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エルのブログ

卵巣がんにより右卵巣・卵管を手術にて切除し科学治療後、不妊治療を開始しました。AMH0.04に不育症と甲状腺機能亢進症、卵巣機能不全と問題ばかりな私でも第一子妊娠し出産。その翌年には第二子を妊娠し出産しました。現在、年子姉妹の育児に奮闘中です。

2014年11月2日のこと



本来ならば1週間後の診察予定でしたが
前倒しで主治医である若手医師から
直接エルのスマホに電話がありました

この時のエルはまだ何もわかっていませんが
後日談として載せておくと

エルに電話がかかってくる前に
夫と両親のところに手術の結果の電話が
掛かってきていたそうです

この時、夫と両親は話し合いをして
エルには主治医から告知
してもらおうということになり
エルには何も伝えなかったそうです



「エルさんのお電話ですか?」
「そうです」
「◯◯総合病院の◯◯です。その後、おかわりないですか?」
「はい。元気です」
「よかった…次の診察なのですが
1週間早めてしまうと2日後になってしまいますが
変更しても大丈夫ですか?」

通院は母が付き添うことになっているので
母へ確認すると頷いてくれたのでOKと伝えました
(事前に知っているので当然なのですが)



そして通院日
午後からだったので夫も休暇取って来てくれて
両親·夫と4人で向かいました


腹腔鏡手術で取り除いた組織の一部から
悪性腫瘍が見つかりました

その言葉を聞いた瞬間フリーズしました……

「…だ、大丈夫ですか?」

な訳ない

頭のなかではエンドレスで
悪性腫瘍の言葉が鳴り響く

悪性腫瘍ってガンだよね?
ガンってことは死ぬんだよね?
うそ……私死ぬの?
27歳だよ?結婚したばかりだよ?
義実家になんて伝えるよ?
離婚しなさいとか言われるのかな…
私お金ないけど葬式代とかどうしよう…

主治医の話なんて耳に入らず
そんなことばかり考えてました…

死にたくないよ…
なんで
私なんだよ!
ガンて
なんだよ!

思ってるうちに泣けてきて大号泣!

いい歳した大人がワンワン泣きました
(いま思うと大袈裟)


とりあえず落ち着いてから話そうと言われ
診察室から出るも、ひたすらしくしく泣く私…

もう外待合の人たちの注目の的だったらしい……

婦人科と産科が一緒だったし
家族が周りにいたから流産したとか
そんなふうに思われてたかも…




30分くらいして落ち着いてきて再び診察室へ
再手術の説明と手術前の検査について説明を受けました

もちろんエルは放心状態なので
夫がしっかり聞いてくれてました





次回、再手術前の検査について

2014年10月25日
皮肉なことに夫の誕生日に退院となりました


土曜だったので夫がこっちに向かってましたが
実家に来るよう伝えて
朝イチで退院した私は
シャワーを浴びて綺麗にしておきました
(入院中は一度もお風呂に入れなかった…)

っていうのも、子宮の炎症がひどくて
ずーっと熱があったため、トイレ以外は
ほぼベッド上で安静だったのです



ちなみに手術翌日の朝には
尿管、呼吸器を外し歩いてました
(腹腔鏡なので回復はメチャクチャ早い)
そして、お産の待機部屋なので
いつまでも私が独占できないのです…

ということで翌日からは大部屋で過ごす

まあ、産科病棟なので妊婦さんばっか…
アウェーでございました(゜゜;)
特に話もしないし何とも思ってませんでしたが


あ、食事は普通食で翌日の朝から
もりもり食べておりました!
(ご飯の量が多かったので少なめに変更してもらった)

身体を拭いてもらったのも
手術後の1回だけで気持ち悪かった……



腹腔鏡で回復が早くてもまだ無理は禁物!
重たいものは持っちゃいけないので
実家では上げ膳据え膳でのんびり過ごしましたよ







2014年10月19日のこと



朝5時頃に目覚めました

血液検査だったり書類だったり
まあいろいろあってほぼ寝てません…
痛みもあったしね……
(手術するから痛み止も使えなかった)


6時頃に採血がありました
朝ごはんは手術のためなし

もうね、夕飯吐いてるしお腹ペコペコよ…


9時頃に婦人科医が来て
診察を受けてもう一度、嚢胞破裂の確認をしました
(夫は朝イチの新幹線でこっちへ向かっている)


本来ならば朝イチ、9時からの緊急手術でしたが
事情のわからない夫が待った!をかけたため
私の両親含め夫の到着を待ちました…
(私としてはとっとと手術したかったのですが)


