福島県会津地方に、喜多方という蔵の街として名を売る小さな街があります。
そしてもう一つ、この街を全国区に後押ししたもの、それがラーメンなのです。
その代表格が『坂内食堂(ばんないしょくどう)』で、JR喜多方駅から徒歩15分ほどで到着、ドデカい緑色の立て看板がお出迎えしてくれます。

福島県会津地方に、喜多方という蔵の街として名を売る小さな街があります。
そしてもう一つ、この街を全国区に後押ししたもの、それがラーメンなのです。
その代表格が『坂内食堂(ばんないしょくどう)』で、JR喜多方駅から徒歩15分ほどで到着、ドデカい緑色の立て看板がお出迎えしてくれます。

沈静化と思いきや、ここ数日、何故か発熱コロナの救急要請が散見されはじめた事に首をかしげるキムニイですが、今日は僕の泣きの叫びを…聞いてやって下さい m(_ _)m
何度も言ってきましたが、キムニイ救急隊はメチャメチャ出動が多く、僕の消防の中でダントツ1位であります。仮眠が殆どとれない事も珍しくありません。が、忙しいのは現場活動だけではないのです…出動したあとの救急出動報告書のチェック、公務員的に言うなら決裁が必要になります。
報告書の作成は出動した隊の隊員が作成するのですが、隊長(係長)の僕がその内容を確認、報告書の誤字脱字を含め、誤りがないかを見たうえで押印し、次の決裁者者である副署長に報告書を提出するのです。
ペーパーレス化はされていますが、報告書に関してはアナログ(紙ベースで押印決裁)の方が好都合の部分もありまして、当面、押印決裁は続くと思います。
ここで、問題となるのが報告書の数。元々出動件数が多いだけでなく、僕の署には傘下に2つの分署があり、そこから提出される報告書とを合わせると、かなりの数にのぼります。僕の休日明けは最悪で、朝、出勤すると机の上にドサっと未確認の報告書の束が乗っており、目にした瞬間、迷走神経反射を起こしそうになる自分に「ガンバレ自分!」と励ます日々が日常茶飯事なのです、はい(苦笑)
はしご車は必要か?
答は必要に決まってます。
が、しかし、消防吏員として正直に述べるなら、その存在価値は必ずしも手放しで歓迎できるものではありません。
その理由はただ一つ活躍の場がないからに他なりません。判りやすく言えば梯子車が出動する火災がないって事。例え出動しても梯上放水(ていじょうほうすい=はしごを伸ばし放水消火活動を行う)する火災が少ない…いや、超絶少ないからです。
因みに僕の消防には6台の梯子車がありますが、梯上放水する火災は年に1〜2回。因みに昨年度の救急出動件数は約2万5千件、一方、梯子車の出動は10数件で放水はゼロ…つまり、梯子車が活躍する機会はほぼなかった事になります。
しかも梯子車ってのは結構な金食い虫。値段は軽~く1億円以上、高規格救急車が3〜4台が楽々買えます。点検メンテナンスも必須で決して安価ではありません。そんな高価な買い物の割に出動活躍の場がほぼないのが現状です。もちろん、活躍の場がないのは市民にとって喜ばしい事であるのは十分理解しています…これについては過去ブログ『20 費用対効果』でもお伝えしてますので、気が向いたら覗き見してやって下さい。
前述のとおり、出動機会がないのは喜ばしい話ですが、問題は梯子隊と言う乗組編成を設けなければならない事です。僕の消防では最低2名が乗組に割り当てられます。ところが、昨年夏頃から年末にかけ救急要請が激増し、予備の救急隊を編成するため、連日、昼夜を問わず非番職員を招集する異常事態が起きてしまいました。招集職員が到着するまで管内の救急対応は不可となり、管轄外の救急隊が時間をかけて出向く日常となったのです(救急隊到着まで消防隊が出動し、心臓マッサージを行うなどし対応)。一方、その間も梯子隊は99.9%発生しないであろうビル火災に対する待機勤務です。梯子隊の2名を救急車に乗せれば良いとも思いますが、万一その空白の時間にビル火災があったら対処できないため、梯子隊(隊員2名)は維持されるのです。
