ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -14ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

17歳の息子は去年までのレアルシューレで数学クラスだったのが災いしてか、クラスに女の子はゼロ!まるで男子修道院のような生活を送っていた。

ところが、9月から通い始めた新しい学校では逆に男子生徒は彼を含めてたったの3人。残りは全員女子のクラスという激しい変化である。

 

レアルシューレではほとんど女の子と言葉を交わしたこともなかった息子だが、新しいクラスで女の子の友達が一人出来たという。ぬわんですって、女子と知り合った。そんな貴重な子を逃がしてはいかん。

気になる私はやいやい息子をたきつけ、先週の週末、その子をクリスマスマーケットに誘い出させることに成功。

旦那も含め、車で隣町の彼女の家まで迎えに行くことになった。

 

どんな子かなー。今のところユスティーナという名前しか知らない。道中楽しみであれこれ想像をふくらましているうちに、彼女の家に近づいてきた。

「あ、あれユスティーナとちゃう」道端にたたずむ女の子を見つけて声を上げる私。と思ったら振り向いたらどう見ても50ぐらいのおばさんでしかも犬を連れている。ハイ、早とちり。

 

さらに近づいていくと、今度は坂の上の方に赤いコートに白い帽子のような女の子の姿が見える。「あ、今度こそユスティーナじゃない」と指さしで声を上げる私。と思ったら近づいていくにつれ、なんとそれは道路に立つ赤い消火栓だったことが判明。最初は50代のオバサン、次は人間でさえない物体と見間違えるなんて。私は齢の割には目がいいと思っていたのだが、考え直さなくては。

キミ、頼むから落ち着いてくれ、とあきれ顔の旦那。私の興奮を理解してくれない。

 

その時角から黒いコートを着た女の子が出てきた。息子が「あ、あれユスティーナだよ」

おお!さっそく車を止め、外に出ていく私達。ドイツ人にしては小柄で長い金髪を黒いリボンで束ねた細い女の子だ。

「私、アクサイよ。よろしくね」と言うと、あ、よろしく。お会いできてうれしいです。と礼儀正しく挨拶してくれた。好印象。

 

彼女、ユスティーナは今までクリスマスマーケットに行ったことがないという。

やだー、そうなの。あなた本当にドイツ人?と冗談を言うと、「いえ、私両親ともにポーランド出身で・・・」と言う。見た目はドイツ人と変わらないが、何となく親しみやすいというか可憐な感じがするのはそのためかもしれない。

 

二人を後部座席に乗せてさっそく出発。

私は口下手な息子が果たして異性とまともに言葉を交わせるのか、気になってチラチラ様子をうかがっていた。

なんせ彼は私の知る限りいつも寡黙で、必要最低限の言葉しか発しない人間なのだ。

 

ところが息子は車の後部座席でぺらぺらとユスティーナと話に興じている。しかも軽口まで叩いてユスティーナはくすくす笑っているではないか。

私は信じられないものを見聞きしている気分で旦那にこっそり耳打ち。

「あの子、ちゃんとしゃべれるやんか。私が話しかけると、いつも、ああ、とかウン、とか最小限の言葉遣いで、この子まともにしゃべれるんかなって疑っていたのに。騙されたわ」

母親と違い、かわいい女の子の前では息子の言語能力のスイッチも俄然アクティベートされるってことか。

私達に送らせたが、クリスマスマーケットではきっちり別行動を要求してきた息子。ま、そりゃそうだろう。

遠ざかっていく二人の姿を見ると、距離からしてただのお友達で彼女ではないらしい。残念。

こんな感じのいい子が息子の初めてのガールフレンドになってくれたらいいなあと心の中で願う。

帰宅してから、あんた、どうやった。楽しかった?ユスティーナも気に入ってくれたか。とたずねたところ、まあ、そうじゃないとそっけない返事が返って来た。でも楽しかったことは間違いないみたい。

じゃあまた遊びに出かけたら?今度は映画とかとさっそく次の提案をして息子にうるさがられる、この上もなくおせっかいなオバサン、私。

夕暮れの街で角のカフェを通り過ぎた時、ウィンドー越しに日本語を勉強している若い女の子が見えた。大学生らしい雰囲気でとても愛らしく知的な顔つきをしている。一心に漢字のプリントに取り組んでいる彼女を見ながら、日本語も本当にポピュラーになったなあとしみじみ。

 

私がドイツに来た2002年頃と比べると隔世の感がある。

あの頃は、韓国のK-popも中国の経済成長も始まってはおらず、日本は一部のアニメ好きなど変わったタイプの人(なぜか男性率多し)が大半だった。

 

