EIKOの気まぐれ闘病日記 -37ページ目

EIKOの気まぐれ闘病日記

このブログは、日蓮仏法の信心を根本に、双極性気分障害と闘うEIKOのブログです。日々の出来事や家族のこと、創価学会や池田名誉会長のことを書いていきます。
いきなりのアメンバー申請はお断りしています。

 毎日暑いですね!


くれぐれも熱中症には気をつけてくださいね!


前使っていたパソコンが壊れたので新しいパソコン


に買い変えたのですが、慣れないうちにネットが使


えなくなったりしてしばらく御無沙汰してしまいました。


最近の私の症状としては、朝相変わらず不調で起き


れなくて困ってます。


なので朝のごみ出しは辛いです。((+_+))


今日の暑さは堪えました。熱中症になりそうでした。


仕方ないのでエアコン初めて入れました。


その後スーパーに買い物に行ったんですけど、暑か


ったです。


先月から息子と二人で暮らし始めましたが、今のとこ


ろ私なりに最低限の家事はやっているつもりです。


連載がパソコンが壊れたりして進まなくてすみません。<(_ _)>


皆さんと一緒に学んでいけたらと思っています。


よろしくお願いします<(_ _)>






 かつて「舞楽而留(楽しく舞い留まる国)」と謳われ、大きな夢を抱いて海を渡った日本人たちが厳しい現実に直面した天地、ブラジル。

”その苦悩の歴史を忘れてはいけない”と語る池田は、1960年、創価学会会長として初の海外訪問で同国へ。

言葉、風習など文化の壁や、異なる環境に耐え、信仰を根本に生き抜く先駆の

友を励ましていく。


 「ブラジルは広大ですよ。蛍まで日本の蛍よりも大きく感じますよ」。そう言って中尾喜多子は微笑んだ。

「55ccのバイクで土の道を走るんです。風の日は土埃にまみれて、雨の日は泥んこになって。幼い長男を連れて折伏に行った帰り道、ライトが壊れて家までバイクを押して歩きました。街灯がなくて真っ暗闇ですから。あの夜、ジャングルを飛んでいた蛍の光は忘れられません。

今皆さんの所にお邪魔してブログを読んで

いるのですが、最近スマホからだとブログ

からぺタ出来なくなってしまいました。

折角ブログ読んだのに、プロフィールから

しかぺタ出来ないなんておかしいですよね?

元に戻して欲しいです。


皆さん、いつも連載を読んでくださり、ありがとうございます。

民衆こそ王者シリーズの「白樺」──生命を護る者の連載が終わりました。

次回からは「先駆者たち──中南米篇」を連載しますのでよろしくお願い

します。
 「永遠にお元気で」 ③

 昨年5月、勤務先の病院から職場復帰を請われた。だが、それは叶わなかった。白血病が再発していた。6月末、再入院の日に化粧をし、普段着姿で家族と記念写真を撮った。
「普段着でいられる最後だということを、姉はわかっていたのかもしれません」(弟の雄也)。
 闘病中に励ました友人は300人を超える。ある未入会の友人に送ったメールには「生まれたときから、みんな平等に死に向かって生きているんだよ」「どう命を使っていくのかが明確な人と、明確ではない人とでは、人生がまるで違うよ」と書いて送った。
 7月17日の朝、桂子は「勤行しよう」と言った。両親と三人で唱題を終えると、ベットから身を起こした。「みんな待ってるから、早く行かなきゃ」。衣服をすべて着替えた。「お化粧しなくちゃ」と言い、力が入らずベットの上で座っていられない身体を、父の伸二が後ろから抱きかかえるようにし、母の手をコンパクトに見立て、ファンデーションを塗る仕草をした。すべて準備を終えた後、横になった。午後1時過ぎ、大きく深呼吸をして、静かに息を引き取った。
 桂子の訃報を聞いた弟の雄也は、神奈川から札幌へ向かった。「両親が心配でした」。
 自宅に着くと、地元の学会員が20人ほど集まり、両親と一緒に追善の題目をあげていた。
「本当に創価学会は温かい団体だと思いました」。
 通夜と告別式には450人が参列した。
「火葬場の職員に『放射線治療と抗がん剤治療をしていたんです』と話すと『本当ですか?そんな治療を受けた方の骨には見えません』と驚かれました」。
桂子の骨は、米粒ほどの小さな小指の先まできれいに残っていた。

 「生き生きと『永遠の希望』をもって生きるために、今、仏法を学んでいるのです」と池田は語る。「やがてくる死を、堂々たる『人生の完成』の時とするか。それとも、みじめな『人生の崩壊』の時とするのか。それはひとえに、この一生を、この『今』をどう生きたのかで決まってしまうのです。その意味でも、まさに『臨終』は『只今』にあるのです」(『池田大作全集』第三0巻)。
 桂子が亡くなる3ヶ月前、創価大学看護学部が誕生した。
 雄也は、池田が同学部に贈った指針が刻まれた名盤の写真を、病床の桂子に送った。「これ、本当に見たかったんだ」。声を弾ませた喜んだ。
 創価大学の学生の力になりたい。そう願ってやまなかった田中桂子の名を冠した桜が、昨年10月、看護学部棟の目の前に植樹された。
 今年、初めての春を迎える。