風地観は霊能者や占術家向きの卦と述べたが、それはあくまで六十四卦としての話しであり、どの交を得たかにより、更に内容は異なる


例えば、六三なら自分の道を行くのであり、有償無償に関わらず、広く人を観るような霊能者等にはなれないし、なるべきでもないのである(※来歴吟味は必要)


仏教で言えば、大乗に対し小乗の道のような気配もあるが、常に大乗の方が上の如く安直に宣う仏教徒は、往々にして自己の実像、物事の困難さ、広い世界観を解さぬものである



馬鹿は死んでも治らない、地獄を見て脱けて一人前、自分を救うのは自分、神は公正公平というのも一つの真実であり、人助け病にかからず、我が道を漸進的に歩む姿が感銘を与えたり、霊能等による冷静な観察眼に基づく分析を、ブログのみで述べるだけでも、大いに世の役に立つことはあるのである


 
 
易経(徳間書店)、丸山松幸著より

『観は凝視すること、ただ漠然と見るのではなく、よくよく見つめる、奥底まで見抜くことである。(中略)君子道が衰え、利欲がせめぎあってまさに秩序崩壊のときである。しかし、こういう時こそ静思して現象の奥底まで見抜かなければならない。そういう態度が身につけば、徳となって人々を感化することができる。行動よりも静思の段階であるから指導的な地位にある人、教育者、学者、研究者にとってはよい卦である』