ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -15ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

柔道一直線の息子が楽しみにしていた週末の大野将平氏の柔道セミナー。

 

結局土日とも参加できることになり、週末の二日、旦那と3人揃って朝早く起き、眠い目をこすりながら共に家を出た。

車で1時間半ほどで道場のある町に着く。うちの隅の谷とそう変わらない人口の閑静な住宅街にある道場。こんな田舎によく来てくれたなアと不思議に思う。

駐車場にはポツダムやライプツィヒなどの遠方や隣国オーストリアのナンバープレートが並ぶ。さすが柔道のスーパースター。彼のセミナーを受けたいがために多くの人が遠くから足を運ぶのだ。

9時を過ぎ、参加者全員列になって並ぶ。参加者は約150人で若い人を中心に老若男女。多くが黒帯やその手前の茶帯の所持者だ。まだほんの小さい子も何人か混じっているのがかわいらしい。

オリンピック金メダリストの指導が受けられるめったにない機会とあって、ドイツはもちろん、なんとボスニアヘルツェゴビナやフランス、ウクライナのゼッケンをつけている人も見受けられた。おそらくドイツ在住のラッキーな外国人だろう。

 

司会者の男性が簡単にあいさつした後、スピーカーからドンドコドンドコ太鼓のような音が鳴り響き、「プリーズウェルカム、ミスターショーヘイ・オーノ!」の声と共にカーテンがさっと開いて大野将平氏が出てきた。途端に沸き起こる拍手。この人がリオと東京2度のオリンピックで金メダルを獲った選手かあ。

現役時代に比べだいぶ髪が伸びて、いくばくかの風来坊感が漂う。背はそんなに高くないが、上半身ががっしりしていて強そう。厳しい競技生活を離れたせいか心なしかリラックスしたムードに見える。

招待者からドイツらしくビールを送られ喜ぶ大野氏。

その後は短いあいさつの後、さっそく今日のトレーニングに入る。大野さんは英語で説明するのだが、さすがドイツ人。みんな英語がわかるようで通訳は要らず。このへんはドイツ人すごいなあと思う。

 

彼の英語は短くわかりやすい。おまけに技の名前は世界共通で日本語なのだが、日本人の私でも名前を聞いただけでは何のことかわからないナントカ返し~とかナントカ払い腰~などの長い技の名前をさすが柔道家、皆さんうなずいて聞いている。長く柔道を続けている人たちだからこれぐらいは当たり前なのかもしれない。しかし、こんな長い日本語を、と少し感動してしまった。

ウォーミングアップでは倒立や腕立て伏せ、手押し車で体をほぐす。150人が一斉に腕立て伏せをする様子は壮観であった。

お手本の後はペアに分かれて練習。うちの息子は欲がないというか、恥ずかしがり屋というか、大野さんから遠く離れたところでばかり練習している。もっと近くに寄って行って質問とかしたらいいのに、と思っていたら、彼のペアの青帯の男の子が大野さんのところに行って積極的に何事かたずねていた。ナイス青帯くん!

 

2日目の練習では、幸運にも大野さんの目に留まり、何事か短くアドバイスしてもらえる一コマがあった。もちろんスマホカメラにてバッチリ撮影しましたとも!

 

昼食前には記念撮影のコーナーが設けられ、うちの息子も緊張しながら側によって一枚一緒にとらせてもらった。

 

昼食休憩を挟んで、午後の部の開始。

一日目は内また、二日目は立ち技から寝技への解説。鋭い切れ味で練習相手の体がバシーンという音を立てて床にたたきつけられる。世界レベルの技を目にして思わず拍手が起こる。

 

実践で見回りに来た時、ほんの1mの距離で大野氏を見た。私の人生で何の競技にせよオリンピックの金メダリストをこんなまじかで見たの初めて。

お手本で内またをかけられて派手に転んだ男の子が、傍らのお父さんに「パパ、僕オーノに投げられたよ。ちゃんと撮ってくれたッ?」と興奮した面持ちでたずねていた。大野さん、うちの息子も投げてッ。(続く)

ドイツでは1年で最も暗い月と言われる11月に突入して早半月。その名に恥じない(?)暗くて日光の射さない日々が続いておりますです。

 

朝は8時になってもまだ暗く、夕方は4時半には早々と日が沈む。

毎日こんな感じ↓や

こんな感じで陽の光が一筋も差さない日が続く。

 

毎日こんな灰色の天気が続いたんじゃさすがにげんなりするよなあ。

ドイツ以外の欧州でも冬はメンタルの調子を崩す人が多いというし、私自身も冬を迎えるにあたって今年も大丈夫かなと不安になるのは毎年のこと。

 