全ては結果論と思うのですが、不確かな災害(中高層火災)より目の前の災害(救急)を大事にしてもらいたい気持ちと、万一、ビル火災が発生した場合の対応とで、キムニィ個人の思いも複雑です。
僕自身、梯子隊員であった事もありました。現場で伸梯した事もありますが、放水経験はありません。梯子隊になった時は「どうせ火災はないよなぁ…」と、甘い気持ちでいたのも正直なところです。参考までに日本の建物(ビル)は、耐火造でできているため、火元の1室は燃えても隣や上階に燃え広がる可能性が低い事実も存在します。
余談になりますが、今の梯子車は車両自体にポンプが付属されてないものも多く、火災現場に到着後、梯上放水の必要がない場合は単なる大型車(障害物)にしかなりません。活動終了、帰署後「まったく、もう、梯子車は邪魔でしょうがねーなぁ…」なんて冗談を言われ、梯子隊が「すんませんでしたぁ…」なんてやり取りもあったりします。故に梯子車が出動した際には、部署位置は極めて重要となります。
更にオマケとして、梯子車は伸梯時に車体を安定させるためジャッキを張り出すので道が狭いとアウト。また、電線が張られていると旋回伸梯ができずアウト、強い風が吹くとアウトなど、様々な制約もあったりします。
と、ここまで梯子車をお邪魔虫扱いしてしまったけれど、結果として無くせない大事な消防車両であるのは事実です。梯子車の配置設置の基準は消防力の整備指針に基づくもので、見栄をはって購入配置してる訳ではありません。中高層建物(高さ15メートル以上)が消防署管内に一定数あると梯子車を置く決め事があるのです。田舎の温泉街などで立派な梯子車が配置されてたりするのは、整備指針によるものなんですね。
長々とお付き合いドーモドーモでした、結論は超々多忙な救急隊からみると、梯子隊が羨ましく思えますぅってお話でした ← 不謹慎な発言 m(_ _)m
北海道食レポ、二連発!
前回の留萌から所変わって北海道第二の都市・旭川。僕にとって、留萌に行く時は必ずと言って良いほどワンセットになる街です。羽田空港→旭川空港→旭川・泊→留萌、成田空港→新千歳空港→旭川・泊→留萌…と言うように、旭川で一泊するって行程が僕のルーティン。
そんな北海道一寒い?と言われる旭川にも有名な食の店があります。旭川のジンギスカンを扱う『大黒屋』で、超有名かつ人気店です。




交通死亡事故に連日出動のキムニイです。
昨今、死者の出る交通事故はメッキリ減少していただけに残念な結果に心を痛めるところ、皆さん、くれぐれも交通事故には注意されてください。
さて、話題を変え、キムニイの緩~い食レポです。
北海道、豪雪の街・留萌市(るもいし)…この街はあと数日すると全国ニュースに晒されるはず。この街に通ずる唯一の鉄道JR留萌本線が、3月31日限りで100年余の歴史に幕を閉じ、廃止廃線となるからです。全国の鉄道ファンが最後の乗り納めに詰めかける、不思議な光景が繰り広げられているのです。
そんな留萌は寿司の街でもあります。寿司好きの僕は、数年前から何度も出向いた事があり、ほぼほぼ名の通った寿司店は経験済みですが、唯一未潜入の店が『蛇の目寿司』でありました。
甲子園球児のペッパーミル騒動。


消防=公務員、厳密には地方公務員に分類される訳ですが、公務員にとり避けて通れないのが4月の定期異動。
毎年、3月中に異動に伴う内示が出るのですが、僕んとこの消防でも10日に内示があり、新天地へ出向く者、現職場に残留する者、元の部署へ返り咲く者など様々な異動が発生しました。
