下の娘が部屋に入ってきて、
「ママ、とっておきのブラックユーモア聞きたい?」
と笑いをかみ殺しながら言う。
私はなんだか悪い予感がしたが、イヤと言ってもどうせ聞かされるのだから、しぶしぶ、ハイと言った。
「マイクは、地雷がたくさん埋められた地域に足を踏み入れた後、どちらの方角へ行ったでしょう」
と言うのが問い。答えは
「Alle Richtungen. (全方向)」
と言うものだ。つまり地雷で爆発して吹っ飛んじゃったから。
私はなんて残酷なユーモアかと顔をしかめたのだが、娘はおかしくてたまらないというようにクックッと笑っている。
これを見ていて、デジャヴというか似たような光景が頭の中によみがえった。
それは約25年ほど前、私がドイツに来るさらに以前、数か月滞在していたイギリスの語学学校でのこと。
その学校はなぜか日本人とドイツ語圏の生徒に非常に人気があり、スイス人やドイツ人の生徒がたくさんいた。
ある日、授業で各国のユーモアを披露しましょうということになり、素朴な感じのスイス人の女の子がこんな話を披露してくれた。もちろん英語で。ちなみに私はその当時ドイツ語のドの字も出来なかった。
「ある男が、新しいアパートを探していて、物件を見学しに行きました。部屋を見て回っているとき、ふかふかの絨毯に小さな突起があるのを足で感じましたが、あまり気にせず踏んで平らにしておきました。
見学が終わった後、大家さんと話し合い、部屋はとても気に入ったと告げました。大家さんも喜び、『それはよかった。ところであなた、私の小さなペットのネズミちゃんを見ませんでしたかな。さっきから姿が見えないんですが』」
ここで彼女は大爆笑。ついでに他のドイツ語圏の生徒たちも大笑い。対して私達日本から来た生徒は全員、まあなんてひどい、と眉をひそめたのだった。そのコントラストがいまだに強く印象に残っている。
つまり見学に来た男は、大家さんのかわいいネズミちゃんを踏みつぶしてしまったのである!こんな話のどこがおかしいのかさっぱりわからなかったが、スイス人たちみんなゲラゲラ笑っている。しかも、みんなどちらかと言うと地味というか、素朴な優しいタイプで、とてもこんなブラックユーモアに笑うような人達ではないのである。
「そりゃあ、かわいそうだとは思うけどさ、大家さんに聞かれて自分がしてしまったことを知った時の男の気持ちを思うと、もうおかしくっておかしくって」と彼女は言う。残念ながらイギリス人の先生がどう反応したのかは忘れてしまった。
これを聞いた時、ユーモアとは本当に国によって違い、訳してもらっても、そのエッセンスというかおかしみはその文化で育ってみないとわからないものだなあとしみじみ思った。
夕食の席で、娘と私のユーモアを披露したところ、地雷の件については半数以上が、哀れなネズミについてはほぼ全員が面白いと答えた。旦那や子どもに言わすと、ドイツ人の大多数が笑うだろうとのこと。やっぱり違うんだなあ。
ちなみに私はと言うと、20数年たった今、改めてあのユーモアを思い出してみると、未だに残酷なギャグだなあと思う部分が大半の一方、心の隅に、プッと笑いがこみ上げてきそうな場所も芽生えてきたのを発見。いや~不思議。一応曲がりなりにもドイツ語文化の穴に少しは足を踏み入れたってことなのかしら。
ところで、私はこういう小噺というのか、外国で披露できるような日本のお笑い小話というものがとんと思いつかない。なにかウィットにとんだインターナショナルにウケるネタってないかなあ。