「検察に起訴されたら、99%以上が有罪」
──池田大作は厳しい法廷闘争に挑み、
四年半後に無罪判決を勝ち取る。
会長として国内外を駆け巡りながら、
裁判所に出廷する直前にも時間を割いて
台風の被災地を訪れ、人々の輪の中へ。
池田が関西の同志とともに語り、
苦しみを分かち合い、勝ち抜いた日々は、
平和と人権の世紀を開く原動力となった。
「非常に傲慢な、高圧的な調べ方です」大阪地方裁判所の法廷に、検察の非道を訴える池田大作の声が響いた。検事が、弁護士が、そして裁判長が、池田に質問を重ねていく。
第七〇回公判(一九六一年七月十二日)。大阪地方検察庁が冤罪をつくりあげていく経緯を、池田は順を追って証言した。
「その供述を、私の本意ではありませんが、致しました」 「それも、デッチ上げです。辻褄に合わせるように作りました」 「違います。そうしないと、辻褄が合わないというわけです」 「そうです。事実は正反対なんです」──池田の出廷は既に十二回を数え、裁判は天王山にさしかかろうとしていた。