琵琶湖の東岸にある東近江から鈴鹿山脈の真ん中を突き抜ける4000メートル超の石榑(いしぐれ)トンネルがある国道421号。山間のワインディングを抜けてから右折し、菰野町に入った。
 個人的なことだが、この町にはかつてお世話になった著名な波動研究家が住んでいらっしゃった町である。その方の訃報を数日前に聞いていた。この五月二十一日に鬼籍に入られたという。が、お住まいの詳細は知らない。菰野町であることは間違いない。できることなら、御霊のご供養を申し上げたかった。
 鈴鹿市に用事があったので、菰野町の鄙びた町の中を通過していた時である。
 信号で停車して、ふと信号を見ると「五百羅漢」と書いてあった。ここを左に曲がると駐車場があるらしい。立ち寄ることにした。

 


 
 そこには、大日堂と言われる寺院が建っていた。正式には「太平山松樹院」とある。御本尊は大日如来、弘法大師ゆかりの真言宗の寺である。十五世紀ごろ彫像された三重県指定有形文化財「木造大日如来座像」が鎮座しているとある。
 この社の前で、個人的なことだが、この菰野町で霊界への旅立ちの態勢に入られていると思われる、ちょうど一か月前に肉体を去られたTK先生の御霊に、般若心経の読経をもって、御礼とご供養を申し上げた。生前先生は、一度大病で死の淵を覗かれた体験をお話下さった。
 「そこには三途の川はなかったよ。光一元の世界が、ただぽっかりと輝かしく広がっていた」
 私はシンプルに死後の世界はあると思っている。肉体は朽ちても、精神体、魂体は無くなるわけがない。死後、人としてのエネルギー体はプロセスを経て生まれ変わると思っている。そのプロセスに、幽界があり、霊界がある。幽界に彷徨ってしまった残留思念を解放される作業を、TK先生から教えていただいたことがある。先生のご冥福と、霊界でのご活躍を祈った。
 
 大日堂の建っている側に、鉄の格子で囲まれて入れないのが残念だったが、直径十メートルくらいで高さが五メートルほどの円錐形に盛られたピラミッド状の小山がある。そこにびっしりと、隙間がないほどの感覚で、たくさんの石像が設置されていた。五百羅漢像である。明治時代の廃仏毀釈で、数十体は壊されたようだが、江戸時代後期に創られた、菰野町の五百羅漢像は、円錐状ピラミッドの全方位に向けて、立体マンダラとしてさまざまな羅漢の表情を愉しませてくれている。

 


 
 ところで「羅漢」とは原始仏教の「阿羅漢」のことで、修行者の到達し得る最高位である。「阿羅漢果」という修行の成果目標があり、それは三毒の滅尽である。三毒とは貪・瞋・痴。これを滅尽させる方法が、八正道であるというのが、本来の仏教の基本的教説である。

 原始仏教には、釈尊の十大弟子といわれる次の人物の名が伝わっている。
 舎利弗、摩訶目犍連、大迦葉、須菩提、富楼那、阿那律、迦旃延、優波離、羅睺羅、阿難――。
 
 実は、東近江にある臨済宗の永源寺に参拝しての帰りなのだが、永源寺の入口の約百十段の階段を上がったところに、「十六羅漢像」があった。
 十六羅漢とは、玄奘訳『大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記』(だいあらかんなんだいみたらしょせつほうじゅうき)によると、仏滅八百年後に衆生済度のために仏の勅使として活躍した十六人の阿羅漢のこととされる説がある。
 もう一つ、『阿弥陀経』による十六羅漢がある。これは、祇園精舎で釈尊が『阿弥陀経』の説法をされた時、そこに参詣していた代表的な仏弟子で、この十六人の阿羅漢は、釈尊の十大弟子と一部重なっている。

 


 
 そして「五百羅漢」だが、これにも二つあるようだ。
 一つは、釈尊の遊行に常につきそった五百人の仏弟子であるとする説。もう一つは、仏滅後の第一結集(仏典の編集)のために参集した仏弟子を、五百羅漢として尊崇したことによるとされる。
 この五百羅漢を敬愛し像として、日本でも全国さまざまなところで設置されている。
 関東にも、次のところに五百羅漢がある。
 川越市の喜多院、寄居町の少林寺、成田山新勝寺釈迦堂、乾坤山日本寺(千五百羅漢)、目黒区の五百羅漢寺、港区の増上寺(狩野一信・五百羅漢図)、小田原市の玉宝寺、箱根町の長安寺――。
 
 この日、私が偶然遭遇した三重県菰野町の五百羅漢は「竹成五百羅漢」と言うらしい。「竹成」とは、そのき地域の名称である。
 ウィキペディアによると、嘉永5年(1852年)2月、竹成出身の僧照空(神瑞)が、大日堂の境内に十五年の歳月を費やして完成させたと伝えているが、実際のところは、照空より依頼をうけた桑名の石工、石長こと藤原長兵衛一門により、慶応2年(1866年)に完成しているとある。
 さらに、こんな詳しい解説があった。
 「石像群は小高く盛られた土山に、東側を正面にして、釈迦三尊を主尊とする羅漢像、大日如来を中心とする密教系の明王、天部などの石像で構成されており、正面入り口より、地蔵菩薩、三蔵法師、弥勒菩薩、南側に願主照空、閻魔大王、北側には天照大神、天狗、七福神、釈迦苦行像、三猿などの石仏が並んでおり、石仏の裏側には尊者名と番号が記された石仏と、記されていない石仏とがある。釈迦如来・地蔵菩薩・三蔵法師・弘法大師の空海の仏教系の石像があれば、天照大神・猿田彦命などの神道系の石像もあり神仏が入り乱れている」
 

 
 所在地は、三重県三重郡菰野町竹成2070。