そして、異動内示後、新たな配置が発表されるや否や、注目するのはやはり自身のこと。
「え〜と、オレの名前はどこに??」
「異動なしかぁ、これで4年目だぜ…」
「うわっ、また◯◯さんと一緒じゃん」
「うそぉ、今度は予防(日勤)かぁ」
「ラッキー、家から近くなる!」
あちこちでいろんな声が聞かれます。因みに僕んとこの消防はそこそこ大きな組織なので、人事を取りまとめる部署、通信指令室、火災予防事務、救急救助を司る部署、そして職員の多くを占める消防署とその配下となる分署(消防本部によっては出張所と呼ばれることも…)を含め、大きく分け20か所近い異動先があります。
そして、異動内示後、毎年毎年毎年繰り広げられる光景が新配置メンバーの寸評。
基本となる業務(警防、救急、救助)に対する能力、社交性、性格など、人それぞれ。優秀な人材が集まる部署もあればそうでない部署も。
ここで異動に伴う最も重要な点をお伝えしましょう、それは人間関係。簡単に言えば、どうしてもウマが合わない者、つまりは犬猿の仲的な者もいるということです。万一、そんな者同士が同じ部署、しかも現場活動に従事する消防署や分署(出張所)になったら最低最悪となります。なぜか、それは消防の勤務は基本的に24時間勤務、大げさに言うなら家族と一緒にいるより長い時間を過ごすからです。大きな消防署ならいざ知らず、小さな分署(出張所)に配置されたひにゃ、逃げる場もなく、朝から次の日の朝まで勤務が一緒…明るい職場など到底望めるハズもありません。しかも、不仲は中堅やベテラン同士(むしろこちらの方が多い)でも存在するので、人事異動は別の意味で重要となるのです。
基本的には大人の対応をするので、荒れ狂う事はほぼありませんが、向こう一年間は静〜かな葬儀場の様な職場になるのです。被害を被るのは普通に勤務する方々…何の罪もないのに暗~い勤務を続けることになります、ご愁傷さまです…
えっ、キムニィの新部署は?
はい、異動なし変わりません、次年度も僕の消防で最も救急出動件数の多い超多忙な部署。そして新メンバーは1人入替えがあったのみ、まぁ良しとしましょう(笑)
では、次回。
救急現場で見られる人間模様…それは人生観に影響を与えると言っても過言ではない…ある意味、それは哲学?
独居の高齢老人が人知れず体調を崩し、たまたま訪れた客人が、室内で倒れ動けないでいるのを発見し救急要請…これ、救急あるある。
現場はやや古さは感じられるものの、普通に庭付き戸建て住宅。僕ら救急隊が到着し、室内を見回すと他界したであろうパートナーの仏壇のほか、ホコリを被った我が子と思しき幼子と笑顔で戯れる、若かりし頃の古ぼけた写真がサイドボードに置かれてたりする。
察するに、20〜30年前は仲睦まじいご夫婦のもと、ごく普通の幸せな家庭があったはず。やがて子供達は成人し、実家を離れ、別の地で新しい家族を築き新たな人生…そして数十年後、この家族も同じ事を繰り返すのかなぁ…う〜ん、これ、人生哲学。
更に深〜い事例にも遭遇するんです。
例えば、母子家庭で母親は30代とします。その家庭の一人娘が急病で救急要請。娘はまだ未成年で障害があり母親の支援なくして生活が出来ない状態。こんな現場で思うのが20、30、40年後、母親自身の体力が落ち、自らも認知症となり、我が子をサポートできなくなったらどうなるのだろう…障害を持つ娘とて自立出来ず、生活保護により生き抜くしかないのかな…
実際、高齢の母親が、障害を持つ中高年の我が子を支える的な救急現場はこれまで何度か出会ってます。もちろん、いきなり母親が高齢になる訳はないので、そこに行き着く迄、長く深い人生ドラマがあったはず。
裕福、暴力、不倫、困窮、放棄、見栄、短絡的、身勝手、怠惰、権利、守秘…こんなキーワードが様々な現場に見え隠れする救急活動。
