「自分とは何なのか、どういう人なんだろうか、何をやって生きていくのか」と考え始めたのはいつ頃だったのであろうか。
おそらくそれは物心ついたときにみんな一度は考えたことがある(はず)。
でも、みんな答えは出していないのだ。「いまはまだ子供だから」とか、「まだ時間があるからあとでゆっくり考えよう」とか、「そんなもの考えたってわかるもんじゃないから時間の無駄」とかで。
僕もその一人だった。マジョリティーだった。はずだった。
気づくと周りはそれぞれの具体性抽象性はあれど、目標を持ち始めた。
「資格を取って会計士になりたい」
「海外で活躍する仕事に就きたい」
「とにかくお金持ちになりたい」
僕には本当に何も目標が思いつかない。気づけばマイノリティーになっていた。
そりゃお金はないよりあったほうがいい、けど「お金のために自分の嫌な仕事をどれだけ頑張れますか」と問われたら自信はない。
親に迷惑をかけない程度、一人暮らしで必要なお金を払えるくらい貰えればいいと思ってる。社会をなめてるといいたい人は言えばいい。そこはいま論点ではない。
会計士になる意味が分からない。僕には企業のお金を記録してめんどくさそうだな、と思ってしまう。
おそらく普通の人は「自分とは何なのか」という答えを大学生になる前までに見つけているか、わからないなりに生きていこうという強い意志を持つかのどちらかなのだろう。
だが、僕は自分が「どういう人間」「何をしたい」「何に向いている」がどうしても気になってそれを無視できない。それがわからないとすべての行動が不正解になる気がするのだ。
みんなが楽しんでいる飲み会は僕にとって本当につまらない。
みんなが目指しているお金持ちには興味がない。
みんなが大好きなかわいい女の子は壁でも見ているかのような目を僕に向けてくるのでむしろ嫌いだ。
このまま、中高大のように「みんなと同じで何となく」では僕は苦しむ人間なのだな、と悟った。
だから、僕は自分で僕が望む生き方を見つけなければならないと思った。親友によると僕の考え方は中二病をこじらせるような子の考え方らしい。
彼にそう言われたことで「なるほど、まだ思春期が終わっていないのか。そして、僕はまだ中二病の中学生のようなことを考えているのだな。」と初めてわかった。
思春期中学校、19歳になってもまだ在校している人はほとんどいない。
「早く卒業しないとな。」まずは、自分の好きな趣味を探してみることにした。
