熱暑の日々が続いた令和7年、遅れた秋の深まりが熟した11月16日巽の刻。ときがわ町は埼玉県の秩父盆地の東、堂平山系の裾野が始まるときがわ町観音山の下、そこにある古い禅寺が動き始めた。
正法寺は臨済宗の寺。歴史は鎌倉時代に遡る。さらにその前に真言宗の名残もあり、創建は平安時代と推測できるほど古い。
この寺に、日本で活躍するアメリカ合衆国ミシガン州生まれの詩人、アーサー・ビナード(Arthur Binard、1967年7月2日~)さんがやって来た。彼はラジオなどのコメンテーターとして有名だが、アメリカ人でありながら日本語がすこぶる堪能で、俳人、随筆家、翻訳家でもある。広島市に在住し、原爆の問題提起を世界中に展開している。
なぜ、ときがわの寺にやって来たのか?
やって来て、ときがわの正法寺の閑栖和尚と公開対談をするという。
巽の秋の空は晴れわたり、暖かな太陽が小さな寺の境内に射していた。
たくさんの人が集まっている。
老若男女、高齢者も働き盛りも子どももいる。ざっと数十人? それ以上?
山が迫るときがわ町は過疎が心配される小さな自治体だ。寺があるのは町の中心の西側の僻地。近くには、道路沿いにまばらにしか民家がない。山に囲まれた自然の中。そんなところに、たくさんの人が集まっていた。
こういう集まりというと高齢者ばかりかと思ったら、ここでの光景は違っていた。
高齢者もいるが、働き盛りの子連れのママさんがいる。小学生がいる。中学生もいる。なにやら賑やかで、活気が渦巻いていた。
最初にマイクをとって語り始めたのは、閑栖和尚だった。正法寺第三十五代の前住職である。「閑栖(かんせい)」は隠居した身の老僧の呼び方。本名は児玉隆元氏、何と九十二歳。どうして僧侶になったのかのお話だった。
小柄のからだからどんどん声に迫力が出てきて、その奇想天外な人生秘話で会場を笑いと感動で沸かせた。
アーサー・ビナードさんは、アメリカ人である。どうして日本に来ることになり、なぜ日本語で詩や俳句を書くほど日本文化にのめり込み、日本に住むようになったのかを語った。もとから日本に興味があったわけではない。が、とあるきっかけで日本語を学ぶようになり、漢字、ひらがな、カタカナにアルファベットがごちゃごちゃに混在する日本語に驚嘆したという。
その根底には、ジャーナリストレベルの情報操作による支配構造への不信と世界平和が実現しないことへの鋭利な洞察があると見えた。
ザックバランですこぶる親しみやすい素朴さもあり、どんな人でも受け入れる寛容性もあると思う。
アーサーさんは日本中を講演などで飛び回っていて、昨日は福島にいて、明日は関西方面に移動するという。この日たまたま空いていて、ときがわ正法寺にやって来た。偶然のようでいて、もう一つ、深い因縁が正法寺の墓地にあったことが分かったという。詳しくは伏せるが、目に見えない霊的な関係も強く働いていると考えられる。
誰にでも起こっていることには、偶然はないのかもしれない。
アーサーさんと閑栖和尚は、後半でアーサーさんの絵本の読み聞かせを披露した。
閑栖和尚が読み聞かせをしたのは、次の絵本である。
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『キンコンカンせんそう』
ジャンニ・ロダーリ作、ペフ絵、アーサー・ビナード和訳
2010年、講談社(翻訳絵本)、ISBN 978-4061324336
(表紙写真、アマゾンから引用)

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戦争が人間社会に何をもたらしたかを、皮肉を込めた分かりやすい絵で問い掛ける。「キンコンカン」という鐘の音が、心の奥底まで響く感動に、広島と長崎の悲惨な出来事への問いかけが被る。
アーサーさんが読み聞かせをしたのは、次の絵本からの抜粋。
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『さがしています』
アーサー・ビナード作、岡倉禎志写真
2012年、童心社(単行本絵本)、ISBN 978-4494007509
(表紙写真、アマゾンから引用)

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場所は広島、時は昭和20(1945)年8月6日の朝、いったい何が起こったのか? 人類史上で初めてのウランの核分裂によって広島という都市が一瞬で焼け野原になった。なぜ日本の広島が? その現場で体験し生き延びたごく少数の被爆者、語り部の方のピカドン体験を綴った写真絵本である。繰り返される「ピカドン」……アメリカのプロパガンダとしての正義の矛盾を見抜いたアメリカ人のアーサーが、広島から世界平和を発信する理由が納得できるすばらしい読み聞かせだった。
今回の読み聞かせは、伴奏付きだった。ピアニカやキーボードのメロディーとたくさんのパーカッションが、カタリを妨げない絶妙な音量で、心の情景に共鳴して奏でられていた。メロディーは感情を微妙にかきたて、パーカッションはイメージを視覚化する作用をしていたと思う。ポップスの定型のリズムではない、不連続で簡潔で断片的リズムは、メロディーとともに、読み聞かせを劇場にした。
みなさんが、ものすごく感動されたはずだ。
この伴奏を担当したのは、ミュージックガーデン植松透さんと植松葉子さん(キーボード)だとあとで知った。2019年5月に、埼玉県ときがわ町と東京・世田谷に同時オープンしたおんがく寺子屋だそうである。お二人とも、たいへんな音楽家だったのだ。
しかも、今回の閑栖和尚とアーサーさんの対談の企画者でもあった。もう一つ、対談イベントを整え開催する陰の力として活躍したのは、正法寺の寺庭(じてい=住職婦人の呼び名)、妙泉さんだった(下写真右)。
最後にミュージックガーデンの生徒さんによる合唱が花を添えた。谷川俊太郎さん作詩の合唱曲が2曲……。素朴だが、子どもの声は明るく力強い。そんな明るい未来に希望を描く子どもたちが、ときがわ町にはいる。
ときがわ正法寺発、世界平和への願いとエネルギー……寺が動くと人が動いて世界を動かす一歩となった。





