民衆こそ王者ー池田大作とその時代 「地域の灯台」──農漁業に生きる(2)9 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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    「地域の灯台」に ②


 父の畑は水道も通っておらず、軽トラックで水を運ぶ作業から始めた。ある年は台風でハウスが全滅した。佐久川は、苦労を重ねる渦中で読んだ池田の指導に、それまでの人生観を一変させられたという。

 「私が信心を始める8年前の、農村部への指導です。池田先生は私たちに『下種の灯台』『地域の灯台』『学会の灯台』になれ、とおっしゃっていたんです」。「下種」とは、「仏法の種」を相手の生命に植える、という意味である。

 「沖縄に戻ってから始めて読んで、うちのような貧乏農家でもこんな存在になれるのか、と。他にも先生のスピーチを通して『農業は国の基である』と教わりました。私は畑を耕し始めても、まだどこかで農業を下に見て、恥ずかしいと思っていたんですね。それが吹き飛びました」

 辺野古に土地を借りて、キュウリのハウス栽培に打ち込んできた。

 キュウリの収穫期は約3ヶ月と長い。力量によって生産量に大きな差が出る。

「キュウリは連作障害を起こすので、有機肥料のバランスを考えないと土がダメになります」。

深夜まで研究を重ねた。昼間、ハウスの畝で寝てしまい、通りかかった近所の知り合いから死んでしまったと勘違いされたこともある。

 今はゴーヤやメロン、スイカも育てている。4人の子どもを全員、農業収入だけで大学に進学させることができた。

「辺野古の星空はきれいですよ。子育ても落ち着いて、最近やっと星空を眺める余裕が出てきました」と妻の幸子が語る。名護の久志地域で毎年のようにキュウリの生産量第一位になり、県の野菜品評会でも金賞に輝いた。

 2年前には県の指導農業士に選ばれた。その年の秋、今帰仁村で創価学会の「沖縄農漁村ルネサンス体験主張大会」が開かれた。村長をはじめ多くの来賓を前にして、佐久川が登壇し、どうしても嫌だった農業の世界で見事に結果を出した半生を語った。

「あの日、長年信心に反対だったお義母さんが初めて学会の会合に来てくれて、『よかったよ』って言ってくれたんです」(幸子)。