日本に興味があって日本語を勉強しているといった人も、やはり風変りなタイプというか、線が細くて、内向的で早い話オタクっぽい人がほとんどだった気がする。

そういう人を見るにつけ心の中でこっそりため息をつく私。

いや、別にどんなタイプの人であろうと日本に興味を持ってくれているのは感謝すべきなのだろうが、何かなあ・・・。まことに勝手ながらこちらの好みではないというか、進んで仲良くなりたいタイプの人ではなくて・・・。普通のかっこいい若者が日本に興味を持ってくれたっていいじゃんと心の内でよく思ったものである。

 

時は流れ、2024年。

SNSの普及や円安などもあって、周りのドイツ人でも日本へ行ったことがある人は大幅に増え、アニメが大好きな若い世代で日本語を習いたいというのもよく聞くようになった。

 

子ども達が小さい頃、時々ベビーシッターをしてくれた高校生のアンディくんも10代の半ばで2度も短期留学し、今では日常生活で全く問題ないほど流暢な日本語を話す。

彼も言っていた。

「オレが留学した語学学校でも半分がオタクかNerdだったよなあ、そう言えば(笑)」

オタク率は相変わらず高いのか。

それでもアンディも日本語生徒のマリ男くんも普通の感じのいい若者だし、やはり一頃に比べると顔ぶれが変わったなという気はする。

 

優しいドイツ人美容師のカタリーナのサロンで髪を切ってもらっている最中、やはりオタクの話題で盛り上がる。

 

ドイツ人の彼女の口から「オタク」という言葉が発せられるたびについ笑ってしまう。もっともカタリーナに言わせると、オタクは、カワイイ、バカ、等と並んで日本アニメに興味のある人ならだれでも知っているインターナショナル語であるらしい。

 

ドイツにも日本の漫画やアニメオタクが沢山いるのだが、こんな隅の谷でもそれは例外でないようで、

「この間サロンに来てくれた若い女の子も筋金入りのオタクで、趣味はコスプレ、来週は〇〇町にあるコスプレイベントに参加するって張り切ってたわ」
と教えてくれた。

 

「カタリーナも日本大好きだけど、あなたはオタクじゃないわよね」

と聞くと、

「私はそこまでクレイジーじゃないけど、日本のゲームにはかなりハマっているし、アニメも、日本旅行も大好きだし、ま、パートタイムのオタクってところね」

と笑った。

 

パートタイムオタクか。そう、それぐらいがちょうど付き合いやすくていいわ。

何しろ私は日本人でありながら、ゲームにもコスプレにも最近のアニメにもとんと興味が持てないので、日本オタクのドイツ人に「キミは日本人として失格だね」と烙印を押されてしまうこと間違いなし。

 

日本は決してゲーム、アニメ、コスプレだけの世界ではないんだがな。かと言って、私、茶道、華道、武道などの道の付くものにも縁がないし。

結局今まで気が合った外国人って、向こうが日本にさして興味がなくても、感性が似ているというか、人として波長が合う人が多かったと思う。

 

それにしても「オタク」って言葉を聞く度、つい笑いが出るのはどーしてなんでしょー。あ、また笑いがッ。笑い泣き爆  笑笑

 

私達が借りているこの家の大家さんから突然連絡があった。諸事情でこの家を売りたいという。

ついては私たちに購入の意思があるかどうか確かめにきたのだが、私と同じ年齢かつ満身創痍のこの家に似つかわしくない高額を提示されたため、あっさり却下。どのみち5年以内にはここを出てもう少し都会に移る計画だったし、ここに根付く予定は無い。

大家さんは、それでは他に買い手を探すよと言った。

仮に新しい買い手がここに住むことを望んだ場合、私たちは9か月以内には立ち退かなくてはならない。

 

引っ越しかあ。いつかはと思っていたが、いざその時が近づいてくると感慨深い気持ちになる。

ここに引っ越してきたのは12年前のちょうど今頃。あんな事、こんな事があったなあと思い返してみた。

 

最初来た時は、日本人の一人もいないところでやって行けるのか不安があった。

ここは環境自体は悪くなく、幼稚園も小学校も徒歩5分圏内にあり、公園や森も近くにあったので、子育てには適していたと思う。

コロナの時は、都会の子どもが住宅に閉じ込められフラストレーションがたまる中、毎日外で遊ぶことが出来てパンデミックのネガティブな影響をほとんど受けなかったのは本当に助かった。

ただ、最初から今に至るまで慣れることが出来ないのが、この地方の距離のある人間関係。

私なりに努力し、近づこうとし、寄って行ったつもりだが、この町のドイツ人で友人と呼べる人が・・・思い浮かばない。

 

