ご無沙汰しております。
昨年の9月に、職場が閉鎖になることが決まり、あれから色々あったのですが…
早い話、ここに来てまだ社内がバタバタしています。
というのも、私達の「後継」が決まらないのです。
昨年9月からずっと「あれもやらなければ」「これもやらなければ」と私の仕事を整理して、残された人にも解るようにしてきました。
私の会社は一部の部署で上下関係が無駄に厳しいため、許可をとるにもいちいち本来通らなくても良い無駄な部署の上司に話を通さなくてはなりません。
そのたびに無関係な上司の戯言に引っ掻き回され、ただただ時間だけが過ぎました。
本決算の時、私は考えうるそれなりの処理を終えたのですが、ここでひとつの問題が浮上しました。
工場が閉鎖するため、私が今までやっていた業務を「本社」もしくは「仙台営業所」が引き継がなくてはならなくなったのですが、この仙台営業所の担当者というのがやたらと曲者でして。
時代錯誤の仕事の仕方をしているため、まずもってパソコン(オフコン)が使えない。
苦手だからと避けるばかりで覚えようともしない。
かと思えば、自分の暇つぶしのためにわざわざ出なくても良い「休日出勤」をして金を稼いでいる。
仙台の事務担当者は女性が2人なのですが「仕事が忙しい」と口癖のように言ってはいるが、実際の仕事量は工場の半分程度。
今は工場が閉鎖することもあって、営業所の人間も結構退職しているので、昔よりだいぶ人数も減り仕事量も減ったはず。
だから「忙しい」というのは、単に担当者の要領が悪いだけで、要は営業所より難しく面倒な工場の後継仕事をしたくないだけなんです。
かといって残されたもう一人も、他の事業所で長年アルバイトをしていた人を差し置いて、派遣から正社員雇用されたというのに「経理はやりたくない」と拒否しているらしく、会社に対しての温情のかけらも仕事に対する誠意もない。
そもそもうちの会社の場合、正社員になった以上は「これはやりたい」だの「これはやりたくない」だのと職種を選べる状況にはないんです。
事実、現在の工場も事務担当者の女性は2人。私も在籍は経理課ですが、その他に技術課・総務課を兼務しています。
また10年くらい前に発送担当者が突然辞めた時には、やったこともない発送業務まで半ば強制的にやらざるを得ませんでした。
もう一人は現在、出荷・発送・資材課を兼務しています。それでも、定時前出勤・定時帰宅です。もちろん身勝手な休日出勤などありえません。
まして彼女は私と違い、どれだけ仕事がきつくても給与について不満を述べたことはないんです。
"愚痴って拒否して"といったわがままを通そうとするのは、仙台営業所の一人だけです。
もう一人も正社員登用されたのだから、責任をもって与えられた仕事をしろと言いたくなります。
何でこんな奴を先に正社員にしたのだとアホな人事部に訴えたいくらいです。
まぁそれでも(要領が悪くて)"一応"忙しいんだろうからと、私は業務の大抵を管轄外である本社にお願いして、月末に簡単な数の支払をしてもらい、10社程度しかパソコンに伝票を打ち込むことのない作業を仙台営業所に振り分けたのですが、それでも「忙しいから無理」「こんな仕事量でこの給料なんてやっていられない」とまぁごねるごねる。
そもそも私達が工場が閉鎖することになって、仙台営業所への転勤願いを出したとき「こういうの」でも「もともといる営業所の人間を辞めさせられないから」と私達は受け入れ拒否をされたんですよ。
「こういうの」でも私達くらい仕事ができて使える人なら納得もします。
しかし、仕事はできない、給料少ないとごねる、無駄な休日出勤はする、仲間とコミュニケーションは取れない。
挙句は「(工場の)仕事をしたくない」と。
一体こいつらは何しに会社にきているんでしょう?
こいつらは何のために私達を辞めさせてまでこの会社に残されたのでしょう?
事実、私達の代わりにこうして残されたのだから、その分責任をもってどんな仕事でも与えられた仕事を全うするのが筋だと私は思うんですが。
そもそも、「何もできない」「会社に貢献することも考えない」「ただの給料泥棒である」こんな奴らを残した会社は何を考えてるんだ?と正直思いました。
前年、監査役が最後の会計監査で工場を訪れた時、私達が辞めざるを得なかった経緯を知り「一体人事と仙台営業所長は何を考えてるんだ?優秀な彼女らを残して仙台営業所の無駄な人間を辞めさせれば事が済んだのに」とぼやいたことがいまだに忘れられません。
しかし、ものすごく厳しかった監査役がここにきてでも私達の能力を認め、そう言ってくれたことがとても嬉しかったです。
私はこの時期、本当は有給消化に入っているのですが、工場長や本社の重役から今になって「辞めないでくれ、手伝ってくれ」と泣きつかれ、仕方なく情で出社して仕事をしています。
本来であれば工場の仕事は仙台営業所の扱いであるはずなのに、「(難しく面倒な)工場の仕事をしたくない」とごねる仙台担当者達のせいで進むものも進みません。
辞めざるを得なかった私からしたら、やりもしないうちから「できない」と言い張るこいつらの態度は無責任もいいところです。
後継があまりにも決まらないのでここにきて今度は担当者同士でweb会議をするそうです。しかも無駄な部署の上司込みで。
そんなもんやらなくたって、仙台の担当者が仕事をすればいいだけの話なのに。結局はそれしかないのだから。
戦国武将の3英傑
「織田信長」公、「豊臣秀吉」公、「徳川家康」公はかつてホトトギスを題材に句を詠みました。
「鳴かぬなら」
★殺してしまえ 時鳥 (信長)公
★鳴かせて見せよう 時鳥 (秀吉)公
★鳴くまで待とう 時鳥 (家康)公
私の場合、もはや「鳴くまで待っては」いられません。
この事象は待てど暮らせど解決しないからです。
だから心でいつも思っています。
「できぬなら 辞めさせちまえ 担当者」と。
はい、私の性格は「信長」公と一緒です。
ちなみに、私は次の就職先が既に決定しています。
しかしこれまで長年、お世話になった分の義理を果たすべくここに残って仕事をしていますが、
本当は私の後継が「どうなろうと知ったことではない」んです。
とにかく、無責任な仙台の担当者達が腹立たしい今の私でした。