ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -13ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

年明け早々ちょっとややこしいことになっている我が家。

 

去年の年末に大家さんが今住んでいるこの家を売り出すことを決意し、興味を持った人達が不動産屋を通じて連絡してきた。

 

築48年満身創痍のこの家をこの値段で購入したい人はまずいるまいと旦那は踏んでいた。実際最初の二人は見学の一日前にキャンセル。先週来たギリシャ人のカップルは「もっといい状態の家だと思っていた」と首を振り振り、不動産屋の値引き交渉にもかかわらず断って来た。

 

ホッと胸をなでおろしたのもつかの間、またまた別の二組が見学に来ることになった。

しかも一人目の家族は投資目的だが、二人目は若いファミリーでここに住む気満々であるという。そうなったら私たちはここを出て行かなければならない。

 

新しい住まいかあ。試しにネットで探してみたが、5人家族、最低4部屋となるとヒットする物件は本当に少なくて・・・。それに引っ越しに伴う費用やゴタゴタ、新しい土地で一から人間関係を築く苦労を考えれば、やはりあと数年はこの家に住むのがベストだという結論になる。

 

不動産屋の話によると、若いファミリーの方は、まだ家を見てもいないのに絶対購入すると言っている。

旦那が昨日家を出たところ、見知らぬ老婦人に「あなたこの家の持ち主ですか」と話しかけられた。彼女は「私の息子家族が住むところを探していて」とあれやこれやとこの家のことを訪ねたという。おそらく遠方に住んでいる息子に頼まれて下見に来たというところだろう。危機感をおぼえた旦那はことさらこの家の欠点を強調したという。

 

「俺たちが住んでいるのに、そんなことは一切無視してねじ込んでくるなんて。自分のことしか考えていないエゴイストでイヤになるよ。よし、いざとなったら法廷で争うぞ。うちはまだ義務教育期の子どもが二人いるんだ。借地借家法もあるしな」

と旦那は意気込むが、裁判とか争うとか頭の痛い話である。

 

とりあえず何が何でも投資目的の人にこの家を買ってもらうよう仕向けよう。さいわい不動産屋さんはこちらの味方だ。その家族に連絡して若いファミリーより一足先に見学に来るようアレンジしてもらった。

大家が変わったら賃貸料値上がりは免れないが、うちの場合180ユーロが上限なのだが、それを200ユーロでもいい、プラス、今の大家が長年放置してきた窓の修理代は折版でもいいという好条件で彼らを吊り上げようと画策する私達。

そうしたら、今度はそれを聞きつけた不動産屋の娘までが興味を持って名乗りを上げてくる始末。なんと3組が内見に来ることになった。

 

関係のない所でストレスが溜まるのが、自分のドイツ語のなさ。私は普段のドイツ語は問題ないが、不動産に関する専門用語、及び法律については全くの子どもレベルであることが判明した。日本語で書いていても借地借家法とか聞いたこともないような言葉なのである。ドイツ語なら推して知るべし。旦那と不動産屋の会話がちんぷんかんぷんなのである。

当然交渉すべては旦那にやってもらうことになり、私は彼の後ろでおとなしくすることしかできない。旦那はお構いなしでいろいろ相談してきたり、自分のプランを披露してきたりするが、ふんふんと相槌を打つ妻が実は半分ぐらいしかわかっていない知ったらどんな顔をするだろう。家の売買という重大な局面で、子どもになった気がしてあーあ、自分がイヤになるワ。

 

取りあえずまた家の掃除をしなくちゃ。

最近見学者が立て続いて、掃除嫌いの私がこまめに掃除をするようになった。おかげで家がきれいになったのだが、それだけが救いと言えば救いか。

数日前、学校から帰ってきた息子が旦那に、

「そう言えばさ、土曜日にユスティーナの家で一緒にテスト勉強をすることになったんだ」と言っている。

 

なに?とたんに耳がダンボになる私。

ユスティーナはこの間クリスマスマーケットに行ったクラスメートの女の子。息子のガールフレンドになってくれないかなと私が心ひそかに(というか大っぴらに)願っている子である。

 

「へえ、二人で一緒にお勉強するわけ。何の科目?」出来るだけ好奇心をあらわにしないよう努めて平静な口調でたずねる。

「ユスティーナはドイツ語が得意だから僕に教えてくれることになっている。逆に彼女は数学が苦手だから僕が手伝ってあげるんだ」

と息子。

 

