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リハビリへの道2


リハビリ専用の体育館(バスケットのコート3個分ほどの広さがあり)で本格的なリハビリが始まったのですが、
まず最初に行ったのは20畳ぐらいある台のような所で座る練習をしました。
他には足で車椅子を漕いで体育館内を何週もぐるぐる回っていました。
本来、車椅子は手で漕ぐ物ですが、左半身麻痺で左手が使えないので、手で操る事ができず
例え動く右手で車椅子を一生懸命漕いでみると片方の車輪しか動かずその場でグルグル回転してしまいます(笑)
なので麻痺の無い右足を使い、最初に試しに足で漕いだ時は少し怖かったです。
それと別室のリハビリ用の部屋で作業療法が始まりました、これは主に手や上半身のリハビリになりました。
確か初日はお手玉を片手で80cmぐらいの高さの台にいれるというものでしたが、怠けず馬鹿にせずやってました。
ただ、このリハビリは午後で終始どうでもいいFMが室内に流れていて作業療法中眠くなるのに参りました。

津波がやってくる

そういえば入院中にこんな事もありました。

入院生活が始まってすぐの日曜日だったと思います。
チリで大地震が起きその津波が来ると日本中大騒ぎした日がありました。確か東京マラソンのあった日曜日かな。
入院していた病気は海(浜辺)から数百メートルしか離れておらず大津波がきたらアウトでした。
さらに防災無線から空襲警報のようなサイレンがなり響き、何とも物騒でした。
家族も貴重品を持って隣県の丘陵地帯に避難すると言って避難に行ってしまって。
私の住んでいる鹿行地方は鹿島灘の沿岸部にあたり。私の住む町は茨城県で一番の避難民をだしました
自分は病気で動けない体だから、家族が再び面会に来るまで気が気でありませんでした。
もし、記録的な大津波がきたら自分独りになってしまうのは辛いなと妄想したりしてました。
この先、大地震や火事・津波がきたらまずこの体では逃げられないので覚悟決めて受け入れるしかないのでしょうね。。。

養生訓とか

貝原益軒の養生訓なんかでは、「欲望を抑えて生活しなさい」みたいな事を書いてあるけどそれは違うな。
一度でも病に倒れ入院したら一切何も出来ないし叶わない状況に陥るから、健康なうちにやりたいことをやり、したい事はかなえて。やり残しの無いようにして生きるのが正しいと思う。入院して特に強く壮感じた。思うままにやるべき、生きるべし。
欲望に正直に人間は生きるべきだな。目的も意義も無く禁欲や節生して良い事なんて無いし。長生きは美徳ではないし恥だな(笑)