バスの中で、下の娘のママ友に偶然会った。

並んで腰を下ろし、あなた元気、子ども達はどうしている?時間のたつのって早いよねなどと当り障りのない話に終始する。

この人とも、子どもたち同士が幼稚園からずっと仲良しだった割に浅い関係にとどまって一度もお茶をしたり出かけたりしなかったな。

 

その他の大半のママ友とも同じだった。個人主義というのか、引っ込み思案というのか、自分の周りの気の合う人とだけつきあって、その他の人とはほとんど交流なし。新入りが来ようと外国人がやってこようとお構いなし。

 

私が何がイヤかって、この「あなたはあなた、自分の面倒は自分で見てね」のほったらかしメンタリティ。

別におんぶに抱っこで面倒を見てくださいなどという気は毛頭ない。でももうちょっと歩み寄って行き来したり、声をかけてくれたりしてもいいのにと何度思ったことか。

タイや中国などアジア人のご近所さんとはすぐに親しくなって行き来するようになったけど、向こうから声をかけてきてくれたドイツ人なんてこの12年で5本の指に入るのではないか。

それならこっちから招待すれば、と思っても話していてどうも感性が合わない。お互いに関心を持てないから歩み寄りようがないのだ。

 

ずっと引越ししたいと思いながらも、メンタルの不調で、引っ越しどころか外出もままならない日が続き、一生をここで終えるのではないかと暗澹たる気分になったことも一度や二度でない。

だんだん元気になって、動ける範囲も格段に増えてきた今、引っ越しの話が持ち上がったのも潮時なのかも。

 

不動産屋から連絡があり、買いたいと言っている人が週末に下見に来ることになった。

物忘れの激しい旦那は曜日を忘れて再び電話。

「あのー、下見は木曜日でしたっけ、金曜日でしたっけ」

不動産屋「それが、あの話はキャンセルになりました。一晩寝て考えた結果、購入しないことにしたそうです」

 

なーんだ。やっぱりあと5年はここに足止めか。ホッとしたような残念なような。

 

コロンビア人のパトリシアとその旦那さんが開催するサルサのワークショップ第二週目。

 

先週は彼らの息子14歳のジェロくんがパートナーを務めてくれたが、今週は残念ながら風邪でお休み。

今日はどんなオジサマがお相手をしてくれるのかしらとワクワクする、わけはもちろんなく、あー、どうか変な人に当たりませんようにとこわごわ周りを見回す私。ドイツのサルサクラスではやたらと変な人が多くて・・・。

 

私の悪い予感はすぐ当り、果たして一人目は赤ら顔の大男。185cmは優に超えている。

デニムシャツから金髪の胸毛をのぞかせているのもどうかと思うが、やたらと動作が大きく、それがラテンのノリだと勘違いしているフシあり。

曲の最初からぶんぶん振り回されるようにハードな動きで、そのくせリズムからずれている。本人はノっているつもりで完全に自分の世界に陶酔しているので見ている方が恥ずかしくなってきちゃう。

幸いパトリシアがやって来て「あらダメよ。最初は緩やかな動きで、段々盛り上がって来たら激しくしていくの」と修正してくれたが、やっと曲が終わった時はホッとした。

 

お次はどう見ても70は超えている白髪のおじいさん。歩行が困難なのか足を引きずり気味だがそれでもサルサのコースに申し込んだのはエライ。人間何歳になっても楽しまなくっちゃ。

が、おじいさんも超初心者で習ったばかりのターンだけをひたすら繰り返すのでもう目が回りそう。しかも力を込めて背中を押されるので、なんだか武術の稽古の相手をさせられているみたい。

 

今まで踊った初心者のおじさん達に共通するのは、自分のことだけに集中で、パートナーを優しく扱うという概念がまるでないこと。そのくせなぜか自信満々なのだから首をひねってしまう。

 

げんなりしている私に「いや~オレたちゃ、今日よくやったな。わっはっは」と勝手に都合よく解釈し、ちょっと待ってよオジサン、私が頑張ってあげたんでしょ、と心の中でツッコミを入れること多数。一人として「ごめんね、僕まだあまり上手じゃなくてー」などという人はナシ!本当に今までゼロである。あまりにも初心者だと自分が下手なのにも気づかないという悲劇。

 

今回参加者の中で一番息があったのは、同じくソロで来ていた同い年ぐらいのドイツ人女性である。

彼女は昔社交ダンスを習ったことがあるので、サルサは全くの初心者なのにリズムも動きもサマになっている。

オジサマたちよりよっぽどスムーズにステップを踏む私たちに、パトリシアが「あなた達二人が一番うまいわ。その調子よ」とこっそり。そして、

「サルサはパートナーが大事だもんね」

まさにその通りであります。

 

