ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -18ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

中央広場に立ち並ぶ建物は本当に華麗だったが、一歩そこを抜けると、寂れた雰囲気が漂う建物をいくつも見た。

このように壁の黄色い色が剥げかけていたり、

かつては美しかったであろう淡い緑の建物も空き家なのか、上の階はガラスが破れ、窓も老朽化している。

壁のしっくいが所々剥げている角のお店は古着のお店。

思い切って「ハロー」とドアを開けて入っていくと、ライダーズジャケットを羽織ったお店のマダムが「ドブリーデン(こんにちは)」と挨拶してくれた。グーテンタークじゃないのを聞いて、改めてチェコにいるのだと実感。

中には友人らしい女性二人がソファに座っていて、商売そっちのけで手作りのケーキにお茶で話に花を咲かせている。世界各国共通の、古着を愛する人の気取らない心地のいい雰囲気が流れていた。

妹の友達じゃないが、この界隈はまさに「チェコは、金がない!」である。

しかし、これがまた見ようによっては陰鬱の美というか、晩秋のヨーロッパ(ってまだ9月の半ばですけど)、朽ち果てていく哀愁とでもいうか、妙に心に響くのである。

現代的なコンクリートの建物だと、寂れるとおどろおどろしさが際立つが、昔のきちんと造られた建物が滅びていくときは風情がある。こういう雰囲気、嫌いじゃないかも。

 

素敵なチョコレート屋さんを見つけて入ってみた。このレトロなお店の雰囲気。昔の薬局を改造したのだろう。

お土産にオブラーテン(ゴーフルのようなもの)を買ったところ、思ったよりずっと安くもうひと箱追加。他のお土産屋さんでもバスソルトを一個買ったら安さにびっくりしてもう一つ追加。物価は確かにドイツよりずっと安いようだ。

店中所狭しと並ぶチョコレートの数々。色んなモチーフがある。

チョコレート屋はドイツにもたくさんあるが、昔の薬局を活かしたディスプレーがレトロで風情のある雰囲気。

帰路の電車の時間が近づき、中央駅に向かう途中で見つけた花屋さんのウィンドー。女の人の広がった髪が石の花瓶としてうまくマッチしていた。

 

弾丸日帰りで街にいられたのはたったの2時間。休みなしで歩いたせいかお腹が減ってきた。

16:30の出発まであと30分しかない。私は仕方なく、最初に駅を出た時見かけたベトナム人の経営する食堂に飛び込む。

あまり柄の良くない店内で、肉体労働者風のオジサン達にジロジロ見られながら急いで熱々のフォーをかきこみ、中央駅へ駆け足。今日は最初から最後まで駆け足だった。

2時間後、無事ニュルンベルクに到着。近代的な駅の構内は明るく人が多く、もちろん社会主義のカケラもない。

一日にして2つの異なる世界にまたがった不思議な混乱。

でも初めてのチェコよかった。町はきれいだし、人もどことなく穏やかでアグレッシブな感じがない。ぜひまた行ってみたい。温泉で有名なカルロビバリも見たいし、やはり一度はプラハを見ておかなくては。

 

しかし、何といっても一番うれしかったのは、元気になって一人で出かけられるようになったこと。

メンタルの不調が長かったので、一時はチェコどころか、ほんの数十メートル先にある幼稚園に子どもを迎えに行くことさえ、億劫だった。旅行が好きな人、旅行が楽しめる人が羨ましくて仕方がなかった。

 

帰宅して、旦那に「それにしても、どうして突然チェコに行きたくなったんだい」と聞かれ、

「いや~、一線を越えたくて」ととっさに答えたのだが、ドイツ語で一線、限界などを意味する単語Grenzeは国境の意味もある。その意味では今日国境も超えたし、長年不調に苦しんでいた自分の限界も超えたのかもしれない。何よりの弾丸日帰りチェコの旅であった。

右も左もわからないまま、取りあえず、人の多く歩く方について繁華街を目指す。

 

