著者:今野 敏(こんの びん)
出版社:集英社
またまた図書館で借りて読んだ。
この前読了した、今野氏の武田惣角のフィクション伝記「惣角流浪」が、面白かったからだ。
本作「義珍の拳」は、沖縄から日本本土に初めて沖縄空手を紹介した空手家・船越 義珍(ふなこし ぎちん)の伝記小説だ。
また沖縄唐手の技法書を出版した人も、船越義珍が初であるらしい。
本書では、船越義珍の生涯が書かれている。
かなり面白い小説だった。有名な武術家の生涯なのに、全然バトルがない(笑)
史実をネットで調べてみると、確かに船越義珍は、公式試合で戦ったことが一度もない。
それどころか、定説では、船越義珍は、道場のなかですら、組み手をしたことが一度もないとされる。
ではなにをしていたかというと、沖縄唐手の首里手の型をひたすら稽古していただけだ。
彼の残した言葉には、「空手に先手なし」が有名らしい。
本書でも、血気さかんな試合をしたがる弟子に、船越義珍は何度も諭すシーンが多い。
「手は、戦うためのものではない。己を鍛えるためのものなのだ」
こうした武術の思想は、日本に特有のものではないかと、私には思われるのです。
剣道の居合でも、「剣は抜かない、しかし抜けば必ず斬る」という思想があるようだ。
一見矛盾したようなことを言っているように見える。(禅問答?)
争いをする気はない、しかし戦いになるのであれば、必ず敵を倒す、そうした日本武道の美学であるかのように思われます。
まったく戦わない武道家の生涯を描いてるのに、本書はえらく面白い。一気に読み終わった。
晩年、船越義珍は、松濤館という空手の道場を開き、これは現在でも引き継がれている空手の大きな門派だ。
生涯、一度も試合をしたことのない高名な空手家・船越義珍。
ある人は彼を「空手の素人」だったと酷評するらしい。
しかし、船越義珍は、彼の首里手の先生・安里 安垣から習った技と「闘わず」の思想を一生を通じて
継承し、
日本に空手を始めて創始した人と言えます。
私は偉大な武道家だと感じました。
私はただの一格闘技ファンにしか過ぎないですし、今後もただの一ファンでしかないのですが(笑)
空手に生涯をかけた船越義珍師は、偉大な武道家だと感じます。
殴り合い、組みあい、無闇やたらに試合だけすればいいというのでもないのだなぁとも、感じました。
船越義珍師のように、武道に生き、一生を捧げた武道家を、ただの一ファンの私は偉大な生涯だと感じます。
おそらく殴りあうだけが、武道を追及する唯一の道ではないのでしょう。
副題は、「十三勢套路の発見」とある。
太極拳の本かと思い、図書館で借りて読んだ。
ところが。
太極拳の歴史についての学術書だった(笑)
著者の陳さんは、日本で太極拳関係の団体を創立した人で、
経歴を見ると、人生ほとんどすべてを太極拳について捧げたような方みたいだ。
著者は大学でも専門に太極拳の歴史を研究され、精通している。
さて、本書を読むと、どっと疲れた。(;^_^A
相当、難しい。
しかし、いい本だと感じた。
本書の思想や学術的な内容に余り詳しく触れず(笑)
ここでは、大雑把な概説に留めておこう。
著者の精緻な研究によれば(本当に精緻だ....)
太極拳は、十三勢という套路が源流だと説く。
十三勢から、中国の明代に、太極拳十三勢という套路が生まれ、
そこから陳式太極拳や楊式が生まれたとする。
ということで、超マニアという他しかない著者は(その探究心には脱帽だ)
あらゆる太極拳の源流は、
十三勢にあると主張する。
すなわち、すべての太極拳の源は、十三勢であると。
しかしその当の一三勢という套路は、現代では、もう失伝してしまっている。
本書はその貴重な套路の復元を考察して、実現している。
このように、中国拳法の歴史上に、極めて貴重とされながらも、失伝してしまっている套路は
いろいろあるみたいだ。
ここで著者の細かすぎる歴史的考察は省略する。(余りに内容が難しいので)
著者は、武式太極拳の創始者「武兎襄(ぶ うぶじょう)」が、
楊式太極拳(初期)に惚れて、習いに行ったが、断られ、
ほとんど偶然に、秘書といっていい「舞陽塩店太極拳譜」を手に入れて、、
太極拳の故郷である陳家溝を訪れ、
「舞陽塩店太極拳譜」の内容を元に、
陳長興に1か月、拳法の師事を受けたときに、
古伝の十三勢の復元をしようとして、結果、武式太極拳が生まれたと、著者は主張する。
驚いたことに、武式太極拳の創始者「武兎襄」は、陳家溝で1か月しか太極拳を
習っていないらしいのだ。
また、私がビビるようなことも、著者は指摘している。
太極拳の拳理は、老子の「道」ではなくて、易学(周易)であると。
これにはビビった。
また、太極拳は成立期間において、その技法を長拳から借用して、構成したとある。
長拳とはなにか?
