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栄堅(えいけん)のブログ

40代オヤジの格闘技・武道体験記

著者:今野 敏(こんの びん)
出版社:集英社

またまた図書館で借りて読んだ。
この前読了した、今野氏の武田惣角のフィクション伝記「惣角流浪」が、面白かったからだ。

本作「義珍の拳」は、沖縄から日本本土に初めて沖縄空手を紹介した空手家・船越 義珍(ふなこし ぎちん)の伝記小説だ。

また沖縄唐手の技法書を出版した人も、船越義珍が初であるらしい。

本書では、船越義珍の生涯が書かれている。

かなり面白い小説だった。有名な武術家の生涯なのに、全然バトルがない(笑)

史実をネットで調べてみると、確かに船越義珍は、公式試合で戦ったことが一度もない。

それどころか、定説では、船越義珍は、道場のなかですら、組み手をしたことが一度もないとされる。

ではなにをしていたかというと、沖縄唐手の首里手の型をひたすら稽古していただけだ。

彼の残した言葉には、「空手に先手なし」が有名らしい。

本書でも、血気さかんな試合をしたがる弟子に、船越義珍は何度も諭すシーンが多い。

「手は、戦うためのものではない。己を鍛えるためのものなのだ」

こうした武術の思想は、日本に特有のものではないかと、私には思われるのです。

剣道の居合でも、「剣は抜かない、しかし抜けば必ず斬る」という思想があるようだ。

一見矛盾したようなことを言っているように見える。(禅問答?)

争いをする気はない、しかし戦いになるのであれば、必ず敵を倒す、そうした日本武道の美学であるかのように思われます。

まったく戦わない武道家の生涯を描いてるのに、本書はえらく面白い。一気に読み終わった。

晩年、船越義珍は、松濤館という空手の道場を開き、これは現在でも引き継がれている空手の大きな門派だ。

生涯、一度も試合をしたことのない高名な空手家・船越義珍。

ある人は彼を「空手の素人」だったと酷評するらしい。

しかし、船越義珍は、彼の首里手の先生・安里 安垣から習った技と「闘わず」の思想を一生を通じて
継承し、

日本に空手を始めて創始した人と言えます。

私は偉大な武道家だと感じました。

私はただの一格闘技ファンにしか過ぎないですし、今後もただの一ファンでしかないのですが(笑)

空手に生涯をかけた船越義珍師は、偉大な武道家だと感じます。

殴り合い、組みあい、無闇やたらに試合だけすればいいというのでもないのだなぁとも、感じました。

船越義珍師のように、武道に生き、一生を捧げた武道家を、ただの一ファンの私は偉大な生涯だと感じます。

おそらく殴りあうだけが、武道を追及する唯一の道ではないのでしょう。


副題は、「十三勢套路の発見」とある。
太極拳の本かと思い、図書館で借りて読んだ。

ところが。
太極拳の歴史についての学術書だった(笑)
著者の陳さんは、日本で太極拳関係の団体を創立した人で、
経歴を見ると、人生ほとんどすべてを太極拳について捧げたような方みたいだ。
著者は大学でも専門に太極拳の歴史を研究され、精通している。

さて、本書を読むと、どっと疲れた。(;^_^A
相当、難しい。
しかし、いい本だと感じた。

本書の思想や学術的な内容に余り詳しく触れず(笑)
ここでは、大雑把な概説に留めておこう。

著者の精緻な研究によれば(本当に精緻だ....)
太極拳は、十三勢という套路が源流だと説く。

十三勢から、中国の明代に、太極拳十三勢という套路が生まれ、
そこから陳式太極拳や楊式が生まれたとする。

ということで、超マニアという他しかない著者は(その探究心には脱帽だ)
あらゆる太極拳の源流は、
十三勢にあると主張する。

すなわち、すべての太極拳の源は、十三勢であると。

しかしその当の一三勢という套路は、現代では、もう失伝してしまっている。

本書はその貴重な套路の復元を考察して、実現している。

このように、中国拳法の歴史上に、極めて貴重とされながらも、失伝してしまっている套路は
いろいろあるみたいだ。

ここで著者の細かすぎる歴史的考察は省略する。(余りに内容が難しいので)

著者は、武式太極拳の創始者「武兎襄(ぶ うぶじょう)」が、
楊式太極拳(初期)に惚れて、習いに行ったが、断られ、
ほとんど偶然に、秘書といっていい「舞陽塩店太極拳譜」を手に入れて、、
太極拳の故郷である陳家溝を訪れ、
「舞陽塩店太極拳譜」の内容を元に、
陳長興に1か月、拳法の師事を受けたときに、
古伝の十三勢の復元をしようとして、結果、武式太極拳が生まれたと、著者は主張する。

驚いたことに、武式太極拳の創始者「武兎襄」は、陳家溝で1か月しか太極拳を
習っていないらしいのだ。

また、私がビビるようなことも、著者は指摘している。

太極拳の拳理は、老子の「道」ではなくて、易学(周易)であると。

これにはビビった。

また、太極拳は成立期間において、その技法を長拳から借用して、構成したとある。

長拳とはなにか?