意外だったのは、ベトナム系の人がたくさん商売をしていて、駅前、街中とざっと目にしただけでも4軒ほどベトナム料理のお店を見た。韓国のコスメを売るお店もあったし、なんとMatcha(抹茶)をだす喫茶店も。わりに雰囲気の良さそうなオシャレな店構えで時間があったら入りたかった。

 

旧市街への道はごみごみしていて、チェコ語の看板を除けばドイツとそんなに変わらないどこにでもある都市の顔。人の見た目も心持ちドイツ人より小さいことを除けばさほど変わりがない。アジア人はめったに見ない。

 

チェコの横断歩道手押し信号。もの珍しくて思わずパチリ。

 

しかし、街の中心に入ると、一気に壮麗な建物が立ち並ぶ広場が見え、その美しさに目を奪われる。

右左一軒一軒色が違いながら、全体的に絶妙なバランスで統一感がある。

この黄色いエレガントな建物はギャラリー。

色とりどりの建物はまるで絵本の世界だ。

この広場を見た時、どこかルーマニアのシビウを思い出し懐かしい感じがしたのだが、建物を見て納得した。

この屋根に並ぶ、明かりを取るための目のような窓の造りがシビウの建築にそっくりなのだ。ドイツではこの手の屋根はあまり見たことがない。やはり一歩一歩東欧の色が濃くなっていく。

下の坂から振り返ったところ、この旧市街一番の壮麗な建物が目に入った。

灰色なのにここまで華やかに見えるのは細部まで凝った造りになっているからだろうか。

ドアの模様もここまで手が込んでいる。ネット情報によると、この建物はなんと昔は郵便局だったとか。

 

私はヨーロッパのこんな石畳の小路がたまらなく好きなのだが、この町でも思わず辿っていきたくなる雰囲気のある小路をたくさん目にした。

チェコは昔の建物がよく保存されていて、中世のコスチューム劇などの撮影によく使われるらしいがそれも納得。本当に中世に迷い込んだような不思議な気持ちになる。

実は、有名な建築物よりもこういった素朴な路地裏を発見するのが好きだったりする。この町一つだけで、いくつの絵になる小路を見たことだろう。(続く)

昨日の朝起きて、急にどこかへ行きたくなった。

「ど~こ~か~遠くへ行きたい~」昔こんなCMがなかったっけ。

どうしよう。近場のバンベルクかバイロイトにしようか。しかし今まで行ったことのない所に行きたい。

チェコはどうか。突如として突拍子もない考えが思いついた。

 

私は22年もドイツに住んでいるというのに、隣国のチェコにまだ一度も行ったことがないのだ。

調べてみると、ここから一番近いチェコの町は快速・普通列車で約2時間。同じバイエルン州の大都会ミュンヘンまで片道3時間。なんと国内旅行より近いちゅうことか。ヨーロッパは地続きと実感する瞬間。

おまけにバイエルン・ボヘミアチケットなるもので行くと、往復32ユーロ(約5024円)。ICE(新幹線)でミュンヘンに行くと片道で既に63ユーロ。値段の点でも断然お得である。

 

こんな穴場に今まで気がつかなかった自分のアホさを呪いながら、在宅勤務の旦那に向かって、「ちょっとー、私のパスポートどこだったかしら」

「ここにあるけど、どこに行くっていうんだい」

「いやー、私、急にチェコに行きたくなっちゃって。じゃあねー、行ってきまーす」

「ハイハイ、行ってらっしゃーい」

悪妻のこうした突拍子もない行動に慣れているのか、顔色一つ変えない旦那。

 

篠突く雨の中、息を切らしながらニュルンベルク中央駅に向かう。12時37分発の電車に乗りたい。行き当たりばったりだから既にこんな時間。

何とか電車に乗り込み。一息つく。平日の午後という時間帯のせいか電車内はガラガラ。

車窓からの景色が飛ぶように去っていく。曇り空にマフラーとジャケットが欠かせない寒い日。

13:55分にドイツ側最後の駅Marktrewitzに止まる。

この次からはいよいよチェコに入る。

次の駅から、車内放送がドイツ語に加え、チェコ語、英語が加わる。あー、私、初めてチェコに足を踏み入れたんだ、ちょっと感動する瞬間。

チェコが近づくにつれ、何というか裏さびれた雰囲気が強くなってきた。窓から見える光景も灰色で質素でどことなくドイツと違う。

 