現代の定義では、それは、紅拳、華拳、査拳、花拳、砲拳、截脚(たっきゃく)、翻子拳などの拳術の総称とされる。
このなかで、紅拳は荘代後期から現代に至るまで、中国国内では最大に普及した拳術で、
現代でも山東省一体で流伝されていて、少林寺の一番基本的な拳術でもある。
日本では、紅拳は全然有名ではなく、その名すらも知られていないし、それに対して、北派拳法の形意拳、
八卦掌、太極拳は中国国外でも広く知られている。
それは簡単な理由によると考えます。
伝統的な紅拳は、このように山東省などの”ド田舎”で、普及して流伝されており、
北派拳法は、20世紀の前半に、主に北京で、インテリや権力者に支持されてきた歴史があり、
毛沢東に弾圧されるまで、着実に大きな都市の国営体育学校で普及されてきたからだろうと。
南派拳法も、イマイチ、海外で普及していないのも、中国の歴史では、19~20世紀前半では、
南派拳法は、権力者側に対抗する市民革命軍が、政府側と戦うための武術だったからである。
たとえば、南派拳法の雄である洪拳(こうけん)という有名拳法があるが、洪拳は海外で普及してるだろうか?
少なくとも、日本で洪拳を教えているところは、ほとんどないと思われる。
近代の歴史のいきさつで言えば、北派拳法は、政府側公認の武術であり、
南派拳法は、庶民と反乱軍のための拳法である。
さて、それはともかく、本書は、十三勢の套路の復元に成功したようだ。
やってみた。動いてみた。
これが原初の太極拳(の可能性もある?)という歓迎に浸りながら。
本書は多分、良書なんだろう。
しかし.....難しいすぎる(笑)
まぁ.....たまには難しい本もいいだろうと思いました。
太極拳の本かと思い、図書館で借りて読んだ。
ところが。
太極拳の歴史についての学術書だった(笑)
著者の陳さんは、日本で太極拳関係の団体を創立した人で、
経歴を見ると、人生ほとんどすべてを太極拳について捧げたような方みたいだ。
著者は大学でも専門に太極拳の歴史を研究され、精通している。
さて、本書を読むと、どっと疲れた。(;^_^A
相当、難しい。
しかし、いい本だと感じた。
本書の思想や学術的な内容に余り詳しく触れず(笑)
ここでは、大雑把な概説に留めておこう。
著者の精緻な研究によれば(本当に精緻だ....)
太極拳は、十三勢という套路が源流だと説く。
十三勢から、中国の明代に、太極拳十三勢という套路が生まれ、
そこから陳式太極拳や楊式が生まれたとする。
ということで、超マニアという他しかない著者は(その探究心には脱帽だ)
あらゆる太極拳の源流は、
十三勢にあると主張する。
すなわち、すべての太極拳の源は、十三勢であると。
しかしその当の一三勢という套路は、現代では、もう失伝してしまっている。
本書はその貴重な套路の復元を考察して、実現している。
このように、中国拳法の歴史上に、極めて貴重とされながらも、失伝してしまっている套路は
いろいろあるみたいだ。
ここで著者の細かすぎる歴史的考察は省略する。(余りに内容が難しいので)
著者は、武式太極拳の創始者「武兎襄(ぶ うぶじょう)」が、
楊式太極拳(初期)に惚れて、習いに行ったが、断られ、
ほとんど偶然に、秘書といっていい「舞陽塩店太極拳譜」を手に入れて、、
太極拳の故郷である陳家溝を訪れ、
「舞陽塩店太極拳譜」の内容を元に、
陳長興に1か月、拳法の師事を受けたときに、
古伝の十三勢の復元をしようとして、結果、武式太極拳が生まれたと、著者は主張する。
驚いたことに、武式太極拳の創始者「武兎襄」は、陳家溝で1か月しか太極拳を
習っていないらしいのだ。
また、私がビビるようなことも、著者は指摘している。
太極拳の拳理は、老子の「道」ではなくて、易学(周易)であると。
これにはビビった。
また、太極拳は成立期間において、その技法を長拳から借用して、構成したとある。
長拳とはなにか?
現代の定義では、それは、紅拳、華拳、査拳、花拳、砲拳、截脚(たっきゃく)、翻子拳などの拳術の総称とされる。
このなかで、紅拳は荘代後期から現代に至るまで、中国国内では最大に普及した拳術で、
現代でも山東省一体で流伝されていて、少林寺の一番基本的な拳術でもある。
日本では、紅拳は全然有名ではなく、その名すらも知られていないし、それに対して、北派拳法の形意拳、
八卦掌、太極拳は中国国外でも広く知られている。
それは簡単な理由によると考えます。
伝統的な紅拳は、このように山東省などの”ド田舎”で、普及して流伝されており、
北派拳法は、20世紀の前半に、主に北京で、インテリや権力者に支持されてきた歴史があり、
毛沢東に弾圧されるまで、着実に大きな都市の国営体育学校で普及されてきたからだろうと。
南派拳法も、イマイチ、海外で普及していないのも、中国の歴史では、19~20世紀前半では、
南派拳法は、権力者側に対抗する市民革命軍が、政府側と戦うための武術だったからである。
たとえば、南派拳法の雄である洪拳(こうけん)という有名拳法があるが、洪拳は海外で普及してるだろうか?