夫の到着後、手術説明スタート
私はそれどころじゃない!早く切って!状態


11時にオペ室へ入りました(移動はすべて車イス)
手術室前で両親·夫とバイバイ


初めての手術室…テレビで観たことある!って感じ
手術台に自力で寝ると、すぐに色んな担当医が挨拶に

麻酔科医、看護師、婦人科医とたくさん
(エルの担当医はまだまだ若手の医師だったので
中堅?くらいの医師が立ち会うスタイルでした)
※執刀するのは担当の若手医師


呼吸器を口に当てられるとメッチャゴム臭い…
これがオエッとなるのよね…

救急からつけられっぱなしの
点滴の針のところから麻酔を注入します

「ゆっくり深呼吸してね~」と麻酔科医に言われ
その通りにしていると瞼が重くなる
「エルさん、がんばってね」
若手医師に言われコクりと頷きブラックアウト
(麻酔が効いてきているので喋れない)

最後に見たのは若手医師の笑顔でした




トントントンと肩を揺すられ目を覚ますと
目の前に看護師さんと麻酔科医さんのドアップ!

ポケッと2人の顔を眺めていると
「エルさんわかる?」と声をかけられました
コクりと頷くことしか出来ない

「手術終わったからね」
コクり

「きもち悪くない?」
コクり

「もうすぐ病棟戻るからね」
コクり

頷くだけで精一杯でした…
麻酔が効いているので痛みはありません

「エルさん、よく頑張りましたね。お疲れさま」
コクり

若手医師の笑顔に頷くことでしか返事できなかった


まだポワンとしていて寝たり起きたりの繰り返し
「イチ、二の、サン!」の掛け声と共に背中に軽い衝撃
そこで目が覚めました

どうやら手術台からベッドに移されたようです

また肩をポンポンされて
「病室戻るよ」と声をかけられました
またコクりと頷くだけでしたが伝わったよう

手術室から出て一番最初に見えたのは
心配そうな父の顔でした



大部屋から個室に変わっていました


まだ麻酔が効いててポワンとしてるので
落ちたり目覚めたりを繰り返す…
呼吸器もついたままで喉はカラカラでした
(点滴で水分補給できてるので問題ない)


手術が終わったのは
午後の7時だったと夫は言っていました
母が連絡したのか、弟の姿もありました


病室へ戻って少し、親友がお見舞いに来てくれました
受付で病室を聞いて来てくれたみたいです
(夫とも連絡取れなかったから仕方ない)

来てくれたことは覚えてるけど
会話はできないし何話しかけられたか覚えてない…

面会時間は8時までなので
この日はすぐにみんな帰っちゃいました


私はベッドから起き上がれないし
いろんな管が繋がってる状態…

数時間起きに看護師さんが来て
おシモの処理をしてくれて
身体も温かいタオルで拭いてくれました
(手術と同時に生理が始まってメッチャ汚してしまった)
ナプキンも替えてくれたりと申し訳なかったです


ちなみに、私が入院したのは産科病棟なので
赤ちゃんの泣き声がすごくよく聞こえてきました
(実は私の個室…お産の待機部屋だったらしい)




ベッド上でひたすら寝ているっていうのは
とてもキツいですね…
腰と背中が悲鳴をあげていました



次回、入院中のこと

2014年10月18日のこと


翌、19日に友人の結婚式がありました

そこまで親しくはないので
私は親友と二次会から参加する予定で
ひとり自家用車で帰省してました
(車はエルが独身時代から乗ってるもので
夫はペーパーなのでほぼ運転しない)


両親と夕飯を食べてテレビ観ていた時のこと

突然、下腹部痛に襲われ冷や汗が……


ただ、紛らわしいことに翌日から生理予定日でした

もしかしたら生理?今月かなりひどめ?
下着を汚したら大変だ!
前屈みになりながらトイレにダッシュ!
(母は洗い物中、父はお風呂を洗っていた)

トイレに行くも出血はなし…
おしっこ出そうと力を入れると激痛
(いきなり、おシモの話でごめんなさい)


這いつくばって下着を履いて
貞子みたくなりながら廊下へ出て倒れ込みました…

もう声も出せないほどの激痛で動けず…



何分経ったか知りませんが
リビングから父の「エルはどこ行った?
という声が微かに聞こえてきたような気がする…

というのも意識が朦朧としていて
気絶したり起きたりを繰り返していたのです…

それからしばらくして
父がトイレにと席を立ったことで無事に発見されました


父の「おい、お前なにしてんだ?」の声で
目が覚めました……
その後すぐに父が
母さん!エルが倒れてるぞ!と叫び
母が慌てて駆け寄ってきました

どうしたの!?
「…おなか…」

母というのは凄いもので
これだけで通じてしまうのですね

ロキソニンと胃薬と白湯を持ってきてくれて
廊下に倒れ込んだまま飲みました


「ここじゃ身体が冷えちゃうからリビングで寝たら?」
「ぃぃ…ここ…きもち…」
「そう?落ち着いたら戻りなさいよ」

の言葉のあと、気絶したみたいです……

両親は寝たと思っていたようですが
ハッと気がついた時には
下半身に毛布が掛けられていました

と同時にものすごい吐き気

声は相変わらず出せないので
壁をバンバンと叩いて気づいてもらうしかない

母がすぐに駆け寄ってきたので
「吐く…出る…」と言うと
即ビニール袋を持ってきてくれました

受け取った瞬間にリバース
(汚い話ばかりでごめんなさい)

