宗門の変貌と戸田会長の遺言 2 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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戸田会長は、話すことが苦しい様子で、途中ではぁはぁと何度も喘ぎながら、話を続けた。


「・・・・戦時中、大聖人の仏法は、外的によってではなく、臆病で、姑息な、僧侶の保身によって滅ぼされようとしたのだ。・・・・・日亨上人も、日昇上人も、また日淳法主も、そのことで、ほんとうに苦慮されてきた。・・・・その中で、厳然と、大聖人の仏法の命脈を保ったのが、牧口先生であり、創価学会なのだ。・・・・・だから、大聖人の精神は、ほんとうの信仰は、学会にしかない。・・・・・宗門は、死身弘法を貫いた学会と、戦後、僧俗和合してきたからこそ、大聖人の仏法を継承できたのだ・・・・・。


もし、学会から離れるならば・・・・・大聖人の正義を踏みにじった、謗法の宗でしかなくなってしまう。しかも、・・・・・学会は、宗門が財政的基盤を失い、壊滅の危機に瀕していたのを、信心の赤誠をもって、お助けしてきた。心ある僧侶は、それを感謝している。しかし、・・・・・なかには、学会の大発展に嫉妬し、私に対して、反感をいだいているものもいる。・・・・・私が、信心の在り方を厳しくいうものだから、眼の上のタンコブのように思っているのだ。

でも、私が生きているうちは、正面きって、とやかくいう者はおるまい。命がけで仏法を守ってきたのは、私しかいないのだから・・・・・。だが、私がいなくなり、日淳法主もお亡くなりになれば・・・・・あとは、何をするか、わかったものではないぞ」


「・・・・・衣の権威で、学会を奴隷のように意のままに操り、支配しようとする法主も、出てくるかもしれぬ。・・・・・ことに、宗門の経済的な基盤が整い、金を持つようになれば、学会を切り捨てようとするにちがいない・・・・・。戦時中と同じように、宗門は、正法を滅亡させる元凶となり、天魔の住処にならないとも、限らないのだ・・・・・・。

しかし、・・・・・・、日蓮大聖人の正法を滅ぼすようなことがあっては、断じてならない。」


「そのために、宗門に巣くう邪悪とは、断固、戦え。いいか、大作。一歩も退いてはならんぞ。・・・・・追撃の手をゆるめるな!」


これが、彼の最期の指導であり、愛弟子への遺言となったのである。


神奈川県平塚市の大経寺住職・渡辺慈済の証言では、戸田会長は登山すると、大石寺の所化を招待し、食事を振舞った。

「この中から、将来の日目上人が、現れるかもしれない」と、長身を折って、最敬礼で遇した。

会員から敬愛される戸田会長を、嫉妬する輩もいた。

戸田会長は、宗門の腐敗には極めて厳しく、時折雷が落ちた。


「坊主ども!戸田が供養を持ってくるから、ペコペコしているんだろう。特に安部なんか、しょうがない!阿部はだめだ!」

「安部には、将来気をつけろ!」と言われた。

後に、六十七世日顕となった、安部信雄だった。


学会の登山会が盛んだった頃、御開扉料は、年間30億円にのぼった。

大石寺では、正本堂の控え室に出勤簿があり、スタンプを押して、参加した僧侶で山分けしていた。

「飲み代稼ぎに、もう一丁、いくか」

学会員にとって、敬虔な祈りの儀式が、小遣い稼ぎになっていた。