少なくとも、日本で洪拳を教えているところは、ほとんどないと思われる。
近代の歴史のいきさつで言えば、北派拳法は、政府側公認の武術であり、
南派拳法は、庶民と反乱軍のための拳法である。
さて、それはともかく、本書は、十三勢の套路の復元に成功したようだ。
やってみた。動いてみた。
これが原初の太極拳(の可能性もある?)という歓迎に浸りながら。
本書は多分、良書なんだろう。
しかし.....難しいすぎる(笑)
まぁ.....たまには難しい本もいいだろうと思いました。
今野 敏(こんの びん)氏の小説である。
本書は、大東流柔術の中興の祖、武田惣角の半生を題材にした小説である。
大東流柔術は、合気道の元になった柔術であり、
武田惣角自身が様々な修行から、自身で編み出したという説もある。
本書はかなり面白い。
おそらく史実とされている武田惣角が、50人の人夫を相手にして、すべて倒した、という説話などが、
本書にも書かれてある。
武田惣角は、ほぼ、その生涯を流浪して、道場を持たず、
全国を行脚して、野試合やストリートファイトを行ない、生涯無敗、
多くの弟子を取った。
伝説の真偽は、当然私には分かるべくもないが、
まったくもって、武を体現した傑出した達人であり、最後の武士の世代である。
本書は小説であるが、作者の今野氏も、自身で武術道場を持つほどの人で、
伝説の武人である武田惣角に対する敬愛に満ちている、いい小説である。
ただし、本書を読んで、武田惣角の、現代の平和な社会から見れば、
熾烈な武術への態度を伺いしれ、
私などは、ただのフニャフニャした、固太りの中年に過ぎないということを(笑)
大いに実感しました。(^^;;
無論、そこら辺のおっさんである私と、武田惣角みたいな日本柔術史上最強?説を唱えられてる達人と、
比較しても何もならない。
武への心構えが全く違うということだけは、分かったような....f^_^;)
私の武術への取り組みなど、ただのお遊びだということは、よく分かりました(笑)
自分ではそうじゃないと思っていたが、やはりただの遊びレベルだったようだ。
武田惣角には、信じられないような逸話が多い。
武術は、それを成したり、それを実現する武人の生き様のなかにあるのだなぁ~と、
そう感じました。
武田惣角の写真は、何枚か残っている。
クリクリお目々の、丸顔の小さいジイさんだ。
160センチもないと言われている。
一応、武を学ぶモノとしては、日本武術史上で、誇りたい方だ。
惜しみらくは、武田惣角は、文章を書いたりできなかったようで、
合気を実際に使えたのは、武田惣角とあと数人だけだといわれている点だ。
武術を伝える人は、できるだけ、何か残して欲しいものだ。
自分と他に数人しか、奥義が使えない武術を伝えても、あんまり意味がない気がする。
本書は、大東流柔術の中興の祖、武田惣角の半生を題材にした小説である。
大東流柔術は、合気道の元になった柔術であり、
武田惣角自身が様々な修行から、自身で編み出したという説もある。
本書はかなり面白い。
おそらく史実とされている武田惣角が、50人の人夫を相手にして、すべて倒した、という説話などが、
本書にも書かれてある。
武田惣角は、ほぼ、その生涯を流浪して、道場を持たず、
全国を行脚して、野試合やストリートファイトを行ない、生涯無敗、
多くの弟子を取った。
伝説の真偽は、当然私には分かるべくもないが、
まったくもって、武を体現した傑出した達人であり、最後の武士の世代である。
本書は小説であるが、作者の今野氏も、自身で武術道場を持つほどの人で、
伝説の武人である武田惣角に対する敬愛に満ちている、いい小説である。
ただし、本書を読んで、武田惣角の、現代の平和な社会から見れば、
熾烈な武術への態度を伺いしれ、
私などは、ただのフニャフニャした、固太りの中年に過ぎないということを(笑)
大いに実感しました。(^^;;
無論、そこら辺のおっさんである私と、武田惣角みたいな日本柔術史上最強?説を唱えられてる達人と、
比較しても何もならない。
武への心構えが全く違うということだけは、分かったような....f^_^;)
私の武術への取り組みなど、ただのお遊びだということは、よく分かりました(笑)
自分ではそうじゃないと思っていたが、やはりただの遊びレベルだったようだ。
武田惣角には、信じられないような逸話が多い。
武術は、それを成したり、それを実現する武人の生き様のなかにあるのだなぁ~と、
そう感じました。
武田惣角の写真は、何枚か残っている。
クリクリお目々の、丸顔の小さいジイさんだ。
160センチもないと言われている。
一応、武を学ぶモノとしては、日本武術史上で、誇りたい方だ。
惜しみらくは、武田惣角は、文章を書いたりできなかったようで、
合気を実際に使えたのは、武田惣角とあと数人だけだといわれている点だ。
武術を伝える人は、できるだけ、何か残して欲しいものだ。
自分と他に数人しか、奥義が使えない武術を伝えても、あんまり意味がない気がする。