「あなたの趣味を教えてください。」

 

面接のエントリーシートでも新しいクラスの自己紹介シートにもほぼ必ずと言っていいほどある定番の質問。

 

僕はこの質問が嫌いだ。

なぜなら

まず、小中高は野球漬けでそのあとも受験だったからそんなものに興じている時間はなかったし、

下手なモノを選択すれば相手の印象を下げかねない危険性を孕んでいるからだ。

 

毎週欠かすことのない

「アダルトビデオ鑑賞による自分磨きです。」

この答えの先に未来はない。

 

昔、苦し紛れに僕は「野球」と書いた。

 

それを見た人はこう言ってきた。

へー。小学校から野球をやってるんだねー。じゃあさ、野球のサークルとかはやってるの?

 

「・・・入ったけど辞めました。」

 

え、なんで?

 

「・・・楽しくなかったからですかね」

 

じゃあ趣味じゃなくない?

 

「・・・・・・」

 

黒歴史誕生の瞬間だった。

 

そう、長年やっていた野球は僕にとって趣味ではない。

 

正直、小学生のころから野球は見るのが好きだがプレーするのは反吐が出るほど嫌だった。

 

何度もやめようと思った。

嫌で嫌で部活の時間が近づくと身体中が痒くなった。

 

でも、なぜ辞めなかったのか。その理由は痛いほどよくわかっていた。

 

それは、野球部という組織に必要とされることで何とか自分の存在価値が保たれるからだ。

 

高校時代は僕は幸運にも1年のときから出場機会に恵まれた。

2年のときには主将を任されたときもあった。

3年間一度も公式戦に出れなかったメンバーがいたなかで引退するまで最後までレギュラーを張ることができた。

 

他の同級生より実力があると判断されること

チームに必要とされていること

 

自分に自信が持てずなかなかそう思えない僕にとってこの起用法が齎した喜びは計り知れなかった。

 

でも、そんな存在価値をくれた唯一のものは自分が社会に飛び出す4年前というタイミングでふっと僕の周りからいなくなった。

 

野球のことは嫌いだった。

 

でも、離せなかった。

 

現実と時間が強引に僕らを切り離した。

 

嬉しさと寂しさと自分の存在を認めてくれるものがなくなったことに強い孤独感を感じた。

 

僕が見つけたい趣味は野球に代わる自分の存在価値を感じられるものだ。

 

 

そのためならこんな僕でも頑張れるかもしれない。

 

自分の心の奥底にある何かがゴソゴソと音を立てているのが聞こえたような気がした。

 

読んでくださりありがとうございました。お願い

最近のアイドルグループではいわゆる「坂道グループ」が一番支持を集めている、というのは間違いないでしょう。

具体的には、乃木坂46、欅坂46、日向坂46、(吉本坂46)のことです。

 

僕自身が日向坂46を応援していることもあって、テレビなどで活躍している彼女たちは本当に輝いて見えます。

 

ただ、アイドルグループには「恋愛禁止」というルールが一応存在して

週刊誌やSNSなどが蔓延っている今の世の中では

「こっそり付き合っていたがバレてしまって大バッシング」

なんてことがたまにあります。

 

その結果、謹慎、あるいは卒業(事実上の更迭)に追い込まれるような娘もいます。

 

個人的には

「あれだけ可愛いんだからそりゃ彼氏いるよね」

みたいに思うんですが

禁止というルールが存在し、本当に我慢して頑張っている娘がいることを考えると

「謹慎とかなってもしょうがないのかな」なんて思います。

 

このまえ、インスタグラムに恋愛スキャンダルによってアイドルを卒業した娘が

「社会人1年目頑張ってます!!」みたいな感じでいろいろ投稿しているのをたまたま見ました。

その投稿にはパソコンのタイピングについてや晩ご飯などのことについて前向きな投稿が多くとても楽しそうに見えました。

 

正直、意外でした。

 

僕にはアイドルをやっていたころが人生の全盛期のように感じられるし

一般社会で働くということはいわばスターから凡人になり下がるように思えたからです。

 

でも彼女はとにかく楽しそうで画面にたまに移る彼女の顔は輝いてました。

 

「僕の視野が狭かったのかもな。」そう感じた。

 

本当は「アイドルは良かったな」なんて思っているのかもしれないしいろいろ複雑な感情が渦巻いているのかもしれない。

 

ただ、彼女の人生のピークがアイドルのときなんてのは僕の何の根拠もない予想に過ぎなかったのだ。

 

これから、彼女の会社が世界を変えるようなビジネス展開をして彼女が

「年商何十億」みたいになったらそれこそ成果主義のマスコミは

「元アイドルのスキャンダルからの人生大逆転」みたいになるだろうし

 

 

そうじゃなくても彼女自身が

「今の私ってアイドルのときより幸せだな」と思えれば

社会はそう思わなくとも間違いなく彼女の人生の絶頂期はアイドルのときではなくなるのだ。

 

そういうふうに考えると、「気の持ちようだよ」みたいなアドバイスもなんとなくわかる気がしてきました。

 

結局は

「自分自身が現状の自分を肯定できるのか」

というのが大事なところなんでしょうね。

 

「僕にはまだまだ訪れなさそうだな」

と小さなため息がこぼれました。

 

読んでくださりありがとうございました。お願い

ブログを読んでくださっている皆さん、こんばんは。

そして、読んでくださりありがとうございます。

 

僕の大学では今の時期に3年生(僕はいま2年生なので来年ですね)から始まるゼミの入室試験が行われます。

 

わからない人のために言うと、ゼミとは

  • 教授1人に対して生徒が10~15人くらい(普段の授業は200人くらい)
  • 教授の一方的な講義ではなく、双方向的なコミュニケーションを通じてより深い研究を目的とする
  • 強制ではないが僕の大学では約90%の人がどこかのゼミに所属する

