EIKOの気まぐれ闘病日記 -73ページ目

EIKOの気まぐれ闘病日記

このブログは、日蓮仏法の信心を根本に、双極性気分障害と闘うEIKOのブログです。日々の出来事や家族のこと、創価学会や池田名誉会長のことを書いていきます。
いきなりのアメンバー申請はお断りしています。

 「創価学会の世界に学歴は関係ないよ」 ②


 「大学へ」──この池田の指導に触れて、自らの人生の道を広げた人は数知れない。言うまでもなく、大学に行くこと自体が目的ではない。進学を通して自らを人一倍鍛えてこそ価値が生まれる。

「高卒には人間的に信頼できる人が多い。中卒には仕事ができる人が多い」。かつて池田はこう語ったことがある。大学を出たために傲り高ぶり、民衆を見下す人間もいる。大学に行かなかったからこそ、いぶし銀の実力を身につけた人間もいる。創価学会という「校舎なき総合大学」をつくりあげるなかで、数えきれない人々と会い続けてきたがゆえの一つの見識である。


 建具職人の家に生まれた花岡利雄(東京・江東区、総区主事)は中学二年の冬、幾つも病気を併発して寝込んでしまう。

「医者には結核をはじめ、合計七つの病名を告げられました。それが内申書に響いて、昼の高校には進めなかった」。

 都立第三商業高校の定時制に進み、東京の木場にある材木市場で働いた。

「そのころ、男子部の先輩からガリ版刷りの『友よ強く』を見せてもらい、『俺にぴったりの詩じゃないか』と思って書き写しました」。

 「創価学会の世界に学歴は関係ないよ」 ①


 「『友よ強く』を初めて読んだ時は思わず涙が出た」と語るのは伊藤育夫(東京・渋谷区、副本部長)である。

「板橋区の長屋住まいで、母の病気が信心を始めたきっかけです。仏法の話を教えてくれた大家のおばさんも、目が不自由で、ご主人の酒癖に悩んでいました」。

 高校受験の直前、両親の会話をたまたま耳にした。「息子を昼の高校に行かせるだけのお金がない」という。

「頭が真っ白になりました。父も母も働いていて、それでも貧しかった。結局、入試の答案は何も書かずに出しました」。

 都立文京高校の定時制に入学した後、「友よ強く」を知った。

「私たちは池田先生から『諸君は金だ。金は叩き潰そうが、土に埋めようが、少しもその価値は損なわれない』と励まされました。そんなことを言ってくれる人は誰もいなかった」。定時制を卒業した二年後、伊藤は中央大学の二部へ進学する。


 「もっと勉強したい」。そう思って古山昌子(東京・大田区、区副婦人部長)は北海道の和寒(わつさむ)から横浜へ向かった。

「住み込みの家事手伝いをしながら私立港高校の定時制で勉強しました」。

同級生に誘われて学会に入った。社会の役に立ちたいと思い、明治学院大学の二部に進んだ。昼は自動車会社のキーパンチャーをした。

 その学生時代、夏季講習会に参加。土砂降りの雨の中、学会員の輪に飛び込んで一人ひとりに声をかけ続ける池田を目の当たりにした。

「圧倒されました。高校の英語教師を二八年、周囲から推薦を受けて区議会議員を一二年務めましたが、四○年間、生き方の原点になったのは、夜学生の時代にこの目に焼きつけた、あの池田先生の姿です」。


 師と共に──「悩みの海」を乗り越える人々 ③


 菅原永一(東京・北区、副本部長)は宮城の栗原郡(当時)から集団就職で上京した。中央区の自動車部品のプレス工場で働き、都立墨田工業高校に四年間通った。彼も寮でいじめを受けた。

「池田先生の『友よ強く』が、当時の青年部にとってどれほどの力になったか言い表せません」と語る。

 菅原は大学には進まず、空調設備・修理業で独立を果たす。帰省するたびに「そした話ばっかして」と学会に反対していた母も後年入会した。

「十五歳から十九歳の夜学の時代が、その後の人生すべての土台になりました」。

 

 有賀しつ子(さいたま市、支部副婦人部長)は「高校受験のお金もありませんでした」と振り返る。福島の伊達郡(当時)から集団就職の列車に乗って埼玉へ。製糸工場で働き、県立不動岡高校の定時制に通った。

 会社の寮では「学会員だ」というだけの理由で嫌がらせを受けた。

「聖教新聞は購読できず、消灯時間の前に電気を消されたり、みんなで買い物に行く時に無視されたり。深夜、廊下に出て小声で勤行したこともあります。そんな時、『友よ強く』 の載った聖教新聞の切り抜きを母が送ってくれました」。

布団の中で何度も読み返した。

 「どんなに疲れていても勉強できるだけでうれしかった」という四年間の寮生活で、周りも少しずつ学会に理解を示すようになった。

 有賀は短大で教員免許をとり、埼玉で小学校教諭を務め、二年前、定年退職まで勤めあげた。


 読者の皆さん、いつもありがとうございます。

<m(__)m>

なかなかブログの更新ができなくてすみません。

<m(__)m>

急に息子の所へ行くことになり、しっかり家事をしてきました。

 

 息子はよく洗濯物をためてしまうので、部屋干しに


使えるように、洗濯用品を買いました。


 息子のアパートは鉄筋で蒸れるのでタオルケットも買いました。


 川崎で買い物して帰ろうとしたら、アントニオ猪木


が来るという看板があり、息子がどうしても見たいと


いうので、アントニオ猪木が来る間「維新の会」の演


説を30分も聞いていました。アントニオ猪木が到着


すると、皆スマホで写メとってましたが、息子は隣の


おばさんに写メを撮って欲しいと頼まれて撮ってあ


げていました。


 アパートに着いてみると、泥棒が入った後のような


散らかりようでした。


 ワンルームなので掃除は大変ではないのですが、


片づけが下手なので困りものです。(;一_一)


 今の時代洗濯機といえば全自動が普通だとおもう


のですが、息子のアパートは二槽式しか置けないの


で、洗濯にはとても時間がかかります。(;一_一)


 昨日も朝から夕方の5時まで洗濯してました。


 やはり月に一度くらいは片付けに行かないとダメで


すね。なるべく行こうと思います。