今回は導来圏の流れを簡単に書いてみます。導来圏は、それを理解する為に必要な準備が多く、それを理解する前に挫折してしまう人が多いと思います。そういった人々に少しでも本記事が参考になれば幸いです。

導来圏の入門の為の非常に小さな文献表も書いたのでそちらもご覧下さい。

~導入~

導来圏は代数トポロジーで現れる鎖複体や、それを分類するホモロジー等を"列のまままとめて扱う為"に導入された、と考えるのが自然なようです。

鎖複体やホモロジーでは、各次数の対象の列を考えその列の各対象の情報を吟味しますが、実際の幾何学的な対象の情報は列全体が持つ情報です。つまり列を一緒くたに扱うことが出来れば、幾何学的情報としてはより正確なもののはずです。

~本論~

導来圏は以下の流れで構成されます:

圏 A = (0b(A), Hom_A (P, Q)) : とは、素朴に対象の集まりOb(A)と任意の二つの対象P, Qの間の(有向)射の集合Hom_A (P, Q)(PからQへの矢印)により定義されます。特に、圏に於いては"射の代数構造"が基本的で、最も基本的には"結合則"

『射の合成、

Hom_A (P, Q) × Hom_A (Q, R) → Hom_A (P, R)

f × g → g ○ f

Hom_A (Q, R) × Hom_A (R, S) → Hom_A (Q, S)

g × h → h ○ g

に対し

h ○ ( g ○ f ) = ( h ○ g ) ○ f

が成り立つ。』

を仮定します。その他、任意の対象Pに対し、恒等射id_Pの存在を仮定します。従って、集合Hom_A (P, P)は単位元を持つ結合的代数、即ちモノイドを成す事が分かります。

↓ 射の空間に代数構造を付加

加法圏 A := (A, Z, +) : 加法圏Aとは、零対象Zを持つ圏で、かつ、射の空間がアーベル群(正確には射の合成を積と見る代数の意味で)に成っているような圏です。

零対象Zとは、始対象で、かつ、終対象であるような対象です。始対象(終対象)とは任意の対象Pへ(から)の射がただ1つであるような対象です。1つの圏の中に零対象が複数ある場合もありますが、それらは互いに同型と成ります。

定理:零対象Zがあると任意の2つの対象P, Qの間に零対象を経由する射が唯一存在する:

f : P → Z (Zは終対象であるので唯一存在)

g : Z → Q (Zは始対象であるので唯一存在)

従ってg○fはHom_A (P, Q)に定まる唯一の射である。この射はアーベル群(Hom_A (P, Q), +)の零元と成る。

※ 全ての集合を対象とし写像を射とする圏Setsでは始対象は空集合、終対象は一点集合となり、それらは一致しません。しかし、代数構造を持つ集合を対象とし準同型写像を射とするような圏では、零元のみを持つ集合が始対象かつ終対象となります。

特に加法圏の対象及び射は線型表現が可能(らしい)。

↓ 圏で(コ)ホモロジーを考える

アーベル圏 A : アーベル圏とは、加法圏であり更に(コ)ホモロジー代数を展開出来るような圏です。即ち核や準同型定理などが定義できる圏のことといっても良いでしょう。但しその定義は射の空間を基本とするため普遍性を使って定義されるので少々厄介です。アーベル群の圏や環上の加群の圏等が代表的な例なのでそちらを想像して頂くに留めましょう。

↓ 圏で複体を。列をまとめて扱う。

鎖複体のなす圏 Comp(A) = ( Ob(Comp(A))=Aの鎖複体, Hom_Comp(A) (P, Q)=Aの鎖複体の写像 ) : 鎖複体の成す圏とは、Aの任意の鎖複体を対象と見る圏です。つまり"列"を対象とする圏です。射は鎖複体の写像です。

↓ ホモトピー同値で割る。

ホモトピー圏 HM(A) = ( Ob(Comp(A)), Hom_Comp(A) / ~_h.p ) : Comp(A)の射の空間を"ホモトピー同値"で類別し"射を減らす"。但し対象はComp(A)と同じ。

↓ 擬同型を同型に。

導来圏 D(A) = HM(A)/N = ( Ob(Comp(A)), N^-1 ( Hom_Comp(A) / ~_h.p ) ) ; 導来圏とは、HM(A)の擬同型(列をそのホモロジー H_i = Ker d_i+1 / Im d_i の列と同型と見るような同型概念。言い換えればホモロジー函手で移った先で同型に成る列。)な対象を同型するような圏です。この為に射の空間をNull System(ホモロジー函手で0対象に成る対象)Nによる局所化(つまり擬同型射に"逆射を追加")して得られる圏となります。

以上

つまり、導来圏とは、ホモロジー代数を考えられる圏(アーベル圏)の上で、ホモロジー代数(鎖複体のなす圏)を考え、ホモトピー同値な射は同一視(ホモトピー圏)し、擬同型な対象は同一視した圏(導来圏)である、とまとめることが出来るでしょう。

また、導来圏のある種の拡張として、

・複体のなす圏を構成するだけなら加法圏で十分です。

・ホモトピーの概念も抽象化されつつあり、モノの見方を"弱く見る"ということに注目し、"弱同値"という概念を整備した圏、モデル圏を定義しホモトピー圏を構成する方法もあります。

・導来圏は三角圏の構造をもつ。三角圏の構造の方が圏論的に扱いやすかったりします。

などの性質があったりします。


特に興味深い(数学者に興味を持たれている対象)のは(滑らかな)射影代数多様体Xの連接層O_Xの導来圏(層のコホモロジーに関する)D(CohX)でしょう。


また、三角圏からベクトル空間の圏Vect(K)へのHomセット関手(コホモロジー的関手)の間の双対性(セール双対性)や、導来圏からアーベル圏を構成(復元)するt-structure、他にもModuli空間のコンパクト化ライクな安定写像の概念の影響、、、などなど様々続きますが、力不足のため、ここでは割愛します。