2日前に5時から13時半まで寝た影響で、昨日は3時から3時半の間に寝付いた。



その後6時半に起きたので、3時間ぐらいしか寝ていない。



当然、お昼ご飯を食べた後には眠くなる。



寝た。



横になって寝ようかとも思ったが、それだとまた夜眠れなくなってしまうので、机の上に突っ伏して寝ることにした。



これが昼寝を制する秘訣だった。



1時間前後?いやもっと短いだろうか、寝始めた時間を把握していなかったのでわからないが、横になって眠るより時間は短いにもかかわらず、目覚めすっきりである。



目覚めてから5分程度で通常の80%ぐらいの行動ができたのでよかった。






最近の流行りはノートを書くことだ。



TV番組等を見ながら内容をノートに取っていく。



全くノートを取らないでただへらへら見る番組もある。



ノートの記録によると2日前に、1週間ぐらい前の印象だったが記録というものは正確でイメージとのズレを実感する、高校日本史を見ている。



大和政権と古墳時代についてノートに記録されている。



それはそうと高校講座というのは、こうこうこうざと書き、こうが3つもある。





「運動をする時間がないから・・・」と嘆く人がいる。



その人はずっと寝てなきゃいけないのだろうか。



ずっと睡眠を摂る仕事でもしているのだろうか。



そうでなければ座っていても立っていても運動はできる。



立っていればつま先立ちをすればいいし、座っていれば空気椅子をすればいい。



空気椅子はハードルが高いなら、おなかに力を入れて腹筋を常時鍛えてもいい。




空気椅子の手前で太ももに負担をかけることだってできる。



その状態がイージーになったら空気椅子にすればいい。



正座ならば、太ももの力で少しお尻を浮かせればいい。



お気に入りの鍛え方だ。





そもそも100m走をするのに何秒かかるだろうか。



たいていの場合30秒かからないだろう。



ということはたったそれだけの時間でダッシュの運動ができる。



準備運動を入れても、2分あれば十分だろう。



ただし、この場合、走った後に猛烈に気持ち悪くなるので1時間の安静が必要な場合もある。






早く寝ないといけないと思うのだが、15時まで寝ていたせいか、眠くない。



これで明日の朝起きて、夕方に猛烈に眠くなって夕寝してしまい、夜にまた眠れないという悪循環に陥ることが予想される。



今は寝なくても平気だと思っているが、朝になって後悔するお馴染みのパターンだ。





道を歩いていると高校生に出くわすことがある。



そうするとやはり刺激を受ける。



高校生の活力はすさまじい。



なんか負けるわけにはいかないなと思う。





中学生にもでくわすが、バッグが学校指定のものでない場合があるのは知っていたが、靴も革靴ではなくスニーカーの場合があるようだ。



たしかに足に負担をかけずに合理的なのだが、合理的であるということが正しいかは疑問符がつく。



合理性に従って生きるよりも、正解から離れた遊びの部分が重要である。



話が逸れた。



難しい。



今日学んだ現代文の内容を踏まえて書いてはみるものの、そう簡単ではなかった。



しかし今日は1.3倍ぐらい賢くなった。





昨日から坂道ダッシュは2本がノルマになっている。



準備運動をしてから取り組んでいるからか、それともしっかり呼吸をするようにしているからか、気持ち悪くならずにすんだ。



しかし太ももの裏は痛くなる。



特に1本目でその傾向が顕著だ。



1本目は98%の力でやるように変更したほうがいいかもしれない。



ちなみにウェットコンディションの場合は中止だ。




時間を無駄にしないというけれど、どうすればいいのだろうか。



高校や予備校で3年間勉強した世界史だが、メソポタミア、肥沃な三日月地帯、ヒッタイト、海の民ぐらいしかぱっと思いつかない。



しかも、それを説明しろと言われても無理だ。



何年間も学校で英語を勉強したのに話せないとはよく言われることだが、どの教科でも大差ないと思われる。



それではその勉強した時間が100%無駄だったかというと?が付く。



100%無駄だとは言い切れないが、学んだことを最低限すべて覚えていることと比べれば、いくらかは無駄と言えるかもしれない。



覚えてるからといって、それを使うとき・ところがなければ、それは直接的にでも間接的にでも、無駄かもしれない。



趣味として、娯楽として学ぶこともあるから、そうでもないのだろう。



そうか、なるほど。



使うことを前提に考えるが、その場合、記憶していなければ使えない。



ということは、繰り返し復習して記憶に定着させるべきだろう。



そのときにやっぱりノートが必要になる。