昔、妹とその友達が卒業旅行でドイツに遊びに来てくれたのだが、友達の方はチェコにも足を伸ばした。帰ってきた彼女の感想は、開口一番「チェコは~、金がない!(笑)」駅の老朽化、活気などの点でドイツと明らかに雰囲気が違ったという。

しかし、その陰鬱さがかえって哀愁ある雰囲気を醸し出して心に残ったというだから若いわりに深い見方のできる人だ。

 

そういう事をつらつら考えながら、列車に揺られていると、14:20、早くも電車は目的地のCheb(ヘプ)に到着。初めてのチェコにちょっとドキドキしながら降車。

左の赤い電車がドイツからので、右の青いのがチェコ製。

青い方は首都プラハに行くのね。いいなー。私も次はプラハに行きたい。

おっかなびっくり、地下道を通って上に上がると、ドイツではなかなかお目にかかれない旧共産主義の匂いがプンプンする駅の構内に出た。

どうです、これ。天井の模様といい、床のタイルの色、木のベンチといい古色蒼然とした社会主義的デザイン。タイムスリップしたみたい。

外へ出ると、これまた旧態依然とした駅の入り口。まさに時代の産物を見上げている気持ち。殺風景さがかえって強く心に刻み込まれる。

ドイツの国境からたいして離れていないのにやはり異国に来たという思いを強くする。(続く)

 9月に入って急に寒くなり出した。

 2週間前はまだ暑い日々でプールに行って日焼けしていたのに、今や朝は8℃で朝散歩も震えそう。いつも思うのだが、ドイツって季節の移り変わりが激しい。一日で夏から秋(日本の感覚では初冬と言っていいかもしれない)に移行するこの落差が大きすぎてびっくり。先週と今週で15℃ぐらいの差があるのではないか。

 

そういうわけで、今年も冬の訪れを感じる日々がやってきた。朝晩の冷えもさることながら、どんより曇って太陽の光がささない毎日。鼠色の曇り空をにらみながら、さて今年はどうやって冬を乗り切るか。大丈夫かな今年はと心の中でため息をつく。

 

南を除くヨーロッパの大半の国に住む人が同じことを考えていると思う。

朝は8時でも真っ暗。午後4時半にはもう日が沈んでしまう。暗く寒い冬が長く続き、メンタルをやられる人も少なくない。

私自身も他人事ではなく、毎年あれやこれやと対策を立てあがき、それでも何となく物憂げな気分が続き、気が重くなる季節ではある。

 

しかし、思い出してみると、初めてヨーロッパの暗く寒い冬を経験したアイルランドではまだもの珍しかったせいか、そこまで気にならなかった気がする。

1999年の9月からクリスマスまで語学学校に滞在して英語を習っていたのだが、アイルランドも隣国イギリス同様よく小雨がぱらつき、曇り空が多かった。あの頃を思い出すと、クラスメートと放課後出かけたアイリッシュパブも、週末の学校主催の小旅行も、繁華街のグラフトンストリートも、記憶の中の背景はすべて灰色か、夜の闇に浮かぶ街灯である。そして冷たい風が吹きすさぶ。晴れの日なんて覚えていないよ。

 

私が渡航先をアイルランドに決めたのは、当時エンヤとかコアーズ、クランベリーズなどのアイリッシュポップスが好きだったからというのもあるのだが、住んでみてすぐにこの気候がああいった音楽を生み出したのだと実感した。

クランベリーズのボーカルで、今や亡きと呼ばなくてはならないドロレス・オリオーダンの憂鬱で同時に力強くそびえるような歌声が、もう海風吹きすさぶ灰色の空と切り立った崖と緑の大地そのもので。

 

