あたりまえの処世術 | INDIGO BLOG

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見えなかったものが現れてくるINDIGOな時間

ハートで相手を感じてみる。

それは、サイキックマッサージ体験談~ ハートで人と関わるってどういうこと?

のように、心あたたまる経験となることもあれば

反対にショックを受けてしまうこともあります。


たとえば、相手の笑顔が、本当には笑っていないのを見たとき。

優しい言葉に、まったく心がこもっていないのを聞いたとき。


私のためを思ってくれているようで、

実は多くを求めている行為だということを感じるとき。


繊細なワークを始めてまもない頃、

人の嘘を感じることがつらくって、落ち込んでしまうこともありました。


だからといって、それ以前のように

薄いバリアを張って、物事の表面だけを見ていけば良い、

もしくは自分の都合の良い風に捉えてしまおう、

そんな態度に戻ることはしませんでした。


もともと、人の態度に敏感だったのです。


きっとそれは私だけでなく、誰でもみんな、そうなんです。

子供の頃はみんなが、ハートで人と関わっていたはずです。


ですが、ハートで関わるということは

傷つきやすくなるということでもあり

感じやすさは世の中では弱さと言われてしまうこともあり


年を重ねるにつれ、ハートではなく、頭(マインド)で

考えたり関係するようになっていくのです。

あたりまえの処世術のように。


その代わりに、失うものもたくさんあります。


ハートで感じることは、子供の時のように

自分の存在すべてで笑ったり、怒ったり、泣いたり、

受け入れたりすることです。


今、私は感じることを以前よりつらいとは思わなくなっています。

一番の違いは、「それをそのままにしている」からでしょう。


相手が張りついた笑顔をしていても、思ってもいない言葉を口にしていても


それは相手の自由なのです。


もし私が悲しくなったとしても、それは相手のせいではありません。


その悲しさはそのままにしておく・・・

そうすると、それは自然に流れていってしまいます。


悲しさを何とかしようとすると

逆にそれは力を増し、私に向かってくるのです。


そのままにしておく。受け入れようとすることもなく。

そのままにしておくのが難しい!!というような激しい感情があったとしたら

その激しさも、そのまま観ています。


これは、瞑想だと思います。


瞑想を始めてから、そのままにしておく「YES」を、

少しずつ理解しているように感じます。



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