ずいぶんと昔のことである。岩波文庫に、江戸時代の国学者として知られる平田篤胤の書『仙境異聞』を読んだ。
 時は江戸時代後期、平田篤胤(ひらたあつたね:1776-1843年)は国学者・神道家・思想家・医者として活躍した著名な人物である。それほどの学者が著したこの著作は、創作物ではない。篤胤と、彼の複数の研究者が、奇妙な言動をする少年から聞き取った記録をまとめたものである。
 『仙境異聞(せんきょういぶん)』は、平田篤胤の代表的神道書のひとつとされる。刊行されたのは文政5(1822)年。神仙界を訪れ、呪術を身に付けたという少年寅吉(とらきち)とのやりとりなども含め、かなり具体的かつ克明に記されているが、興味深いのは、その中身である。
 そこで聞き取られたものとは、何と、この世にあってこの世ではない、異界の様相であった。それは、人間界ではない、天狗が棲む世界なのである。

 今ちょうど、田中康弘氏の『山怪』が、本もYouTubeもすごい人気だ。山で起こった怪奇な話しをマタギから聞き取った『山怪』は、タヌキやキツネの精霊、奇妙な道迷いなどが主な内容で、とても興味深くおもしろいが、深い追究はない。江戸時代には、人間の世界で起こる奇怪な現象、つまりは幽霊のような体験話を聞き取ってまとめた、『耳袋』が有名だ。いずれもが、今でいうトンデモなテーマで、信憑性には疑われるところもあるが、怖いものを見たい人間真理のツボをくすぐる。
 ところがだ。平田篤胤の『仙境異聞』のトンデモ度は、『耳袋』も『山怪』も超える超弩級であると私は思う。トンデモ大賞があったら、確実に大賞受賞作品になること間違いない。それほどの異界話の記述は、かなり詳細であるばかりか、現実世界との接点も垣間見せている。どんなに想像力を駆使しても、あそこまで、現実と符号する既述が可能だろうか?
 私がはるか昔に読んだ記憶で、そのトンデモなところの一部をご紹介する(今読んで確認すればよいのに、ちょっと今そのゆとりがない)。

 『仙境異聞』は、寅吉という少年が語る奇妙奇天烈な話しを問答形式で聞き取った記録である。
 寅吉は、天狗の世界に入って修行をした。そこには12天狗と、天狗の頭領である杉山僧正という存在がいた。合わせて13天狗が棲息し修行をしていたのは、筑波山の四里ほど北にある岩間山の山頂とされる。
 私には、当初から素朴な疑問がワクワクと起こっていた。
 「筑波山の北の方? 岩間山? ほんとうにそこに寅吉は行っていた? ほんとうかどうかは、その辺りを探ってみれば、何か痕跡が残ってるんじゃない?」
 もう何十年も前のこと、地図を見たが、それらしい山はあるものの、特定できなかった。
 「神社があるはずだ。そこに至る長い階段があるはずだ。そういうところ?」

 トンデモなその一:寅吉はどのように天狗の世界がある岩間山に行ったのか?
 答え:UFOまがいの壷で、空を飛んでつれていってもらったという。連れて行ったのが、杉山僧正である。今の時代、いや、当時であっても、立派な人さらいの所業だが、それを問い詰めた記述はない。
 とまれ、寅吉が連れていかれたのは、上野公園に今も実在する神社の境内。そこにおそらく占いのようなことをする奇妙な露店があった。夕方、少年はその露店に惹かれて物陰から見ていると、露店の主は商売道具をつぎつぎと脇にあった小さな壷に投げ入れて、最後には露店主自身も壷に入ると、その壷はたちまち宙を舞って消え去った。何とそれは、まさに超魔術、引田天功のイリュージュンを超えて摩訶不思議。少年がどれほど驚き、魅せられたか想像に難くない。
 少年はその露店が再び神社境内に現れた日の夕方、つかつかと露店の主に寄って行った。そしていっしょに壷に入り、岩間山に連れていってもらったのである。
 うーん。本当の話しか?
 人さらいか? 神隠しか? 空飛ぶ壷? 空飛ぶ円盤に乘った少年?
 強烈なリアルな夢か、猛烈な想像力を働かせたか、物質性のリアリティーを考えると、到底信じることができない事柄となる。ただのリアルな妄言と一蹴されてしまうだろう。江戸時代ではあっても。

