久しぶりに電子辞書を使ってみた。
まずはどこに電子辞書があるのか探さなければならなかった。
机の上、引き出しの中、積み重なっている本の間、ダンボールの中などなど、探した。
なかなか見つからなかった。
缶の中にあった。
積み重なっているというところで、ふとcompileかと思ったが、早速辞書で調べたら、compileは収集するという意味だ。
情報を積み重ねるというところで覚えやすい。
積み重ねるはpileであった。
しかし、雑然と積み重ねられている場合にはheapを使うようだ。
heapという単語は記憶にない。
が、heapも調べてみたところ、見たことがある気もする。
自分の机の上の本はpiledなのかheapedなのか気になるところである。
電子辞書というのは便利だ。
わからない言葉を入力するとすぐに答えを返してくれる。
一方、紙辞書は調べるのが面倒である。
例えばpileという単語の意味を知りたい場合、電子辞書は4文字入力して検索ボタンを押すだけ、1秒である。
しかし、紙辞書はpのところを開いて、次はiを探す。
pa、pe、pg、pk・・・。
どこにあるんだよ。
載ってないじゃないかよ。
となる。
100回に1回ぐらいはこうなる。
詰将棋が解けないときに、この詰将棋間違ってるだろ、と思うのと同様だ。
武井壮の話を聞いていると、触発される。
笑おうと思ってYouTubeで動画を検索して見て、関連動画を漁っていくと、真面目に話しているのもあり、勉強になる。
どうやら、記憶するということは非常に重要なことのようだ。
単語を覚えるとか、ある分野の知識を覚えるとか、どうように体を動かせば速く走れるかとか、頭で覚えるのと体で覚えるのは辿れば同じだと思うが、いずれにしてもいかなる記憶も重要ということでいい。
知識の記憶と、技術の記憶、、いずれにしても記憶だが、一部の技術を記憶しておくことで知識を記憶しやすくなる。
読書とか脳内盤とか、もっと直接的には効率の良い記憶の記憶の仕方の記憶とか。
そういえば、本屋さんには効率の良い記憶の仕方とか記憶力アップとかいう本があったと思う。
読んでもどうせやらないから見たことないが。
プロ棋士が数万局、数十万局?の棋譜を記憶していることからも、記憶することが重要であることは頷ける。
compileという単語がなぜ浮かんだか、若干間違って覚えていたわけだが、なぜ記憶に残っていたかというと、復習したことがあるからだろう。
復習しなくても大抵のことは記憶に残っている、しかし思い出せない、ものだと思っているが、どこかで復習、それが意図的でもそうでなくても、していれば再生できる(表現できる、アウトプットできる、うまい表現が見つからないが)。
なるほど。
ほほう。
記憶でもなんでもいいんだが、一歩一歩積み重ねながら前に進んでいるつもりで、実は一歩一歩何も積み重ねずに前に進んでいるのは馬鹿らしい。
元日に、今年は毎日腕立てをしようとか、単語を覚えようとか、詰将棋を解こうとか思って、数日もしくは1日だけやって終えると、これはそもそも一歩一歩進んですらいない笑。
しかし、3ヶ月まえに10回腕立てして以来、1度も腕立てすることなく(復習と置き換えていい)、また今日10回腕立てしてもそれは積み重ねずに進んでいる。
過去に作った砂山は、日々風に吹かれて小さくなり、いつかなくなってしまう。
そうなる前に、その砂山に砂を盛って大きくしていく必要がある。
ふふふ。
うまいこと言ったと思う。
ふふふ。
砂丘を見てみればわかるが、下の方の深いところにある砂が風で飛ばされることはない。
復習を繰り返し深まった記憶というのは消えることがない。
ふふふ。
またまたうまいこと言ったと思う。
ふふふ。
そこでノートが役に立つ。
ノートに書き留めておけば、より正確により鮮明に復習できる。
なるほど。
ノート便利だ。