去年の冬はけっこう気持ちがふさぎ込んだり不安になったりしたのだけど、今年は幸いなことに今のところ何とかなっている。とは言え、好みで言うと、私が好きなのは日照時間の長い春や夏なわけで・・・。(夏はここ数年暑すぎるようになってきたけど)

 

しかし人の好みは様々で、下の娘などは冬が一番好きだという。

週末、午後4時半ごろ二人で散歩に出かけた。あぜ道から遠くに見える街は霧に覆われポツポツと街灯がついている。

この時間でこんなに暗いのかあとため息をつきそうになる私に、

「何で?この暗さがすごくいいじゃないの」と笑顔の娘。「私はダークが好き。霧もいいし、雪が降るとファンタスティック!冬は最高!」いつもは怠け者なのに、大きな笑顔で野原の上でぴょんぴょん飛び跳ねている。

 

まあ霧に包まれた野原や石の建物はいかにもヨーロッパ的で美しいと言えないこともないか。この頬に当たる冷たい空気もメンタルの調子がいい時だと 気持ちが引き締まるようで気持ちがいいかも。

 

散歩の終わりの方で、上の娘のママ友に出会った。小さな息子を連れて遊びに行っていた帰りみたい。

「どう、元気?暗くなるのが早くなったね」

と立ち話していると、この人も冬が好きだという事が判明。

 

「暗がりに家々の灯りが見えるのが本当に美しいと思うわ。空気は澄んでいるし、静寂で落ち着いているしね。冬は私の大好きな季節なの。逆に春や夏は私の好みじゃないのよ」

娘の同盟者がここにもいたとは。

暗闇に浮かび上がる彼女の顔は確かに生き生きとしている。

「じゃあ、あなたはまさに理想の国に住んでいるってわけね」

と言うと、うれしそうに、「そうよ~」とのお返事。

こんな人もいるんだなあ。

 

冬を愛する人は~、の歌の続きは心広き人だったっけか。

私の日本語の生徒マリ男くんも雨模様の天気が好き、日光は苦手と言っていた。冬季鬱病なんて全く縁がないらしい。羨ましいぞな。

私の周りの冬を愛する人たちに共通するのは、どちらかと言うと内向的で、思慮深く心根が優しいというキャラクターかも。

 

次の日は打って変わって、コロンビア人のパトリシア(とその旦那さん)が開催するサルサのワークショップに参加した。

彼女の背の高い息子も来ていて、「あんた、今日はアクサイの相手をしなさい」と有無を言わせずパトリシアに押しつけられた14歳。

可哀そうに。14歳の少年じゃ48歳のオバ(ア)サンと踊りたくないっての。同じ14歳ならうちの娘の方がよっぽどよかったんじゃ。笑い泣き

気の毒に思いながらもずうずうしく1時間彼を独占して踊った。

教室の外は真っ暗だけど、ホールの中はサルサの陽気なリズムで常夏のラテンワールド。次第に汗をかいて笑顔になってくる。

ドイツの冬で助けられるのはやっぱりこれだ。

買い物に行く途中で、里親をしている近所のW夫人に出会った。

いつもの通りベビーカーを押しているのだが、今までの双子用から一人用のものに代わっている。

という事は・・・。

 

「Wさーん、こんにちは。お元気ですか。あれ、今日はサラ一人なんですね。という事は、マーティンは・・・?」

W夫人は、夏休みの間だけと言う約束で、例外的に生後数週間の赤ちゃんを預かったが、次の引き取り先が決まらず、その前から預かっているサラもまだ2歳未満なのに二人の幼児を預かり疲労困憊していたのだ。

 

「まあ、アクサイ、お久しぶり。あなたも元気だった?」

と笑顔で返した後、

「そうなの、マーティンは先週やっと次の引き取り先が決まってお別れしたのよ。子どもが欲しくて授からないご夫婦でとても親切な方たちよ」

と頬を緩めた。

 

それは本当によかった。

マーティンは本当に小さくてあどけなかったが、いつも不安げに泣いていて、抱っこされてようやく眠りについたかとベビーカーに下ろすと、またすぐに泣きだしといった感じで、これはお世話する方も大変だろうなと思ったのだった。

お医者さんの話によると、彼が度々腹痛を訴えて泣くのは、おそらく母親が妊娠中にタバコを吸っていた影響だろうという事だった。

 

「あの子は夜中も2時間おきに起きて泣くし、かと言って昼も寝てくれるわけじゃないし、私もう本当にヘトヘトだったわ」

そんな状態で4か月近くも愛情を持ってお世話したW夫人には全く頭が下がる。自分の子どもではないし、もう一人の里子のサラだって小さいのに。若いお母さんであっても大変だと思うが、W夫人は60の半ばである。

 