 トンデモなその二:天狗が修行をしているところは、どんなところか?
 答え:それに該当するところを、本文から引用する。それは、現存する山々ときっちり符号する。架空や想像の場所ではないのである。ここには現場を特定できるヒントがいっぱいにあった。
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 問ふて云はく、「岩間山といふは、常陸国の何郡に在る山ぞ」
 寅吉云はく、「筑波山より北方へ四里ばかり傍らにて、峰に愛宕宮あり。足尾山、加波山、吾国山など並びて、笠間の近所なり。竜神山といふもあり。此の山は師の雨を祈らるゝ所なり。岩間山に十三天狗、筑波山に三十六天狗、加波山に四十八天狗、日光山には数万の天狗といふなり。……岩間山のこと、……愛宕宮あり。宮の後ろの少し高く平らなる地に、本宮とて小宮あり。唐銅の六角なる宮にて、上の方は円しといふ。其の宮のまはりに、十三天狗の宮とて、石宮十三あり。
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 ここまで来ると、俄然リアリティが増す。
 岩間山の位置のヒントが明瞭の語られている。筑波山、足尾山、加波山、吾国山は今でも登山で知られている。竜神山はというと、これはどこか? 調べたら、筑波山の東方に今でもあった。標高がわずか200ヘートル足らずの低山。しかし、肝心な岩間山は、どこにある? 今になって細かく調べたら、すぐにわかった。「峰に愛宕宮あり」がヒントだ。山の頂上に愛宕神社がある山が、ちゃんとある。有名な観光地である。愛宕山である。かつてここは岩間山だった。が、今笠間市の属するこの地では、岩間の名はJRの駅名に名残がある。

 トンデモなその三:天狗が棲む異界と現界とは交流できるのか?
 答え:交流はできるとも言えるし、できないとも言えるとある。それに該当するところを、本文から引用する。
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 問ふて云はく、「十三天狗に各々使者三四人づつ有りと聞こえ、岩間の愛宕宮はすべて二間ばかりと聞きたるに、狹くは非ざるか」
 寅吉云はく、「宮も家もいかに小なりとも、大勢入りても狹からず。人数に従ひて、広くも狹くも思ふまゝになる物なり」
 問ふて云はく、「其の愛宕宮には参詣の人も大勢あるべく、また神主か別当などの神前に勤めを行ひたる時などは、大勢の天狗たちは何処に隠れをるぞ」
 寅吉云はく、「参詣の人が大勢来ても、別当が来ても、向ふより此方は見えず、此方大勢の目よりは向ふが見ゆるなり。我等があちらに在るほども、師のよしと声かけざれば、見る事能はず。また下がれと声をかくれば、見る事能はず。其は常に師に伴はれて何処まで行くに、我が方よりは人々を見れども、人々は我等が傍らに来て居るとも知らず、我も今は人間(じんかん)に帰り来たれる故に、かく御目に掛かれども、今にも彼方へ入りては、御側に来たり居ても、皆様は見給ふこと能はず。
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 トンデモなオマケ:世界旅行が記述されているというが、なぜそう言える?
 答え:少年は天狗の頭領、杉山僧正に連れられて、地球を旅した記述がある。その描写は、気球かあるいはヘリコプターか飛行機かに乗って、下界を観察したように読める。そこには万里の長城のようなものや、アラブ世界のような描写がある。女だけが棲む島に何日か滞在して観察したというのもあるが、こんな島やエリアが地球上に江戸時代にあったという史実はない。ひょっとしたら、地球ではないかもしれない。
 というのは、宇宙旅行までしているからだ。どうも、いわゆる空飛ぶ円盤のようなものに乗っている表現がある。そこは、頭が燃えるように熱く、下半身が凍るほど冷たいという記述もある。惑星を通過したという話しもあり、それは当時、固い星を通過できるわけがないので、それはウソだという批判もあった。が、今になってみると、ガス惑星であれば、通過できる可能性がある(昔読んだ記憶から書いたので、間違いがあるかもしれないことをお断りする)。
 ことほどさように、『仙境異聞』にはたくさんの奇妙な天狗の世界の話しが語られている。常識をはみ出したものばかりなので、確実に、トンデモ大賞受賞は間違いない。
 ただしこのトンデモは、どこかに強いリアリティがある。おもしろがったり、せせら笑ってすませないトンデモな話しのディテールは、単なる妄想や想像では済まない何かがあった。そのために、平田篤胤は時間をかけ、手間をかけ、寅吉少年からの証言を、記録した。それだけの価値がある内容と感じたからに違いない。