と、いったところでしょうか。

 

僕もゼミに入って特定の分野について研究することを決めました。そうすることで、なにか自分のやりたいことが見えるかもしれないから。

 

ただ、入室試験には僕が本当に苦手としていることをやらなければいけません。

 

 

それは、「自己PR」です。

 

 

本当に嫌です。初めて会う他人(面接官)に向けて自分の思う優れている部分を発表しろといってきます。

 

「そんなのは、おまえらが見て勝手に判断してくれよ」

そう思った。

 

僕は前々から思っているのですが、優れているとか、優れていないとかっていうのは自分とその人との比較によって決まるものだと思ってるんですよ。

 

例えば、賢さ、学歴とか。僕は明治大学経営学部というところですが、僕の感覚では「普通の大学」です。

 

でも、ある人から見れば「記述問題が書けないバカが通うところ」になりますし、ある人から見れば「難関大学」ということになるんでしょうね。

 

つまり、その面接官がどういう人かなんてそんな一瞬でわかるわけないんだから書けなくないですか?

 

平気で「私は明るく元気な人です」とか書く人がいますが

「君が目の前のこの人より明るいと思う根拠は何?」

と問いかけたくなります。

 

そんな葛藤があって、今回のゼミのエントリーシートの「自己PR」が書き終わるのには半日かかりました。

 

そして熟考の末、「メリハリのある人」と書きました。

「私は集中するとリラックス状態から完全に抜け出して他の邪念に負けることなくそのことに没頭できます。」と。

 

もし、面接官が

「他人よりそう思う根拠は?」

と僕に問うならこう答えてやりますよ。

 

「今は自分の面接に集中しているので他人のことには頭が回りません」

ってね。

 

読んでくださりありがとうございました。お願い

 

2年ほど前に当時の予備校講師から聞いたインドカレー屋さんでの話。

 

彼の家の近くに「本格インドカレー」を謳うカレー屋ができたらしい。

いわゆる

  • カレーの種類は10数種類
  • 緑色やオレンジのカレー
  • 付け合わせはナン
  • 飲み物はラッシー

といった感じだ。ちなみにラッシーはわかりやすく言えば、カルピスと飲むヨーグルトの間くらいといったところか。この前飲んでみたらとてもおいしかった。

 

もともと駅前で割引のビラを配っていてそのことを知ったらしい。白い帽子をかぶった真っ黒なインド人は明らかに駅前では浮いた存在だった。

 

入ってみると店内の雰囲気、塗装ともにインドのイメージそのままだったという。まるでこの店だけインドなのではないか、と思うほど店員も店の壁に書いてある言葉もとても日本にいるとは思えなかった。

メニューに書いてある日本語でやっとここが日本だと気づいた。

 

注文を聞くのもインドの人だった。日本語を懸命に勉強しているのはわかるが、やはりコミュニケーションには多少の難はあった。

 

料理を待つ間にふっと厨房が見えてしまったらしい。そのときにスパイスを色々混ぜて煮詰めていたのは・・・・・・

 

ゴリゴリの日本人だったという。

 

それに戸惑いつつも出てきたグリーンカレーは日本のカレーとは大きく違うものでとても美味しかったがなんか騙された気分になった。

 

っていう話だった。

 

僕はこの話を聞いて、そのときは面白い話だなーなんて聞き流していたが、

今は真実とウソにおいて必ずしも真実だけが正解なわけではないのかな、なんてことを思う。

 

だって、厨房が見えなければきっと先生は

「日本のとは全然違うけどうまいなー」といって帰っていたはずだ。

 

そして、その満足感は「日本人が作った本格インドカレーですよ」と宣言されるよりインド人が作った雰囲気を出したほうがきっと大きくなるだろう。

 

  僕はいままで世界の真実の芯をとらえて生きていこうと思っていた。

  とことん真実を追求することが正しいことだと思ってきた。

  そう教えられたのかもしれない。

  わからないことがあればとことん調べ考えて、それがわかることで人間 はより賢く楽しく生きることができると。

 

でも、それはインドカレーにおいては違ったし、考えてみると違うことが多い気がしてきた。アイドルのスキャンダルとかもそうだろう。

 

よくわからない、モヤモヤしているものをそのままにしとくっていうのも悪くないな、と思った。

 

もちろん凄く知りたいんだけど、知ってしまったら後悔するかもしれないから。

 

真実を探求することが生きていくうえで正解とは限らない。

 

読んでくださりありがとうございました。お願い




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログを読んでくださっている皆さん、こんにちは。照れ

 

初めて絵文字を使ってみました(笑)。なんかちょっと痛い感じがしますね。

 

さあ、自己紹介と始業式を終えて、このブログからいわゆる「普通の投稿」が始まるわけですが

 

「このネタが面白かったんですよー」とか「考えさせられたなー」っていうことよりも

 

最初は今日感じたことをゆったりと書こうかなって思ってます。

 

ありがたいことに前回の「思春期中学校始業式」の投稿にいいねグッを押してくださった方がいらっしゃいました。

 

正直、僕の考えなんて誰も理解してくれない、と思っていた部分があったので素直にうれしかったです。本当にありがとうございます。お願い

 

基本的にこのブログの投稿は文才でも何でもない凡人の僕が感じていることを殴りつけるように書いているので、「結局、こいつ何が言いたいんだ」と思うかもしれません。

 

その点に関しては本当に申し訳ないと思っています。

 

でも、自分が読み返すときのためにも、上手に書くテクニックをつけたほうがいいんだろうな、と感じてます。

 

いっぱい書けばうまくなっていくんですかね(笑)

 
ほんとに何の内容もないような投稿でしたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。お願い