今はお世話するのがサラ一人になったこともあり、家のことも出来るようになってだいぶ楽になったそう。

「それでね、サラのことなんだけど、父親も母親も自分が引き取りたいって主張しているの。来週、法廷鑑定人による審査があるのよ」と少し声をひそめて教えてくれた。

その審査とは、鑑定人の立会いの下、父母ともに1時間ずつ個別にサラと遊ばせてみて様子を見、本当に子どもとうまくやって行けるか審査するのだという。

 

「母親の方はね、重労働過ぎてとても自分でサラを育てられないって預けたものの、今ならもう大丈夫だって言っているの。で、父親の方はと言うと、サラの姉2人もいるんだけど、『3人なんて楽勝だよ。3人でお互い遊ぶから余裕、余裕』みたいな感じなんだって」W夫人は頭を振り振り言う。

 

う~ん・・・。

私のような手抜き母がいうのもなんだけど、両親二人で育てていたって3人の子育ては大変だと思うよー。しかもまだみんな小さいなら、着替え食事洗濯お風呂寝かしつけなどの「通常業務」に加えて、わけのわからないことで泣いたりわがままを言ったり、喧嘩したりの仲裁もあるし、私などキーッとなってばかりだった。

自分の親は日本在住で、義理の両親もお年寄りで、家も近くじゃないしサポートは見込めない。

私にとって幸いだったのは、旦那が大変協力的で、泣きついて早めに帰ってきてもらったり、バトンタッチして気分転換したりできたからいいが、そうでなかったらストレスからそれこそ育児放棄に走っていたかもしれない。

 

「あの人はね、妊娠や出産がどんなものかも知らないし、3人の子育てをするのがどういうものかちっともわかっていないのよ」

やや眉をひそめてW夫人は言う。

私もそう思う。

 

ベビーカーに座るサラは、ニット帽からはみ出る金髪の巻き毛が愛くるしく、お人形のよう。自分が母親だったらこんなかわいい子を手放さなければならないとなったら胸が張り裂けそう。

とはいえ、父親母親どちらに引き取られても、うーん、大丈夫なのかというこの様子では、愛情深いW夫人の下にできるだけ長くいられるといいのにとつい思ってしまう。

2度のオリンピックで金メダルに輝いた柔道の大野将平氏がドイツでセミナーをするというので、息子が参加できるようにあちこち動き回っている私。

 

開催元の柔道クラブにメール、電話で問い合わせてみたものの、メールには返事なし、電話には誰も出ないという有様。はっきり言ってドイツではこんな事はよくあることで今さら驚きはしないが、ヤキモキすることには変わりない。連絡先と書いてあるところに連絡して連絡が取れないようでは何のための連絡先なんだ。

まったく、どないなっとるっちゅーねん、この国は。ドイツでもう何十回くり返したであろうセリフをブツブツつぶやく私。

 

旦那や息子は案外のんびりしていて「まあ、どうなるか様子を見ようよ」などどのたまうのが私には気に入らない。

そんな悠長に構えていたらチャンスを逃してしまうで。私は一度食いついたらしつこいのである。

もともとこれは息子の願いであったが、今や私と柔道クラブの根比べみたいになってきた。

 

何日待ってもナシのつぶてなので、しびれを切らした私は目を皿のようにして、ネット検索をしていたところ、この柔道クラブが所属するおおもとのスポーツ施設のHPを発見。そこには連絡先に記載されているのとは別の柔道責任者の電話番号を発見。それッとばかり電話してみたが、こちらも誰も出ず落胆。

 

ホンマにどないなっとるっちゅーんや、この国は。また毒を吐きながら翌日ダメもとでもう一度電話。すると思いがけなく女性が出てきてびっくり。はっきり言って予想していなかったので、しどろもどろになりながら、大野将平氏がおたくの道場でセミナーをおこなう由、ぜひとも息子を参加させたいと説明。

「セミナーですって、そんな話聞いていないわねえ。ちょっとHPをチェックしてみるわ」

悠長なコメント。ややあって、

「うーん、HPには何の情報も出ていないわねえ」

だからこうやって直接連絡しているんですってば。

「あなた、まずはHPの連絡先にメールしてみたら」

だから!それをしてもナシのつぶてだからこうして電話したんですッ。

 

あんな有名選手が来るというのに、メンバーの女性がまったく何も知らされていないのにも呆れたが、ま、この国ではそんなものかもしれない。

このまま収穫なしでは困るので、私は食い下がり、自分は日本人で、ハーフの息子も大野さんが来るというので大変張り切っている。母親として何とか息子の願いをかなえてやりたいとまくし立てた。

それに心を動かされたかどうかはわからないが、女性は、

「悪いけど、私は柔道のキッズ部門担当で、成人のことはわからないのよ。そうだ、あなたもう一度メールして、重要!至急お返事されたしとか書いてごらんなさい。担当者はきっと自分の本業で忙しくてメールをまだ見ていないのよ」

 

仕方なく、私は言われた通りに「最重要!至急お返事乞う!」と大げさな件名を付けて再度柔道クラブにメールをした。

やはり数日間何の音沙汰もなく・・・。

やや熱意がしぼみかけた週末、何気なくメールチェックをしていて迷惑メールの欄でハタと目が留まった。柔道クラブから返信が来ている!