ドイツ語はいいとして、アンタの数学も人様に教えられるような成績かいなとツッコみたくなるのだが・・・。

「どうせだったら家に来てもらえば。パパがいるから数学でわからなかったらすぐ聞けるじゃないの」

と彼女に会いたい私は提案したが、もう決まっているのだという。

 

私の息子は実直で根はやさしい子だが、ファッションというものにまるで興味がなく、ズボンに穴が開いていようがTシャツがよれよれだろうが一向にお構いなしの様子である。

おまけに成長期の男子が持つホルモンというか、部屋に入るとムッと鼻を突くにおいがある。

こんなのが若い女の子の家に行って側に寄ったら、一気に好感度が下がるんじゃ・・・。

 

勝手に香水を買ってきて頭から振りかけようかとも思ったが、うるさがられること間違いなし。

この奥手の息子をユスティーナの家に送り込んで、いい印象を持ってもらうためにはどうするのがよかろう。

 

出来ることなら、青少年エステに送り込んで、頭のてっぺんから足の先まで磨き上げてもらいたいところだが、この田舎にそんなものがあるはずもなく、うーんと唸る。

とにかく清潔感だけはあるように、口を酸っぱくして

言おう。

 

だんなに「ねえ、もう本当のところ、エステにでもぶち込んで磨いて欲しいわぁ」と言うと、

「仕上げにスーツを着せてもらってだろ」と笑う。

そこでハッと閃いた私。

いや、スーツじゃない。あいつが一番カッコよく見えるのはあれだ、あれ柔道着。そうだ、これしかない。

 

息子は小さい時からずっと柔道をやっているが、髪や目が黒く、日本人と全く変わらない顔なので、柔道着を着ていても違和感がない。

こちらの道場で、茶髪や金髪の子ども達と比べると、(やっぱりうちの子が一番柔道着が似合っているワ)とわけの分からない優越感にひたる卑小な母親。

 

こちらの子に比べると身長も低く、オシャレのオの字もない息子だが、好きな柔道に打ち込んでいるときは、熱中しているのでりりしく見える。

 

よし、決まった。あんたが一番よく見えるのは白い柔道着を着ているとき。将来女の子とデートの時も、オシャレなレストランに行くときも堂々と柔道着を着て臨め!

と変なアドバイスをして笑ったのが1年前だったっけ。

 

それが気がついたら本当に女の子の家に行く年齢になっていた。

本当に早いなあ。

私のアドバイス(?)が効いたのか朝からシャワーを浴び始める息子。さすがに柔道着は着ないが、昨日までとは別の服を着ている。さて今日はどうなるかなー。

前回のブログを書いた後、家にある佐藤愛子さんの著作を引っ張り出し、久しぶりに読み返してみた。

何度読んでもやはり面白い。冬のドイツで落ち込んだ時、幾度この胸のすくユーモアに救われたことだろう。

 

直木賞を受賞した「戦いすんで日が暮れて」の続編、文庫版に収録されている「ひとりぼっちの女史」という短編があるのだが、この中に、私の愛子センセイ史上最大の抱腹絶倒箇所がある。

 

主人公の物書き高山女史が、夫のこさえた借金返済に翻弄される日々が描かれているのだが、さすが愛子センセイ自身がモデルとあって、姑息な借金取りにも勢いよく罵倒が浴びせられる。

 

「岩国さん、あなたは金のために人間が変わってしまう男だったの。そんな自分を恥ずかしいとおもわないの。下司下郎!ドン百姓!ガニマタ!」

そして極めつけは・・・。

さらに女史は叫んだ。

「フクロの中にタマ入ってる?モミガラか何か入ってるんじゃない?よく調べてごらん!タマなし男!」

引用ー佐藤愛子「戦いすんで日が暮れて」

 

 

 

何度読んでもここで吹き出してしまう。初めて読んだ時はお腹の皮がよじれるぐらい笑った。モミガラって・・・。

今日はバスの中でこの個所を呼んだのが間違いだった。ヒーヒー、息継ぎができない。だめだ、もうダメだ・・・。可笑しすぎる。

 

横を向いて何とか必死に笑いをこらえる私。

幸い年明けでバスの中はガラガラ。近くには誰もいなかったけど、周りに人がいたら怪訝な顔をされたこと間違いなし。

 

年始は愛子センセイの本で大いに笑わせてもらった。こういう時に残念なのが、このおかしさを共有できる人が家族にいないこと。

私がくすくす笑っていると、娘にはママ、うるさいと言われるし、旦那も息子も日本語が読めないからこの可笑しさは伝わるまい。

おまけにこんな日本語をどうやって訳せばいいのか。モミガラって何ていうんだよッ。

 

