「地域の灯台」に ③
「地域の灯台たれ」───この指針の由来は1977年(昭和52年)、東京で開かれた第一回農村部勤行会である(2月17日。団地部と合同で開催)。農村部が発足して4年経っていたが、北海道から九州までのメンバーが一堂に会するのは初めてだった。満を持して開催した。
前日まで、池田が出席する予定は組まれていなかった。当日、出席を決めた。特別に用意した原稿はなかった。短い話の中に、農業への思いを込めた。その内容がやがて広く伝わり、農漁業に携わる同志の指針となっていく。
───農村地域が、やがて大いなる脚光を浴びていくことは、現代の要請であるといってよい。ゆえに、盤石なる一家を築き上げ、その地域の確固たる灯台になっていくことが大事である。
人数、勢力のいかんではない。何十年、何百年先の展望のうえからも、妙法下種の”当体”であり、”灯台”としての使命を果たしていくとき、それは壮大にして根源的な広布の礎となっていくのである。
こうした観点から、私は”下種の灯台” ”地域の灯台” ”学会の灯台”たれ、と申し上げておきたい───。