「これで少し楽になるんじゃないの?」
「うん…」

そうなんです。普段から生理痛が重すぎる私

2~3日寝込むのも嘔吐するのも通常運転
それを知ってる母だからこその言葉

その言葉のとおりか、少しすると動けるように

四つん這いでリビングへ戻りソファに撃沈


しばらく横になってましたが
薬は効かず下腹部痛は続いたまま…
むしろ痛みは増す一方…

「病院行く?」の一言に無言で頷きました
(昼間に通院していることを伝えてあった)


簡易検査しか出来ないが
市内の夜間救急へ駆け込みました
(事前に電話連絡していたので
待ち時間無しで即診察を受けられた)
救急車出すと言われましたが近所に噂好きな人がいて
なにか噂されても嫌だから断りました
……が、本当は救急車使わなきゃいけないくらい酷かった


「おそらく急性虫垂炎(盲腸)だろう」と言われ
もっと詳しい検査が可能な隣の市の総合病院に
当直の外科医がいるので
そちらへ向かうようにと言われ紹介状を渡されました
※救急車で搬送もできると言われましたが
それはさすがに断りました
(いま思うと救急車でよかったと思いますが
当時はそこまで大事になるとは思ってなかった)



15分ほどかけて隣の市の総合病院へ向かい
救急入口に車を停めてもらい
父が車椅子を借りてきてくれたのでそれに乗って院内へ

待合室にはたくさん人がいましたが
事前に連絡が入っていたのか最優先で診察室に


外科の先生が色んな検査をしてくれて
念のため妊娠していないか
足の付け根のとこから採血
(子宮外妊娠の場合、似たような症状があるらしい)


一応、婦人科疾患があって検査したばかりだと伝えたので
すぐに婦人科医を呼び出してくれてました


婦人科医と交代して内診
いつも痛かったからメッチャ構えてたのに
優しくお声がけしてくれるし痛くない!?
ってことに驚きました(そこかよ…)

「エルさん、婦人科疾患で検査受けていたんですよね?」
「はい。内膜症と嚢胞です。
15日にMRIを受けたばかりで結果は来月聞きに行く予定でした
「そうなんですか。
これ見落とされちゃったのかなぁ…」

医師は小さい声で呟いたつもりでしょうが
私にはしかと聞こえていた

「どこの病院で検査受けましたか?」
「◯◯市の◯◯病院です」
「わかりました。確認してみますね」
「はい」
「それで、現在の状況ですが…」

お股おっぴろげ~状態で話す気まずさよ…

右側の卵巣にある
嚢胞と呼ばれるものが破裂しちゃってるんですね
「は…破裂?」
「うん。なのですぐ入院しましょう」
「は、はあ…」
「明日手術ね」
「はい…はい?」

さらっと言われて流しちゃうところでした

「手術しても大丈夫ですか?」
「痛いの嫌なのでお願いします」

夫になにも言わず決める自分よ(笑)

あとで聞いたところ、夫はひとり訳がわからず
慌てふためいていたそうです…そりゃそうだ




すぐに入院手続きが行われ入院病棟へ移動
(そこでなぜ住所が県外なのか聞かれた)

病室のベッドに横になった頃には午前4時でした


とりあえず変な時間で申し訳ないけど
友人に事情を説明し二次会に参加出来ないことを伝え
(すぐに返信がきて了承してくれた)
親友と夫にも連絡を入れました
(こちらもすぐに返信がきた)

夫に関しては母が連絡してくれていたみたいです
私は当然、連絡なんて出来る状況じゃなかったですからね





長くなったので次回は手術の話を。



2014年10月15日のこと
人生初のMRIを受けに行きました


この日はMRIのみだったので
大嫌いな女医に会わなくて済む!
気分は爽快でございました~♪

ドッキドキしてた検査ですが
ただ寝ているだけで終わる簡単なもの
痛くもないし楽チンでしたよ

この結果も1ヶ月後に
細胞診の結果も合わせて報告とのことで
しばらくは通院もなし!


普通、もっと早く
わかると思うんだけど…



なんて思っても言えないチキンは素直に従い帰宅しました






次回、人生が変わった日←ひどいタイトル