芋づる式に、娘たちが小さい時一緒にYouTubeで見たスケバン刑事の同時通訳に四苦八苦したことも思い出された。

 

二代目麻宮サキの南野陽子バージョンなのだが、毎回のキメ台詞

「鉄仮面に顔を奪われ、十と七とせ、生まれの明かしさえ立たんこのあてぇが何の因果かマッポの手先。(中略)二代目スケバン刑事、麻宮サキ!」を訳すのに大苦労。

 

えーと、えと、えと。十と七とせって17ってこと!?ばあさんじゃないんだから、最初っから17歳って言ってくれよ!

インガ?因果はドイツ語で何?カルマ?マッポは確か警察のことだったっけ?スケバンってつまりはどういう意味なのー?!。私は80年代のヤンキー言葉はわからないのよッ。

十と七とせに始まり因果からマッポにスケバン、古文調なのかガラが悪いんだかよくわからないツッコミどころ満載の言葉使い。同時通訳は当然つっかえつっかえとなり、焦りまくる私。

 

やけくそになり、決めシーンで毎回出てくるヨーヨーの桜の代紋は、そもそも桜だけでKirschblüteと長い上、代紋を調べるのも面倒くさくなって「はい、これは桜のダイモーン」と原語のまま押し通した。

おかげで娘たちも「サクラノダイモン」なる言葉をおぼえ、以後はワルたちが「さ、桜の代紋・・・」と腰が抜けて慌てふためくシーンは、通訳要らず。が、覚えたところでどー考えても日常生活でなんの役にも立たんやろーこの単語!

 

思い出して一人笑うも、ドイツでこのおかしさを共有することは出来ず、こうしてブログの読者様に披露している次第。

 

 

 

明けましておめでとうございます。門松鏡餅おせち絵馬

 

元旦の朝はノロノロ起き出し、ボーっとした頭でつらつらYouTubeを見ていると、どこをどう行き当たったか、

【40歳若く見える】老化が加速する3つの食べ物とは?91歳で50代に見えるバーバラ・テイラー・ブラッドフォードが語る食事術

なるサイトがおすすめに上がってきた。

衝撃的なタイトルに興味をそそられ見てみると、イギリス人の著名な作家であるらしい、いかにもお金持ちそうな高齢の女性が自分の若さと健康の秘訣を語っている。

 

 

年齢はただの数字、81歳の時も「私は49歳の気分」と目を輝かせながら語りました。バーバラは常に新しいことに興味を持ち、新しいことに挑戦し続けています。などなどナレーションが語る。

 

健康と若さを保つために彼女が避けている食べ物は、砂糖。塩分。炭水化物となっている。うーん、新年だし、子ども達も大好きなぜんざいを作ろうと思っていたけど、やっぱりやめた方がいいかしら。チラッと小豆の袋に目をやる私。

 

よく年齢は数字に過ぎない、と言い、ああ、そうなのね、やっぱり私も自分を磨かなくっちゃと一瞬思うものの、やはり体力の衰えは如実に感じるし、しわやシミも増えるわ体型は崩れるわで年齢による衰えというのはあるに決まっているわというのが正直なところ。

この人のようにエネルギーがみなぎっているのは、知力、体力、財力のすべてが揃っていなくちゃ。それに年を取っていくのに、いつまでも元気ではつらつと、できれば美しくファッショナブルで、というのを求められるのも何だか疲れるなあと思ったり。周りでも元気でエネルギッシュな人もそれなりの数いて、みんなで元気に輝きましょう!みたいなポジティブなエネルギーを振りまかれると、ケッ、そんなにいつも元気じゃいられねーよ などと僻みやの私はひそかに思ってしまう。

 

それで思い出した。90歳、有名作家と言えば、日本にもいたいた。

私の大好きな作家の佐藤愛子さん。

確か数年前には90歳を超えていらしたわ、どうしてはるのかしらと検索してみたところ、なんと愛子センセイは100歳を超えていた!