あぁ、人生ってなんなんだろう…良い悪いは別として、救急隊やってると、家庭の裏側まで見られちゃうから深いんです。
言いたいこと、上手く書き記せなくてアイ、スイマセン m(_ _;)m
まとまりのない、久しぶりのブログでありました、では次回…
救急搬送の際、女性に対し「妊娠の可能性はありますか?」と、聞いたりします。病院での検査や治療方針の参考情報になるからです。
交通事故などの外傷(打撲)で、X線(レントゲン)検査やCT検査が必要となる場合でも、妊娠の有無を搬送先の医師へ念のため伝達します。
むろん、全ての女性に聞くわけではありません。70歳のオバァに「妊娠の可能性はありませんか?」と、聞くはずはありません(笑)
ここで実際にあった…と言うか、今後もあるであろうエピソードをお話します。
18歳の女性、自宅で腹痛の救急要請があったとします。
下腹部を押え、苦痛に顔を歪める女性を救急車へ収容、すぐさま付き添いの母親も車内へ…
救急隊は観察と同時に問診を始めるのですが、女性の腹痛、特に下腹部痛や不正性器出血などを伴う場合、必ず「妊娠の可能性はありますか?」と確認します。ここで注意しなければいけないのが先の同乗者。家族(両親)の前で、本人が言い出せず、病院に到着してから妊娠の事実が告げられる事があるからです。経験の浅い救急隊員はすぐに家族を乗せたりしちゃいますが、これは全体が見えてないから。このような場合、すぐに家族は乗せません。何故なら傷病者本人を車内へ収容した後「お母さん(同乗予定の)には内緒にするけど、病院の先生には正直に報告しなければなりません、今、妊娠の可能性はありますか?」と聞くと「妊娠の可能性がないとは言えません…」「実は妊娠してます」など、家族もビックリの内容を聞き出せたりするからです。当然、妊娠を隠し続ける訳にはいきませんから、病院到着後、医師から家族(未成年者であれば)に本人の了解を得たうえで伝えられる事になります。学生などの場合、両親はショックを受けるかもしれませんが、これは現実ですから…
一方、妊娠を確認する女性の年齢が微妙な場合もあります。明らかに閉経を迎えているであろう女性なら問題ないのですが、前述のとおり微妙な年齢の場合「失礼ですが、念のための確認ですが妊娠の可能性はありませんか?」と、気配りしつつ確認します。中には痛みながらも一瞬笑顔で「妊娠なんてしてる訳ないでしょ…」と、華麗(加齢)なオバサマから一蹴された事もあります。
逆に、腹部打撲の女性「ピルを飲んでいるので妊娠の可能性はありません」と言いきっていたにも関わらず、搬送先の病院で見事に妊娠が発覚、本人も驚いた…なんてエピソードもあったりしました。
男性には判らない妊娠と言うキーワード…救急隊は搬送先の選定にも影響を与えるため確認する。故に家族であってもすぐに救急車に同乗させない事もあると言う話でした。
ではまた(;_;)/~~~
環七ラーメン戦争…死語となって久しくも懐かしい響き。
首都圏及びラーメン通には周知されてると思いますが、そうでない方のために解説します。その昔、バブル全盛の頃かなぁ、東京の環状7号線沿いに、乱立と言ってよいほどラーメン店が開店。これが生き残りをかけたサバイバルゲーム状態となり(オーバーに聞こえますが、ソコソコホント)、マスコミなどが面白おかしく煽った結果、いつしか環七ラーメン戦争と呼ばれるようになったのです。
朝から深夜までの営業…が、店に駐車場がなかったり、あっても狭いなどの理由から路駐が横行、渋滞や事故にも起因するなど、社会問題にもなりました。後に駐禁の取締りが厳しくなった事も影響し、隆盛を誇った環七沿いの有名ラーメン店も徐々に姿を消し、いわゆる環七ラーメン戦争は終焉を迎えたのです。
文豪キムニィの伝達解説力、理解できたでしょうか(笑)

