時間を無駄にしないというけれど、どうすればいいのだろうか。
高校や予備校で3年間勉強した世界史だが、メソポタミア、肥沃な三日月地帯、ヒッタイト、海の民ぐらいしかぱっと思いつかない。
しかも、それを説明しろと言われても無理だ。
何年間も学校で英語を勉強したのに話せないとはよく言われることだが、どの教科でも大差ないと思われる。
それではその勉強した時間が100%無駄だったかというと?が付く。
100%無駄だとは言い切れないが、学んだことを最低限すべて覚えていることと比べれば、いくらかは無駄と言えるかもしれない。
覚えてるからといって、それを使うとき・ところがなければ、それは直接的にでも間接的にでも、無駄かもしれない。
趣味として、娯楽として学ぶこともあるから、そうでもないのだろう。
そうか、なるほど。
使うことを前提に考えるが、その場合、記憶していなければ使えない。
ということは、繰り返し復習して記憶に定着させるべきだろう。
そのときにやっぱりノートが必要になる。
端的にノートにまとめておけば、復習の時間を省略でき、効率よく記憶にとどめることができるはずだ。
だから学校の授業ではノートを取るのだろうか。
なるほど。
時間を無駄にしないということだが、テレビを見るという行為と現代文を読むという行為はどちらのほうが時間を無駄にしているのだろうか。
どっちもどっちだろうという感じだ。
テレビで見た内容はほとんど忘れた。
現代文で読んだ内容もほとんど忘れた。
どちらも復習していないからだ。
ノートを取ってテレビを見たり、現代文を読んで、復習しておけば、知識だったり考え方だったりが、しっかりと自分に取り込まれていたことだろう。
毎週欠かさず録画して見ているほんまでっかだが、何も思い出せない。
これはまずい。
てっとり早く、知識を得るには本を読むのがいいだろう。
しかし本を読むのは苦手だ。
1冊なんて長すぎて読めない。
だが、そんな人におすすめな便利なものがあるじゃないか。
そう、受験問題の現代文だ。
お手軽な長さで、ちゃんと読めてるか判定してくれる問題付きだ。
インターネット上で無料で見て印刷できる分だけで少なく見積もっても数千はあると思われる。
これに英語も合わせれば倍以上、いや3~4倍になるだろうか。
しかし英語は何が書いてあるかわからないので却下だ。
現代文に比べて内容が薄かったり、読み間違えるリスクがあるし、そもそもすべての現代文を読みつくしてからでもいい。
現代文をひたすら読んでいたら1000万倍ぐらい賢くなる気がする。
おい。
それでは時間を無駄にしてしまうじゃないか。
要点を簡潔にノートにまとめることも忘れてはならない。