義光「ふん。はてその意味は」
政宗「いずれお判り申そう」
義光「…はははは」


まだまだ天下を諦めていない。と?
義光には政宗が大馬鹿者にも大人物にも見えたことでしょう。

今井陣所。
政宗は、会津を葦名に返そうとする動きをキャッチしたようです。

家康「我等は間もなく小田原城に攻めかかる。そなたは落城に先んじて国許に引き上げ、会津引き渡しの支度を致すがよい」
政宗「はっ」
家康「ついては木村吉清が同道し引き受け人と相成る」
政宗「承知仕りました」
長政「武将たる者、引き際が肝要じゃ。くれぐれも粗略のなきよう」
政宗「心得ました。して、我等が退いた後、会津は木村殿に遣わされるのでございますか」
家康「まだわからぬ。いずれにしてもそなたが口を挟む事ではあるまい」
政宗「憚りながらら、ひとつだけお願いの儀がござりまする」
家康「申してみよ」
政宗「されば会津は努々葦名義広には返却なされませぬよう殿下にお取り成し下さりませ」
利家「何故じゃ。元を質せば葦名の所領であろうが」
政宗「先般申し述べましたるが如く葦名は伊達の仇敵にござりまする。血と汗を以て積年の恨みを晴らしながら全てを徒労に帰するのは無念至極」
利家「ほう、この期に及んで開き直るつもりか」
政宗「某はともかく家臣共が騒ぎたて黒川城引き渡しに困惑を生じる恐れありと心得まする」
利家「黙らっしゃい!仕置きに従わんとあらば致し方ない。小田原同様武力をもってねじ伏せるまでじゃ」
長政「それまで。それまで」
政宗「…」
家康「…」


会津黒川城。

鬼庭綱元「会津を引き渡す?」
小十郎「会津だけではない。安積(あさか)、岩瀬の諸郡も召し上げられる」
原田左馬助「なんと」
成実「振り出しに戻るのか。返すがえすも無念なり」
鈴木重信「今となっては止むを得ぬ仕儀と心得まする」
成実「何?」
重信「殿のご無事、旧来の所領を安堵されたるを以て良しとせねばなりますまい」
成実「それとこれとは別儀じゃ」
重信「相手は関白でござる」
成実「関白関白としたり顔で申すな!」
政宗「成実」
成実「…は」
政宗「誰よりも無念なのはこの俺だ」
成実「…」
政宗「粉骨を尽くした家臣の苦労を水の泡とし、秀吉の存分に従うのは不本意至極」
成実「殿」
政宗「されど時の流れには逆らえん。ここは一旦潔く矛を収めて米沢へ引き、将来を期して力を蓄えるべし」
重信「御意」
政宗「よいか、秀吉は五十四、俺は二十四だ。西からばかり風は吹かんぞ。いずれは東からも吹かせて見せようぞ」
成実「心得た!」
政宗「国頼」
山家国頼「はっ」
政宗「会津の領民達に詫び状をしたためて配布せよ」
国頼「詫び状?」
政宗「合戦続きで迷惑をかけ、治世の志半ばにして引き退く不始末を許せと。新しき領主に甚だしき不都合があり悪政に苦しむ事あらば、直ちに申し越すべし。政宗が軍勢を率いて助けに参ると」 


北条氏の小田原城は、三か月の籠城虚しく力尽きて降伏しました。
秀吉は関東八州を家康に与えて奥州へ向かい、政宗はその一行を宇都宮で迎えました。

秀吉「もう近頃は甲冑が重うてかなわん。足もふらつくしの。腰がもうどうにも、厄介なものになってしもうた」
長政「ははは」
政宗「恐れながら、熊毛の御兜、卯の花縅の御具足、いずれを採りましても無双の逸品かと存じまする」
秀吉「気に入ったか」
政宗「はぁ、軍配の立物とは畏れ入りました」
秀吉「そちにやる」
政宗「…は?」
秀吉「そちに遣わすと申しておる」
政宗「…!これは冥加至極。願ってもない幸せに存じ奉ります」
長政「伊達殿、これは縁起の良い御具足でござるぞ」
氏郷「さよう、西国、九州から小田原の陣までお召しになった御具足じゃ。心して拝領なさるがよい」
秀吉「この甲冑はの、天下思いのままの甲冑じゃ。軍扇も添えて遣わす」
政宗「ははっ、子々孫々まで伝えて伊達家の家宝と致しまする」


奥州仕置きが天下統一の締めくくりだから、もう甲冑は用済みだということでしょうか?
それとも、奥羽の反乱は秀吉に成り代わって政宗が鎮めよということでしょうか?
実際は、政宗が秀吉のご機嫌取りのために拝領をねだったのかもしれませんね。