 ウィキペディアによると「寅吉は7歳のときに杉山僧正にともなわれて、常陸国の岩間山に行き、修行して幽冥界に行き、外国も廻ったと主張し、呪術を操って江戸で評判となった。このことを聞いた篤胤は最初に寅吉を保護していた山崎美成のもとから半ば強引に自分の家に連れてきて数年間住まわせた。篤胤は神仙界に住むものたちの衣食住・祭祀・修行・医療・呪術などについて、くまなく質問をして、その内容をこの本に収めた」と解説されている。



 それは2019年の3月の桜が咲きほころぶころである。
 私は、ここに書いてあることが本当かどうか、筑波山の近くにあるという「岩間山」を探ってみたいと、ずっと前から思ってきた。やっとこの日、かつての岩間山、いまの愛宕山に辿り着き、興奮した。

 愛宕山は標高306メートルの低山。「あたご天狗の森」という行楽地から、長い階段を登ると、愛宕神社がある。実は山にそって道路が整備されていて、頂上直下の駐車場まで車でいくことができる。
 神社には、天狗伝承の地であるだけに、あちこち天狗にまつわる造形や絵などがあって興味深い。 
 愛宕神社は大同元年(806年)に徳一大師が開山創建したといわれている。ご祭神は、火之迦具土命、火結命、伊邪那美大神、水波女命、埴山姫命の五柱とされる。「火」にまつわる神様らしいが、馴染みが少ないか、私が知らない神様だ。

 


 さて、ここは頂上かというと、愛宕神社の拝殿の裏側の正面に、さらに数メートルくらい上に上がる階段があった。
 見あげると扁額に「飯綱神社」と見えた。

 何だか、胸騒ぎがした。「飯縄」と聞くと、長野の飯縄山や飯縄権現が連想される。ちょっとヤバそうな印象があった。
 あとで調べると、「飯縄権現が授ける『飯縄法』は『愛宕勝軍神祇秘法』や『ダキニ天法』などとならび中世から近世にかけては『邪法』とされ、天狗や狐などを使役する外法とされつつ俗信へと浸透していった」というのが出てきた。「天狗」「狐」を使役する外法という解説は、嵌まりすぎている。
 飯縄神社の社は小さい。正面に立つと、そこが愛宕山の頂上だとわかった。そしてその社の裏側の奥行があることが分かってくる。正面からは見えないので、右に移動して社の東面を覗く。
 「これは、何だ?」

 


 
 飯縄神社(ご祭神は手力雄命)の社の裏側は、10メートルほどの矩形で仕切られた平たいスペースで、石のフェンスで守られていた。フェンスの入口は鍵がかかっていて入れない。最新のセキュリティも稼働している。覗いてみるしかない。

 スペースの真ん中に、高さ3メートルはありそうな、青銅かなにかの金属でできた六角形の塔のような造形がだと祀られていた。こんなものは見たことがない。愛宕山の頂上の頂点に立っている、鳳凰らしき飾りのついたその六角形の塔のようなものは、外からは見えない。完全に隠す意図で設置されている。隠される意図で設置されているのは、それだけではない。この六角形の造形物を中心に、石の祠が東と西と北側にずらりと配置されて祀られていた。数えてみた。一つ、二つ……北側の中心に、ひとつだけ大きな祠があり、全部で13。飯縄神社の社の陰に意図をもって隠されて配置されていたのである。

 



 トンデモなその二で引用した、『仙境異聞』の一部を、もう一度引用する。
 「岩間山のこと、……愛宕宮あり。宮の後ろの少し高く平らなる地に、本宮とて小宮あり。唐銅の六角なる宮にて、上の方は円しといふ。其の宮のまはりに、十三天狗の宮とて、石宮十三あり」

