「おい、身体は空いているか」
1本の電話から現場は動き出す。
舛田利雄(映画監督)らスタッフが三々五々と召集されたのは、1972年(昭和47年)の暮れである。
活動シャシン(映画の旧称)が三度の飯よりも好き。
撮影。証明。美術。録音。音響。スチール。小道具。大道具・・・・・。一家言をもっている。いいシャシンのためなら、どんな苦労も厭わない。独特の美学とプライドを持った職人集団である。
映画制作の常連が東京・砧の東宝スタジオに続々と顔を出した。
一冊の台本が用意されている。
映画『人間革命』
原作は、創価学会の池田大作会長である。
舛田はアクション映画、戦争映画が十八番。70年には日米合作で真珠湾攻撃を題材にした『トラ・トラ・トラ』を大ヒットさせた。まったくの桁違いである。心中に期するところがあった。
映画制作の現場には、不思議な魔力がある。
監督は主人公ばかりでなく、裏方の職人にいたるまで、人を熱く、のめり込ませる。
作り手が熱狂できない作品が、観衆を魅了できるはずがない。
映画『人間革命』が生まれた現場には、どんな葛藤や感動があったのか。映画人たちの眼に、池田会長は、どのように映ったのか。