端的にノートにまとめておけば、復習の時間を省略でき、効率よく記憶にとどめることができるはずだ。



だから学校の授業ではノートを取るのだろうか。



なるほど。





時間を無駄にしないということだが、テレビを見るという行為と現代文を読むという行為はどちらのほうが時間を無駄にしているのだろうか。



どっちもどっちだろうという感じだ。



テレビで見た内容はほとんど忘れた。



現代文で読んだ内容もほとんど忘れた。



どちらも復習していないからだ。



ノートを取ってテレビを見たり、現代文を読んで、復習しておけば、知識だったり考え方だったりが、しっかりと自分に取り込まれていたことだろう。



毎週欠かさず録画して見ているほんまでっかだが、何も思い出せない。



これはまずい。





てっとり早く、知識を得るには本を読むのがいいだろう。



しかし本を読むのは苦手だ。



1冊なんて長すぎて読めない。



だが、そんな人におすすめな便利なものがあるじゃないか。



そう、受験問題の現代文だ。



お手軽な長さで、ちゃんと読めてるか判定してくれる問題付きだ。



インターネット上で無料で見て印刷できる分だけで少なく見積もっても数千はあると思われる。



これに英語も合わせれば倍以上、いや3~4倍になるだろうか。



しかし英語は何が書いてあるかわからないので却下だ。



現代文に比べて内容が薄かったり、読み間違えるリスクがあるし、そもそもすべての現代文を読みつくしてからでもいい。



現代文をひたすら読んでいたら1000万倍ぐらい賢くなる気がする。



おい。



それでは時間を無駄にしてしまうじゃないか。



要点を簡潔にノートにまとめることも忘れてはならない。






3年半以上使ったiPhone4がついに使えなくなってしまった。



以前から電源ボタンは機能停止していたので音量ボタンで起動させていたし、ホームボタンは非常に接続が悪かった。



おとといぐらいからホームボタンが全く反応してくれなくなってしまった。



使用中の画面からほかのところへ移動できなくなってしまったということだ。



あぁ。



iPadAirがあるからiPhoneは解約するか。



ソフトバンクさようならである。






ファイルと値引きしてあるサラダがあれば買おうと思い、22:30頃スーパーに行った。



半袖と7分ズボンで行ったら寒かったので走ることにした。



坂道ダッシュをしている効果か、楽々だった。



まったく息が上がらなかった。



信号待ちでは縄跳びしているように跳ねて待った。



5月1日は3本ダッシュしたら猛烈に気持ち悪くなった。



1本の予定だったが、天気がよく気持ちよかったので、ついもう1本、もう1本とやってしまった。



本当はもっとやりたかったが、気持ち悪くなるのが明白だったので3本で切り上げたが、だめだった。



5月2日は1本だけにした。



寝不足だったので予定通りにこなした。



1本だと物足りない。



5月3日は2本やった。



今日も寝不足だったので1本もやらずに見送ろうと思ったのだが、気づいたら準備運動をしていたので、やった。



1本目はコンサバに98%の力でダッシュした。



やはりそれでは物足りないので2本目は100%でやった。



今まで準備運動をしていなかったからか、太ももの裏が若干痛くなっていたので、今日はそこを伸ばす運動をしてから取り組んだ。






坂道を見つけると、ついダッシュしたくなるのはどうしてだろう。



その坂道はある程度負荷のかかる角度であることが望ましい。



自宅周辺は坂道がほとんどない。



ほとんど平らな道だ。



そんな中、坂道を見つけた。



サミットの2階にある駐車場に続くスロープだ。



朝は通常の入口が開いていないので、毎日歩いて登っていたが、今日から走って登ることにした。



ズボンの後ろポケットに入っているケータイが落ちそうなので手に持ってダッシュした。



そしたらズボンの後ろポケットに入っている財布が落ちた。



拾って再度ダッシュで駆け上がった。



およそ15mぐらいだろうか。



1本のダッシュでは疲れなかった。



なので1階分の階段もダッシュで登った。



余裕だった。



朝なので体力が万全である。



午後帰るときは普通の入口から出るのだが、外に出てから駐車場に続く坂道へと向かった。



1本では物足りなかったので、2本ダッシュした。



疲れたので帰ることにした。



1週ごとに1本づつ増やして行けたらいいと思う。



半年後には26本・・・。



さて、坂道ダッシュを終え、1分ほど歩いて帰宅していると気持ち悪くなってきた。