はやる胸を押さえてメールを開くと、

「私達は本日、大野将平氏のセミナーに関する情報、及び申し込みをHPとFacebookにて公開しました」の一文。えー!!!

震えそうな手でHPをクリックすると、出てる出てる。何週間も真っ黒だったHomeの欄に堂々記載されていたのがこちら。

 

申し込みもここを通じて即日可能。私は外出していた息子を携帯で呼び出し、予定を確認。残念ながら土曜日は所属する柔道クラブの団体戦があるが、日曜日の申し込みはしっかりと済ませた。

(画像はお借りしました)

 

いやーよかった。肩の荷が下りたわな。私はうれしくて、近くの街に住む日本人のお友達、トミさんにもメッセージを送った。トミさんの息子、ニコくんも柔道を習っているのだ。

トミさんからはさっそく返信が来て、「いいですね!僕は土曜日出張でいないのですが、ニコは2日間とも参加させます!」と力強いお答え。これは楽しくなりそう。

まずは一件落着。息子の役に立ててよかったな、とホッと胸をなでおろした私。やはりこの国では粘らなくては。

火曜日は、コロンビア人パトリシアのダンス教室の日。先週より大分増えて13人もの参加者がいる。

 

今日も陽気なラテンの音楽がかかる中、笑顔を振りまきながら踊るパトリシア。

以前、知り合いが「ラティーナが一人いると、場の雰囲気がガラッと変わるんですよ」と言っていたが、まさにその通り。踊っているうちに、嬉しくてたまらないというように自然とこぼれる笑み。

パトリシアのこの笑顔を見るだけで申し込んだ甲斐があったってもんだ。

先生が笑っているから申し込みましたというのも、当たり前すぎてレベルの低い話なのだが、ドイツではそれが当たり前でないのが現実。先生といえども笑う人は貴重。自然な笑顔が出来る人はさらに貴重。

 

パトリシアはしなやかに両腕を斜めに上げ、斜めに下ろし、その動きも決まっている。

同じようにやってはみるけど、私がやると、よさこい踊りか、田植えダンスに見えちゃう。って自分で自分にツッコミ入れてどーすんだ。

 

先週から新しくフォークダンスのポルカを練習しているのだが、これがみんな大苦戦!

ジグザグにパートナーを変えながら輪の中を一周するのだが、テンポがずれてなかなかみんなの息が合わない。

なんでうまく行かないのかしら、とパトリシア不思議そうな顔をしているが、生まれながらにラテンのリズムの中で育ってきた彼女と、そうでない私たちの差はおのずと大きいわけで。

しかし、これがいかにも大陸的と思ったのが、みんな一斉に

ケンケンガクガク、口々にこうすればいい、ああすればいいと自己主張を始めたのだ。その激しさたるや、日本人の私はただ圧倒されるのみ。

これが日本だったらどうだろう。黙ってまず自分が間違っていないかチェックし、おとなしく先生に従うのではないだろうか。

 

それでも楽しく終了し、着替えているとき、ペアを組んだ外国人女性に、あなたはどこから来たのとたずねると、

「ロシアよ、モスクワ出身」と答えが返って来た。

「すごい!今期はこのクラス本当にインターナショナルで、私数えたけど、あなたを入れて10か国よ」

私が興奮して言うと、クラスの間はブスっとした口調だったが、「私、そんなたくさんの国籍の人がいるクラスってダイナミックですごくいいと思うわ」ホント、私もそう思う。

 

終わって教室を出たところで、フランス人のマダムが、私をまじまじ見て「まあ、あなたのコート、すごく素敵」と褒めてくれた。これは私のお気に入りのセルビア製。褒められてうれしくなった私は、

「わあ、モードの国フランス人からそんなこと言われるなんて嬉しいわー。日本では、フランス人はおしゃれでセンスがいいという評判なのよ」

と言うとたいへん喜んで、抱き寄せてハグまでしてくれた。これもドイツ人じゃあまりない反応だ。パッと目にはドイツ人と変わりなくても、この人もやっぱりフランスの人なのだ。

 

行く前は体が重く、ややどんよりしていたが、終わって見れば、いい汗をかき、気持ちもスッキリ。色んな人との国際交流も出来たし。こういう場があるから何とか冬のドイツでやっていける。