秀吉「長政」
長政「は」
秀吉「仕置きの大筋を政宗に」
長政「心得ました」
政宗「…」
長政「大崎、葛西以北に於いては南部信直の領地を除き全て没収。他に田村宗顕、石川昭光、白川義親も所領を没収。小田原に参陣致したる諸大名は全て本領安堵。但し伊達政宗は会津、安積、岩瀬の地を返上」
政宗「承知仕りました」。して会津は何方に」
長政「蒲生氏郷殿」
氏郷「以後昵懇に願いたい」
政宗「某こそ」
長政「氏郷殿はの、信長公の婿に選ばれた程の知恵者じゃ。奥羽統治の要として良き相談相手にあるであろう」
政宗「かたじけのう存じまする」


石田三成と並ぶ秀吉の旗本、蒲生氏郷が奥州の中心地に。
氏郷が政宗に対して妙にフレンドリーだったのは、自分が会津に入るのを予想していたからでしょうか?
政宗を懐柔するためとも油断させるためとも考えられます。

だとすれば、葦名という選択肢など最初からなかった?
会津を葦名に返すという情報を伊達にリークしたら政宗はどう動くか?を探るために、政宗は狸親父達に踊らされたのかもしれません。

秀吉「政宗」
政宗「はっ」
秀吉「折り入って、そちに無心があるがよいか」
政宗「何なりと」
秀吉「小十郎、近う、近う」
小十郎「!」
政宗「?」
秀吉「構わぬ。前へ進め」
小十郎「(政宗の脇へ)」
秀吉「あーもそっと、前へ進め。構わん」
小十郎「(秀吉の前へ)」
秀吉「伊達の秘蔵の智恵袋、近間で見たい」
政宗「…」
秀吉「面を上げい。…ほぅ、良い相をしておる」
小十郎「…」
秀吉「政宗」
政宗「はっ」
秀吉「この小十郎の器量を見込んで、三春城を遣わそうと思うがどうじゃ」
政宗「!」
小十郎「!」
秀吉「田村領の領主にして遣わす。その方の働き次第によってはのぅ、十万石、二十万石、三十万石にもしてやるぞ。どうじゃ、政宗」
政宗「…」


これはしてやられました。
甲冑ひとつで小十郎を持っていかれてはたまりません。
最初は田村領に居ても、十万石、二十万石となれば当然国替えです。
小十郎は政宗の手元から離れ、関白秀吉の直属大名となってしまいます。
黒田官兵衛に見切りをつけた秀吉が、新しい参謀(軍師)を求めているのかも?

長政「どうした小十郎、御礼を申さぬか」
小十郎「有難いお言葉にござりまする。されど、その儀は平にご容赦の程を」
秀吉「!…何?」
三成「慮外者!殿下の仰せを何と心得る」
小十郎「(政宗の脇まで下がり)ご無礼の段何卒お赦し下さりませ。某は先君輝宗公格別のお引き立てにより姉共々殿の傳役を仰せつけられました。爾来(じらい)十九年、及ばずながら伊達家に奉公致し過分の処遇を賜っておりまする」
長政「伊達殿に遠慮を致しておるのか」
小十郎「滅相もござりませぬ。小十郎は伊達家に骨を埋める覚悟にござりますれば、何卒!」
秀吉「ほぅ、この秀吉のために骨を埋めるでなく、伊達のために骨を埋めると、そちは申すか」
三成「伊達殿、何とか申されよ。そなたが許すと申せば小十郎も納得致すに違いない」


政宗は声を発することができません。
断れば秀吉に咎められ、応ずれば愛や田村を含めた身内から非難されるでしょう。
この窮地を救ったのは、やはり小十郎でした。

小十郎「恐れながら、今や伊達に奉公申す所以は、殿下にご奉公申し上げるに他ならずと心得まする。一層の忠勤に励みますれば、何卒!」
秀吉「…」
三成「主君の命に従わぬと申すか!」
小十郎「伊達家にて無用と仰せられればこの小十郎、己れの不忠を恥じて直ちに割腹仕りまする!」
一同「…」
秀吉「…どうじゃ…どうじゃ、うん?、わしが見込んだだけの男であろうが。小十郎、そちの心根に免じて、これを遣わす」


小十郎、かっこいい。
さすがは小十郎じゃ。
どっかの似非軍師に爪の垢でもやってください。

しかし、伊達家に残った理由は単なる忠義心のためばかりではなく、小十郎ならではの深慮遠望があったようです。

政宗「愚かな奴だ。折角の出世を棒に振りおって」
小十郎「急がば回れと申します」
政宗「ん?」
小十郎「十年と経てば関白殿の天下は去り、伊達家興隆の時節が巡って参りましょう。小十郎は殿のご器量に全てを委ね、大願成就を信じてご奉公致しておりまする。さればこそ、関白殿の誘いを退けたまでにござります」
政宗「恩着せがましいぞ」
小十郎「いえ決して」
政宗「小十郎」
小十郎「は」
政宗「…有り体に申せば、俺は嬉しかった」
小十郎「…勿体無いお言葉」
政宗「お前の忠義は、生涯忘れん」
小十郎「…」


さすがは小十郎じゃ。