 愛宕山の頂上,飯縄神社の裏側で私が見たものとまったく同じものが、『仙境異聞』に書かれていたのである。つまり、こここそが、天狗の世界と接する異界への接点に違いない。
 寅吉の言うには、愛宕山の頂上に登ってみても、人間の世界、人間の肉眼では異界を見ることも知ることもできないが、異界からは人間の動きが手にとるように見えているという。
 私は、異界のどこかで天狗存在が私がやってきたことを見ていると思い、もう一度ここに来たいと願った。
 この日、私は『仙境異聞』に書かれた異界の接点が、実際に愛宕山(かつての岩間山)にあることを知り、『仙境異聞』の内容は、私にとってはトンデモなものではなくなった。
 天狗は実存した。それはエーテル存在かもしれないが、エネルギー体として活動し、物質世界に影響を与える力がある。寅吉が伝えた天狗は、人間をたぶらかしたり、嚇したりはしない。人間の生活を豊かにするために、種まきの時期を教えたり、災害を未然にふせいだりなどの奉仕をしたらしい。すくなくとも、平田篤胤が活躍していた江戸時代には、岩間山の近隣では、天狗が人間と深い関わりをもって活躍していた。
 そこから200年以上経過した今、愛宕山の頂上に接する天狗の異界は、どうなっているのだろうか?
 寅吉によると、天狗が活動をしているのは、愛宕山(岩間山)だけでなく、山の龍脈でつながっているとなりの難台山、筑波山はもちろんそこから連なる加波山などなど、この付近一帯に、天狗存在が活動したとされる。

 私は、13天狗の石の祠が実在し、その中心に六角形のきみょうな造形が、寅吉の証言どおり、存在していることを確認して、とても満足したが、六角形の造形物が「六角殿」と言い、中に夷針神社(いしみじんじゃ)が祀られていることを後で知って、馴染みのないこの神社が、気になりだした。
 夷針神社は延喜式内神名帳に名前のある神社で、いわゆる式内社とされる。常陸国に点在した神社らしい。近くには、伊勢神宮よりも古い可能性がある、鹿島神宮や香取神宮があるので、愛宕山の山頂に、愛宕神社と飯縄神社の奥、山頂のポイントに据えられた六角殿に祀られ、かつ、13の天狗の祠に守護されている夷針神社という構図がわかると、いっそうに、夷針神社の存在が気になっている。

 ところで愛宕山は、車で来れる行楽地になっていた。そこから、隣の難台山や吾国山などの500メートル級のハイキングコースの案内があった。
 笠間市の観光案内には、愛宕山~難台山~吾国山への縦走するハイキングコースが紹介されていた。
 このハイキングコースの途中の難台山は、天狗の修行の場といわれるところがある。
 「ならばそこにも行ってみたいな」
 そんな気持ちになった。ハイキングコースは10キロ以上になるか。インターネットでこのコースを縦走した女性のルボがあった。JRの福原駅から出発し、吾国山~難台山~愛宕山に登頂し、常磐線の岩間駅まで歩くコースが紹介されていた。笠間市の観光案内では、初心者でもあるける安全な山のルートとあったので、私も歩いてみることに決めた。

 愛宕山を訪れて13天狗の祠を確認したその年(2019)の5月3日の早朝、私はJR福原駅に車を起き、朝日が登り始めたころ、吾国山に向けて歩き始めた。
 私の興味は、『仙境異聞』に出てくる山々がどんなところなのか、軽く知っておきたいというくらいのものだった。
 こうして令和元年5月3日、古稀超えの私は軽登山初心者の一人となった。
 この時の記録は、後に知ったヤマレコという登山情報サイトに、山歩きのレポートとしてアップした。

 吾国山~難台山~愛宕山、ジジイ初心者の初縦走
 https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2026382.html

 

 始めてにしては、過酷すぎる行程と反省している。
 低山であり、笠間市の推奨ハイキングコースなので、初心者でも楽かなと見くびった。行ってみて、アップダウンがこれでもかというくらいに繰り返すハードなコースに、難渋した。たぶん道程で16キロくらい。私の体力の限界であったが、自分の足で歩き切ることができ、筋肉痛だけで無事下山できたのは、愛宕山の天狗さんのお導きと感謝している。

 愛宕山の山頂の飯縄神社の社の裏側の13天狗の祠に着いたのは、午後の2時くらいだったろうか。
 なぜか、このまえ鍵がかかって開かなかった鉄の囲みの入口の扉が、わずかに開いていた。
 「どうぞ、お入り」
 という声が聞こえたわけではない。が,そんな雰囲気がして、私は初めて、13天狗の祠が祀られたエリアに踏み込んだ。