若干蒸し暑いし、久しぶりに全力運動をしたからだろうか。



わずか5分の家までの道のりが1.7倍増しぐらい遠く感じた。



家に辿り着き、とりあえず水を飲んで寝っ転がった。



そしたら1時間ぐらい寝てしまい、寒くて起きた。



なぜ激しい運動をすると気持ち悪くなるのか調べたら、食後だと足に血液が行き過ぎて消化器官が必要とする分が不足するそうだ。



ダッシュで体力だけでなく、知識も鍛えられてしまった。



たしかにバナナ等食べた。



青果部門だから試食した。



皮が緑色だったので皆さんで美味しく召し上がった。



皮が緑色でも中身は通常の柔らかさであった。



そして大きいバナナだったので1本食べると結構お腹いっぱいになることが分かった。



この試食の経験から、「このバナナは何人前ですか?」と聞かれたら「○人前」と答えることができる。



また、通常の食事よりも圧倒的に時間を短縮して食べ終えることも伝えられる。



頑張って食べたので30秒ぐらいだったと思う。





それはそうと、武井壮が食事する前にダッシュすると言っていたので、自分も真似することにした。



彼は西麻布界隈の坂道でダッシュしているそうだ。



食事をするまえにダッシュすると、その後の食事で食べたものが脂肪にならずに筋肉になるみたいなことを言っていた。



食事したあとだと気持ち悪くなるから、食事前が定跡だ。



手順前後は悪手である。





ジョグだと時間がかかるが、ダッシュだとあっという間に終わるのが魅力的だ。






1


机の上の新しいセッティングが完了した。



右奥にPCを斜めに置き、右端にコップとマウス、中央奥にペットボトル飲料、その左に電気、左に筆記用具や電子辞書と扇子、左中央にiPadAir。



これで真ん中で勉強したり読書したりできる。



PCを斜めに構える必要があるかと言えば、やや疑問だが、まっすぐ置くと自分が右に移動して使用することになるし、マウスの位置が使いにくくなりそうだ。



だからこれが理想型だろう。



それにPCを斜めに置いたほうが、かっこいい。




2


机の右側にある、引き出しだ。



今はまだ本が片付けられずに置いてあるが、明日にはまったくきれいな状態になっていることだろう。



この上には何も置かない予定だった。



できる限り何も置かないほうが、ホコリが溜まったりして掃除せずに済むからだ。



しかし、なにも置かないのはスペースがもったいないので、イカ娘ランドでも作ろうかと思う。



これからの研究課題である。





『捨てる力』という本を羽生先生が出しているが、読んだことはない。



それはともかくとして、部屋の片付けをした。



気づけば本やプリント、マスク、ティッシュ等が机の上を占領していた。



なぜ何度もこうなるのか。



そして机の引き出しの中もいらないもので埋め尽くされていた。



ここで捨てる力である。



羽生先生の『捨てる力』は省略という意味での捨てる力について書かれていると思われるが、本は読んだことがないのでレビューだったりニコニコの将棋放送で知ったのだろうか、ここでは処分するという意味である。



<羽生先生の『捨てる力』><省略という意味>での捨てる力について書かれていると思われるが、<本は読んだことがないのでレビューだったりニコニコの将棋放送で知ったのだろうか><ここで><処分するという意味>である。



赤は赤で対応していて、緑は緑で対応している。



黄色は見えない。



と思いきやバックが白だと見えないが、青だとよく見える。



緑の方が見えなかった。



黄色は挿入だ。



現代文の勉強をするときの基本だ。




1


綺麗になったのはいいのだが、ここでひとつ疑問が湧いた。



果たして、PCは真ん中に置くのが最善手なのだろうか。



右角に置いておけば、机がもっと広くなるのではないだろうか。



真ん中に座って画面がこっちを向いているようにしたいので、斜めに設置する。



試してみたい手ではある。





書き終えようと思ったが、ここで重大なことに気がついた。



捨てる力について書いていない。



全然使っていないが、つい取っておきたくなるものをバンバン捨てたということだ。



例えばサンゴ。



沖縄で拾ってきたが、一体何回見たのだろうか。



ほとんど見ていない。



ということはそれは自分にとって必要のないものだろう。



でも、いつかまた見たくなるかもしれない。



捨てたらやっぱり取っておけば良かったと思うかもしれない。



そしたらまた拾ってくればええがな。



同じサンゴは落ちてない。



思い出の詰まったサンゴは。



それなら肌身離さず持ってればええがな。



ということで必要のないものなので捨てた。