宗門の変貌 戸田会長の遺言 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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戦後の農地改革によって、極貧の貧乏寺であった大石寺は、創価学会の月例登山会によって、次第に潤っていった。


昭和28年当時、参詣する学会員が、連日小僧に甘いお菓子を持ってきてくれた。

初めは喜んでいた所化たちも、貴重なキャラメルがみるみるたまっていくのを見て、

学校の同級生に売り始めた。キャラメルは面白いように売れていき、所化たちはたっぷりと小遣いを稼いだ。


昭和33年、総本山に大講堂落慶記念の、総登山会にひと月20万人が登山した。

当時の国鉄は、20万人と聞いて「絶対に無理だ」と言った。

一ヶ月に列車で12万人、バスで9万人の登山会を、無事故で運営した。


大講堂落慶総登山の最中、所化頭の僧が、朝から毎日酒を飲み、所化たちに暴言を吐き、所化の頭に鈴をかぶせ、力任せに鈴棒を振り下ろす暴力を振るっていた。

池田青年室長(当時)は、所化頭に厳重に抗議し、戸田会長にこの一件を報告した。


戸田会長は「情けないことだな。・・・・、これは小さなことのようだが、・・・・宗門の腐敗・堕落というじつに大きな問題をはらんでいるのだ。なぜ、堕落が始まり、腐敗していくのか・・・・。それは、広宣流布という至上の目的に生きることを忘れているからなのだ。この1点が狂えば、すべてが狂ってしまう。残念なことだが・・・・令法久住を口にしながらも、多くの僧侶が考えていることは、保身であり、私利私欲をいかに満たすかだ。つまり、欲望の虜となり、畜生の心に堕してしまっているのだ。だから、自分より弱い立場の所化小僧などは、鬱憤ばらしのオモチャとしか考えない。また、学会員のことも、供養を運んでくる奴隷ぐらいにしか思わず、威張り散らす者もいるのだ。」

「戦時中も、宗門は、保身の為に法を曲げ、大聖人の御遺命を破り、軍部政府に迎合した。・・・・・そして、牧口先生と私が逮捕されるや、かかわりを恐れて、学会の登山を停止したのだ。・・・・私は、憤怒に血の涙を飲む思いだった。」