それがこの上もなくはっきり表れたのがパトリシアの旦那さんと踊った時。

見た感じはあまりラティーノらしくない物静かな人で、奥さんのパトリシアのノリに比べると控えめな印象。

ところがさすがはコロンビア人。踊り始めるとゲルマン人のおじさん達と全然違う!物柔らかで全然力を込めていないのにリードが上手い。そう言えばパトリシアのご高齢のお父さんと踊った時もこんな感じだった。何と言うか、大切に扱われているという感じがする。

 

私は何もする必要なし。ただ流れに身を任せておけばいいので本当に楽ちんだ。おまけに始終にこやかに笑っている。ダンスの最中も真剣な顔をしているゲルマン人が相手だとどうも委縮しちゃうんだよなあ。

そうよ、これがダンスの醍醐味というものだ。ダンスはこうでなくちゃ。今までのオジサン達とのモヤモヤが一気に吹き飛び、自分の中で火がついてきたのがわかる。しかしボルテージが上がってきたところで曲は終わり。あー、残念。もっと踊っていたかった。

先週は息子のジェロくん、今週は旦那さん、夏のパーティーではお父さんとも踊ったし、これにてパトリシア家の男性陣全員制覇である。

 

次回は「コロンビアのサルサワークショップ、女性は誰でもウェルカム。男性はラテン民族のみ申し込み可」とかしてくれないかしら。などと酷いことを考えながら、あーそうだったらどんなに楽しいだろうと本音を隠せない私。

ドイツの道場にも、「柔道の父」加納治五郎の写真が飾られている。

旦那が主催者の人と話して分かったのだが、大野氏が今回ドイツのこの小さな町に来てくれたのは、この道場出身の北京オリンピックで金メダルを獲った選手がいて、彼のコネというかツテを通してのことだったらしい。そうでもなければ到底無理だったと。そんな貴重な機会に車で来られる距離に住んでいて本当にラッキーだった。

2日とも最後は午前の部と同じ、30分の乱取りで締めくくり。みんな息を切らしている。柔道って本当に激しいスポーツだ。

充実した内容の二日が終わった。トレーニングの後、即席のサイン会も行われ、柔道着にサインしてもらおうと列に並ぶ息子。

あんた、ありがとうございましたぐらい日本語で言ってみたらどう、とたきつけるも照れ屋の息子は無表情のまま進み出ておとなしく柔道着にサインをしてもらい引き下がった。でも写真はバッチリ撮ったわ。

きみ、日本人なんだからオーノに話しかけてみなよ、旦那にたきつけられ、遠慮していたものの、年のせいかずうずうしくなった私。サイン会が終わったのを見計らってご挨拶させてもらった。

 

「あ、あの大野さん。どうもありがとうございました、今日は」

いきなり真横から日本語で話しかけられて怪訝な顔をする大野氏。

「あの、その、今日はうちの息子がお世話になりまして・・・。これからも頑張ってください」

と矢継ぎ早に続けると、ああ、という顔で、

「いやー、実は明日TV局が取材に来るらしいんです。彼に通訳してもらおうと思って」と気さくな感じで話してくれた。

 

ん・彼に訳してもらおうと思って?何のことかと周りを見回すと近くにハーフっぽい顔つきの男の子が。

聞くと日独ハーフの男の子で、はるばるベルリンから来たという。日本語のすごく上手な礼儀正しい子だった。大野さんはきっと私があの男の子の母親だと勘違いしたのだろう。

 

その子は本当に通訳を務めたようで、地元テレビのニュースで短く放映されていた。さらに大野さんの翌日インスタグラムのストーリーには、その男の子と撮った写真がアップされていた。

なんでも彼はYouTubeで大野さんの試合を見て柔道を始めたのだという。将来はドイツ代表としてオリンピックに出ます!という頼もしい子で、大野さんも「また一緒に練習しよう」と結んでいた。

 

いいなー。うちの息子もあれぐらい積極的に行ってくれたら。と羨ましく思いながらも、まあうちの子も柔道を通して本当に成長してくれたと思い直す。

小さい頃は、やんちゃで先生からお小言を頂戴していたのに、今ではどこへ行っても落ち着いていると言われるし、他のことはダメだが柔道に関してはストイックに頑張っている。

 

柔道のためなら夜も早く寝、体を絞るため、苦手だった野菜も食べるようになり、周りの子がお酒を飲んでいても相手にせずと、とにかく柔道が生活の中心である。

若いうちに一生を通じて続けられる趣味を見つけられた彼は幸せ者だ。柔道様様である。

 

しかし若い息子はいいが、旦那と私の体力の衰えは如実なものがある。

翌日元気に学校へ行った彼と裏腹に老夫婦は2日間の疲れがどっと出て共にヘロヘロ。若い柔道家を支えるのも楽じゃないと実感したのだった。