それはともかくとして、そんな暗く陽が射さない日々でもやっていけたのは、初めての海外長期滞在ですべてがもの珍しく、あっという間に毎日が過ぎていったという事もあるだろう。

スペイン人のクラスメート達と素敵なパブにアイリッシュコーヒーを飲みに行ったり、絶妙なグラデーションが美しいアイリッシュモヘアに心ときめかせ、足しげくお店に通いつめたり、英語の試験が迫るにつれドキドキしたり。

あとは、若くて体力もあったから、悲しい歌、メランコリーな歌に浸る余裕もあったのかもしれない。

 

今やドイツに住んで22年。ヨーロッパに住むもの珍しさは去り、毎年冬の訪れに怯え、好んで聞くのはメランコリーとは程遠いラテンミュージック。心の支えは、コロンビア人の先生が主催するダンス教室。英語ならぬスペイン語をちょびちょびとかじる毎日。

 

自分がこんなに変わるなんて、20数年前のあの頃には想像もつかなかった。今や趣向や好みも正反対である。

さあて、今年の冬はどうなることやら。

時系列では少し前の話になってしまうので今さら感が漂って仕方がないのですが・・・。

8月に家族で数日間旅行に行ってきた。

行先は隣の州、ボーデン湖で湖畔の花の島マイナウ島がメインだったのだが、宿泊したメーアスブルクも本当によかった。

人口約5000人ほどの小さな町だが、いかにもヨーロッパという可愛らしい木組み細工の家々、中世に迷い込んだような石畳の中心地。日本人が好きそうな街だ。

 

ボーデン湖に面したプロメナード(並木道)は気持ちよく、

日本ではあまり有名でないと思うが、ヨーロッパではそこそこ知られているのか観光客も多く、英語やスペイン語、その他色々な言葉が飛びかっていた。

 

時間は限られていたのだが、出発の朝、お天気が良かったので急いで写真を撮りに街を一周。

ヨーロッパでよく目にする看板。それぞれが店の特徴を表している。こちらは薬局の看板。

続いてはレストラン。熊のホテルという名前。宿屋としては数百年の歴史があるとか。

そのお向かいのこちらも有名なホテル。ライオンがモチーフ。

ホテルの一部である出窓。昔はどんな貴婦人がここから下を見下ろしていたのだろう。

この赤いホテルの一角が町で一番絵になるスポット。ネットを見るとたくさんの美しい写真が上がっている。

坂を下りる途中にあったドラゴンがシンボルの中世風のレストラ

ン。ドアにも2匹の黄金ドラゴンが。

麓にある高級ホテル。看板が上の方にあり撮りにくかったが、目を引くかわいらしさで一番気に入った。

街の中にあったワインケラー。酒樽がモチーフ。

この並木道がザ、ヨーロッパと呼びたくなるような絵にかいたような美しさ。日中は何人もの人がベンチに腰掛け、気持ちよさそうに湖からの風にふかれていた。

 

 

 

木組みの家が立ち並ぶ。南ドイツらしい光景。

いかにもヨーロッパといった風情の絵になるレストランの一角。絵葉書になりそう。

メーアスブルクはワインも有名で、所々においしいワインが楽しめるレストランを見かけた。お酒が飲めない自分が残念!

 

本当におとぎ話か絵本の中に迷い込んだように可愛らしい町だった。

しかし・・・天邪鬼の私。あまりにも美しく清潔なものに触れた後は、逆にごちゃごちゃした活気のある雰囲気が懐かしくなってしまった。ドイツ生活が長くなったせいか、美しい街並みも見慣れてしまったという事もあるかもしれない。

 

帰宅して間もなく、近くの都会で通りすがりに、店員も客も全員中国人という麻辣湯(マーラーラン)の食堂を発見。

さっそく一杯注文して、店中チャイナポップスと店員の勢いある中国語が響く中、辛いスープをすすりながら道行くドイツ人を眺める。ドイツに居ながらアジアに浸っているという不思議な感覚。私は一体どこに行きたいんだろう。