『独眼竜政宗』第8回「若武者」感想 | のぼこの庵

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大河ドラマの史上最高傑作『独眼竜政宗』(1987⇒2014再放送)と近年の最高峰『平清盛』(2012)の感想です。
ついでに『江~姫たちの戦国~』(2011)、『八重の桜』(2013)、『軍師官兵衛』(2014)、『花燃ゆ』(2015)の感想も。
あとは爺放談?

勝秀吉はこんなに早い回から出演していたのですね。
小田原で政宗に対面する場面があまりにも印象的だったもので、てっきりあれが初登場だと思い込んでいました。
なかなかお茶目な秀吉ながら、彼に振り回される側近の石田三成やねねさんを描くことで、孤高の存在になって行く天下人を描くという演出でしょうか。
これらは、政宗の生涯を描く上では無用なエピソードのようにも見えますが、演者の伝説とも重なる部分があり、視聴者を引き込むことには成功していると思いました。

 

一方、『独眼竜政宗』において織田信長は画面に登場しませんでしたが、その生き様、死に様は藤次郎に大きな影響を与えていました。

虎哉「仏罰じゃ!織田信長は御仏の罰が当たって見苦しい死を遂げたのじゃ!

あの殺人鬼は弟を殺し母を追放し叡山を焼き討ちにし高野の聖を何千人も捕らえては斬り一向宗の信徒を絶滅させて憚らなんだ!

かかる大悪人をお釈迦様が赦す訳がなかろう!

信長はわが生涯の師と仰ぐ快川和尚も焼き殺した。然るが故に己自身も本能寺で焼き殺された。これこそ因果応報というものであろう。

快川和尚の遺言(ゆいげん)をご存じか」

藤次郎「心頭滅却すれば火も亦た涼し」

虎哉「その通り。心に悟りを持てば火に焼かれようと熱うない、そう申されて敢然と火中に入られた。

そこへいくと信長はどうじゃ。従容(しょうよう)として死に就くどころか最後まで悪あがきをしたと申すではないか」

 

師の前では沈黙していた藤次郎でしたが、小十郎に対しては信長に対する自身の熱い想いを吐露します。

藤次郎「小十郎、俺は織田信長に会うてみたかった。

天下を獲る人物とは如何なる者かこの目で確かめておきたかった。

たった二千の兵を率いて今川義元の四万の大軍を打ち破った桶狭間の戦いはいつ聞いても胸がすく。

七層の天守閣を持つ安土城とはどのようなものか。きら星の如く並んだ武将に号令をかけるのはどのような心持ちなのか」

小十郎「小十郎とて同じでござりまする。信長殿のご高名はいつも頭に焼きついておりました」

藤次郎「俺は信長のように生きてみたい。

ひと度でも天下を獲れば武士の本望ではないか。後は如何なる死に様を晒しても構わぬ。

和尚は因果応報と言うが、天下を獲るためには歯向かう者は滅ぼさねばならぬ。時には慈悲の心を捨てねばならぬ。

元々禅僧の死に方と武将の死に方は違うのだ。信長は悪あがきしたのではない。弓弦の切れるまで射続け、槍を持って戦い、あらん限りの力を使い果たし、自刃したのだ」

小十郎「仰せの通りでござりまする」

藤次郎「小十郎」

小十郎「はい」

藤次郎「俺は試してみる。自分が満海上人の生まれ変わりか否か」

立場が変われば事実の受け取り方も変わる。
武士が戦う理由は?より高みを望み頂を目指して戦を続ける理由は?
藤次郎と小十郎の考えに、視聴者も大いに納得したのでした。

そんな武士がもう一人。

羽州平定を終え奥州へ野望を広げていた山形の最上義光です。

 

義光「のう守棟、わしは天下を獲れようか?忌憚なく申してみよ」
氏家守棟「されば八幡大菩薩にかけて殿こそ軍神の申し子、間違う方なく天下一のご器量人と拝察いたしまする」


奥羽平定にとどまらずその先を見据えている義光にとって政宗は眼前のライバル。邪魔者は排除しようとします。

外圧ではなく、内部崩壊によって。

輝宗「お聞き及びと存ずるが米沢にも不穏な動きがござる。旧臣達は公然と竺丸を擁して藤次郎の孤立を図っておりまする」

虎哉「それは難儀な事じゃ」

輝宗「不徳の致すところでござる」

虎哉「たしかご次男は他家へ養子に出されるとか伺いましたが」

輝宗「お東はそれを不憫に思うて一味の後押しを致しております」

虎哉「なるほど。それで読めました」

輝宗「家臣を納得せしめて内乱を防ぎ伊達の家名を保つ手立てはないものか、和尚のご達見を承りたい」
虎哉「坊主にはとんとわかりません。武家の作法は経文のどこにも書いてありませんのでな」
輝宗「和尚は藤次郎の師ではござらぬか」
虎哉「ははぁ、すると殿はあくまでも若をお世継ぎにと?」
輝宗「それが筋目でござる」
虎哉「…日が昇れば月は消える」

輝宗「は?」

虎哉「これが一つ。身を棄ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

輝宗「身を棄ててこそ…」

虎哉「ま、こんな所ですかな。ふふふふ」

輝宗「…」

藤次郎が信長の後を追おうとしていることに内心複雑な虎哉でしょうが、みごとなアドバイスをしてくれました。
また、それを敢然と実行に移した輝宗も流石です。

そして、

家督相続とともに演者代わりして幼さが消え台詞まわしがしっかりした政宗と愛姫は、仲睦まじくも健気に、天下獲りのスタートを誓い合うのでした。

政宗「俺の目を見よ。輝いているか」

愛姫「はい」

政宗「伊達の棟梁に相応しいか」

愛姫「はい。…若様」

政宗「ん?」

愛姫「愛は若様の若子を産めるでしょうか」

政宗「産めるとも」

愛姫「時々夢を見ます」

政宗「夢?」

愛姫「恐ろしい夢でございます。たった一人米沢を追われて三春へ帰る道すがら、父母に会わせる顔もなく途方に暮れて…」

政宗「埒もない」

愛姫「三年子無きは去れと申します」

政宗「案ずるな。俺は十八、愛は十六じゃ。これより先いくらでも子はできる」

愛姫「若様…」

政宗「よいか愛、俺はいつの日か京へ上って天下を治める。その時は愛も連れていく。われらの子は伊達の世継ぎではないぞ。天下をそっくり継ぐことになる。次男には田村を継がせる。そうじゃ、田村には奥州羽州をそっくり呉れてやる。相馬も佐竹も最上も葦名も」
愛姫「嬉しゅうございます。どうか愛をお見捨てなきよう」
政宗「見捨ててなるものか」


若い政宗は、愛の不安を除くためだけでなく自らの不安をもかき消そうとして、大きな夢と希望を吐き出しました。
これでいいのです。
視聴者はたとえこの先の顛末を知っていても、否、知っているからこそ、政宗たちを応援したくなるのですから。