現代の定義では、それは、紅拳、華拳、査拳、花拳、砲拳、截脚(たっきゃく)、翻子拳などの拳術の総称とされる。

このなかで、紅拳は荘代後期から現代に至るまで、中国国内では最大に普及した拳術で、

現代でも山東省一体で流伝されていて、少林寺の一番基本的な拳術でもある。

日本では、紅拳は全然有名ではなく、その名すらも知られていないし、それに対して、北派拳法の形意拳、
八卦掌、太極拳は中国国外でも広く知られている。

それは簡単な理由によると考えます。

伝統的な紅拳は、このように山東省などの”ド田舎”で、普及して流伝されており、

北派拳法は、20世紀の前半に、主に北京で、インテリや権力者に支持されてきた歴史があり、

毛沢東に弾圧されるまで、着実に大きな都市の国営体育学校で普及されてきたからだろうと。

南派拳法も、イマイチ、海外で普及していないのも、中国の歴史では、19~20世紀前半では、

南派拳法は、権力者側に対抗する市民革命軍が、政府側と戦うための武術だったからである。

たとえば、南派拳法の雄である洪拳(こうけん)という有名拳法があるが、洪拳は海外で普及してるだろうか?

少なくとも、日本で洪拳を教えているところは、ほとんどないと思われる。

近代の歴史のいきさつで言えば、北派拳法は、政府側公認の武術であり、

南派拳法は、庶民と反乱軍のための拳法である。

さて、それはともかく、本書は、十三勢の套路の復元に成功したようだ。

やってみた。動いてみた。

これが原初の太極拳(の可能性もある?)という歓迎に浸りながら。

本書は多分、良書なんだろう。

しかし.....難しいすぎる(笑)

まぁ.....たまには難しい本もいいだろうと思いました。

今野 敏(こんの びん)氏の小説である。

本書は、大東流柔術の中興の祖、武田惣角の半生を題材にした小説である。

大東流柔術は、合気道の元になった柔術であり、

武田惣角自身が様々な修行から、自身で編み出したという説もある。

本書はかなり面白い。

おそらく史実とされている武田惣角が、50人の人夫を相手にして、すべて倒した、という説話などが、

本書にも書かれてある。

武田惣角は、ほぼ、その生涯を流浪して、道場を持たず、

全国を行脚して、野試合やストリートファイトを行ない、生涯無敗、

多くの弟子を取った。

伝説の真偽は、当然私には分かるべくもないが、

まったくもって、武を体現した傑出した達人であり、最後の武士の世代である。

本書は小説であるが、作者の今野氏も、自身で武術道場を持つほどの人で、

伝説の武人である武田惣角に対する敬愛に満ちている、いい小説である。

ただし、本書を読んで、武田惣角の、現代の平和な社会から見れば、

熾烈な武術への態度を伺いしれ、

私などは、ただのフニャフニャした、固太りの中年に過ぎないということを(笑)

大いに実感しました。(^^;;

無論、そこら辺のおっさんである私と、武田惣角みたいな日本柔術史上最強?説を唱えられてる達人と、

比較しても何もならない。

武への心構えが全く違うということだけは、分かったような....f^_^;)

私の武術への取り組みなど、ただのお遊びだということは、よく分かりました(笑)

自分ではそうじゃないと思っていたが、やはりただの遊びレベルだったようだ。

武田惣角には、信じられないような逸話が多い。

武術は、それを成したり、それを実現する武人の生き様のなかにあるのだなぁ~と、

そう感じました。

武田惣角の写真は、何枚か残っている。

クリクリお目々の、丸顔の小さいジイさんだ。

160センチもないと言われている。

一応、武を学ぶモノとしては、日本武術史上で、誇りたい方だ。

惜しみらくは、武田惣角は、文章を書いたりできなかったようで、

合気を実際に使えたのは、武田惣角とあと数人だけだといわれている点だ。

武術を伝える人は、できるだけ、何か残して欲しいものだ。

自分と他に数人しか、奥義が使えない武術を伝えても、あんまり意味がない気がする。