いきなり「容姿の衰えをくよくよするなど軟弱者!」佐藤愛子100歳の"オシャレ道"、という威勢のよい言葉が目に飛び込みワハハハハと大笑い。初笑いが軟弱者!って。(笑)

 

ちなみに私の住んでいる隅の谷でも90歳を迎えると、市長さんが家に来てお祝いというのが慣例になっていてタウン誌に写真付きで載る。周りもお祝いムード一色なのだが、愛子センセイはベストセラーになった本のタイトルからして「九十歳。何がめでたい」本音でズバズバが素晴らしい。

 

草笛光子主演で映画化もされていたのね。この予告編がまた可笑しくておかしくて。

「先生、人生で最も大切なことを一言でお願いいたします!」と記者に囲まれ発した一言が「知らん!」あー、日本にいたら久しぶりに映画館で見てみたい一作だった。

 

ネット記事の中で、自分でもなんで死なないんだろうと思います。死ぬのもいやでないですしね。100まで来たらね、もういいよって感じ(笑)。とおっしゃっている。

 何だか、だらーっとした感じに包まれていますね、100歳というのは。だらーっとって、そうね、つまり、もうありのままでいいっていう気持ちね。

 

その淡々とした物言いが、死の恐怖におびえるでもなし、ましてや"キラキラした老人"とは程遠く、ああ本当の所はこんなものかなあ、私もこれぐらいでありたいなあと愛子センセの半分しか生きていない若輩者は思う。年明けからたいしたテーマですな。

 

と一通り納得したところで、やはりぜんざいを作ることにし、たっぷりの小豆に餅もじゃんじゃん入れ、子ども達より早く箸を付けた私。あっちからこっちへ振り子のように揺れる元旦の一日。

これを書いている時点でドイツは夜の21時過ぎ。あと数時間後には新年を迎える。

 

年に一度だけ花火の打ち上げが許されている大晦日とあって日付が変わる12時を待てず、数時間前から待ちきれない人たちがそこら中でドンパチやっている。中にはピストルをぶっ放したのではないかと思うほど耳をつんざくような音もあり、ギョッとさせられる。

お向かいの犬を飼っているお宅は、毎年ワンちゃんが花火を怖がって苦しむのが見るに堪えられないと言っていたが、今年はどうやらよそで年越しを迎えることにした模様。もっともドイツは(ほかのヨーロッパでもおそらく同じ)どこへ行っても今日はドンパチなので静かに年の瀬が迎えられるといいのだけど。

 

だいたいドイツのクリスマスと大晦日は日本と逆で、クリスマスは家族と祝い、大晦日は友達とパーティーなどをして祝うというのが一般的だけど、うちの家は今年もどこへも行かず家で迎える大晦日。

おせち料理はそもそも作ろうとも思わなかったし、交友範囲が極端に狭いので、一緒にパーティーをするような人達もおらず。

夕食後は一人日本から持ち帰った梅酒をちびちびやりながら、どうにかならないものかこの地味な年越しと毎年思うのだが、毎年同じように更けていく。

 

そう言えば、去年夏休みに旅行したクロアチアで、やはりドイツから来ていたファミリーのお父さんがやたらとフレンドリーというか話好きで、「おう、あんた達もオレの別荘に来いよ。みんなでビールでも飲もうじゃないか」と誘ってくれたのだが、ともに非社交的な旦那と私はとっさに目を見合わせ首を振った。

 

あれだって、社交的な人なら気軽にお邪魔して楽しい時間を過ごすことが出来たのだろうが、慣れるのに時間がかかる私には到底無理。

一対一で深い話をするのは好きなのだけど、好き嫌いも激しいし、いろんな人がいるパーティーはきっと気疲れしてしまう。表面的な世間話も苦手だし。

 

そういう訳で、社交的で友達が多く、パーティーが好きな人にはある意味すごく憧れがあって、羨ましいと思ってしまう。しかし、しょせん自分でない者になることは出来ず、来年はどうやって折り合いをつけていくかなこの性格、とまたぞろ結論の出ないテーマをああでもないこうでもないと考えあぐねる年の瀬。

 

とはいえ、今年も家族そろって健康だったし、日本にも9年ぶりに帰ることが出来たし、生活に困窮しているわけでもないし、と上を見ればキリがないけど、またよそを見れば恵まれすぎるほど恵まれていると言わざるを得ないのに。

何よりもメンタルが落ち着いてきて、大きな不安なしに行きたいところに行き、やりたいことが出来るようになりつつあるのは本当にうれしい。来年もこの調子で進んでいけば、おのずと交友範囲も広がり新しい景色が見えてくるのではないかと期待している。

 

今年も超マイペースで、書きたいときにだけ書くというスタンスのブログだったにもかかわらず、温かいコメントやいいねを下さった方、本当にありがとうございました。

どうぞよいお年をお迎えください。門松