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えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

大企業の経営者になる、大企業に就職する、というのはそれはそれですごいことではあるけど、自分の力で大企業にしたわけではないのだから、中小企業に対して偉そうな態度を取ったり、自分の要望を強制することなどは違うと思う。
もちろん、自分で起業して大きくしたならまだわからないでもないが、それでもやはり自分より下の立場の人たちに対して謙虚に接するのが当然だとは思う。
 
これは企業に限った話ではない。
国家も同じ。
 
自分の手柄で大国になったわけでもないのに、その権力を使って小国に圧力をかけるのはおかしい。
 
ニュースを見ていて、おかしいと感じてしまう。

プレゼンで他社事例を紹介されて、それについて他人事のように感心している経営者。

いや、暗にうちの経営者の問題を指摘しているのだけど。。

気づいていないんだ。

 

その事例が好事例として紹介されているということは、自分の会社がそのレベルに達していないという意味。

実際、その事例とは程遠いレベル。

 

経営者になると、自分は優れているので、自分が経営している会社も優れている、と思うようになるらしい。

 

もしかして、経営者になるときに洗脳されるのか?

お店からマスクをするように言われて逆らったり、優先席付近で携帯電話の使用を禁止されているのに携帯電話を利用したり、ルールを守らない人がいます。

彼らは、マスクは感染対策にならないとか携帯電話は心臓ペースメーカーに影響しない、という理由を言うけど、お店を利用したり電車を利用する以上、そこのルールを守るのが当然。

実際にそのルールが意味を持たなかったとしても、ルールはルール。

 

たとえば、車が来ないから信号無視をしていいか?というと、法令でダメとなっているので、たとえ車が来なくてもダメ。

 

こういうことを言う人を見ると、近くにいてほしくないと思う。

絶対、仕事でもルールを破るから。

衰退していく組織は、上席者のレベルがどんどん低下していく。

 

人が減っていくのだから、新しい人が入るよりも出ていく方が多い。

新しい人もそんなに入ってこないから、優秀な人が入ってくる可能性も低い。

 

そうすると残った人がそのポジションに着くことになるのだが、十分に成長していない人がそのポジションに着くことになるので、レベルが下がる。

 

 

こういう組織に入るのは避けたほうが良い。

特に優秀な人は、この組織のレベルの低さにストレスを感じるはず。

優秀な人が優秀であることを判断するためには、それを判断できるだけの能力が必要だが、そういう人がいなくなっているので、話が通じない。

普通の会社なら通じるレベルですら通じない。

それどころか、明らかにダメなことを平気でやるようになる。

 

 

劣化した組織は再生することはないと考えたほうが良い。

トップが超優秀で力のある人にならない限り。

リビングと廊下をつなぐドアが閉まらなくなりました。

急激に寒くなったのに、暖房の熱が廊下を通って出て行って、廊下から冷たい空気がリビングに流れてくる。

最悪の状況です。

 

ドアが開いた状態で動かなくなってよかった。

閉じた状態で動かなくなったら、リビングに入られなく(もしくはリビングから出られなく)なるところでした。

さっき、スーパーに行って米を買ったのですが、また値上がりしていますね。

2週間前から1割以上高くなっていると思う。

備蓄米放出というニュースがあったので、下がるのかと思ったら、どこまで上がるのでしょう?

 

もはや気軽に食べる値段ではなくなっている。

それなりの水準の金利があるが当たり前だと思うが、そうではない状態が続いたので、やっと当たり前の世界に戻った。

さっき通帳を見たら、それなりの金額の利息が付いていて、やっとそれを実感。

 

といってもそんなたいそうな金額でもないから、できれば、税金は取ってほしくないのだけど。。

 

生保商品を作っていた立場からは、やっと最低ラインの保険商品を開発できる状態になってきた。

ただし、低金利下で購入した債券の含み損も無視できないけど。。

社会人がなぜ勉強するのか?と問われると、

・視野を広げるため

という答えをしていたが、最近はさらに

・選択肢を適切に絞るため

というのもあるということに気づいた。

 

というのは、この世に絶対存在しえない選択を挙げて、主張する人が私の周りに多いことに気づいたので。

その論点の理論を理解していれば、絶対それが選択肢に入ることはないはずなのに、その理論を知らないから、自分の知識の範囲で考えて無駄な選択肢を出してしまう。

 

もちろん、理論通りでも複数の選択肢があることはあるが、そこから外れた選択肢まで検討していたら、無駄な時間と労力を消費することになる。

理論通りではないので、全否定するが、なぜ否定されているのかが理解できないし、多様な考え方を理解できない人みたいなことを言われたりする。

 

 

多様性を受け入れる、という文化は正直不要だと思っている。

それはこういう勉強もせずにいい加減なことを言ってくる人たちの相手をしないといけなくなるから。

そして、多様性を標榜する職場には、こういう人が多いと思う。

 

そのうち、1+1=2という考えは誤っている、といってくる人が出て来るかもしれない。

3にでも4にでもなるのだから、1+1=2しかないという主張をするな、と。

そうなったら、この職場は崩壊でしょう。

時々行っているカレー屋さん

今日も行ったのですが、ご飯がきちんと炊けていないのか、すごくまずかった。

芯が残っていて、粒々の何かにカレーのルーをかけているような感じ。

 

いつもおいしいので、今回、何かあったのか?

問題は、気づいているのかどうか?

 

気づいていないのであれば、ご飯の炊け具合を把握できていない、という問題だし、

気づいていたら、そんなものを提供することが問題。

 

軽くお昼を済ませたいときはカレー屋さんが候補なので、今後も行くとは思うけど、今度もこうだったら行かなくなるかも。

さっき、住宅街の細い路地を歩いていたら、向かいから老人と車がこちらに向かってきました。

老人は、すぐ後ろにいる車に気づいていないようで、道路の真ん中を右に左にうろうろしながら歩いていました。

今の車は音が小さいから、車の音が聞こえていなかったのでしょう。

しばらくして気配を感じたのか、後ろを向いて驚いたように道路わきに移動。

(たぶん、私がずっと道路の端を移動しているのに不思議に思ったのでしょう)

 

老人になるとここまで耳が聞こえにくくなるんですね。