◎古瀬間墓地公園(豊田市)
麗しい陽射しが透明な空気に散乱して清々しい小高い山の上に、やっと目的の墓を見つけた。
早朝7時過ぎ、全山が墓地として開発された「古瀬間墓地公園」は、愛知県豊田市の市営霊園だった。
吾野緒濫人は、連休の中日、さいたま市から深夜の新東名を飛ばしてやってきた。途中少しだけ休んだが、寝たという記憶はない。この墓には、上さんの親戚が眠っている。この旅は、上さんの両親と親戚の墓参りが目的だった。一つ目の墓がここだった。

ここに来るには、新東名の豊田東JCTから東海環状自動車道に入り、豊田松平インターを下りる。東海環状自動車道のことを吾野緒濫人は知らなかった。後で調べたら、名古屋の中心を遠巻きにした環状高速道路だった。この環状道には、大規模災害時の代替路機能があるという。というのは、「今後30年間に震度6強以上の地震に見舞われる確率の高い地域を迂回しており、災害時における人命救助や物資の緊急輸送道路として機能すると考えられている」という。
◎彦根城
さて二つ目の目的地、京都の大谷本廟に向かった。
時間にゆとりができたので、彦根城を観光することにした。が、高速で道を間違えた。名神に乗るつもりが、伊勢湾岸道路に入ってしまった。仕方なく、名古屋の環状道から大垣に向かう。が、なんということか、超ノロノロの渋滞に嵌まる。事故が二つあったようだ。休日であることも渋滞の要因か。高速の渋滞ほど不快なものはない。
彦根城は、巨大な石垣が戦国時代を色濃く感じさせる、分かりやすいとは言えない構造に翻弄され気味だった。スケールの大きな城である。瓦礫が混じった階段をゆるゆると登るが、かつての武士は、毎日この道を登り、宮仕えをしてきたことを思いやった。城には国宝の天守の建造物をはじめ、いくつもの櫓などの戦国時代の遺物があり、内部の超極太の大木の梁や木組みの渋い迫力に魅せられた。天守にも登ってみたかったが、たくさんの人が長い列を作って待っていたので諦め、櫓の小窓から、町と琵琶湖の眺望を楽しんだ。




