「ヤマト朝廷は3世紀始めには成立していたらしい、ということは、弥生時代からヤマト朝廷があった、ってことか?」
それは違います。
ヤマト朝廷と呼ばれるものがいつできたか、ってのにはいろんな説がありますけど、ヤマト朝廷が出来た瞬間に「弥生時代」は終了して「古墳時代」が始まる、というのが言葉の定義です。時代が先にあってあとから出来事が起こるわけじゃなく、出来事が起きた時点を後世の歴史学者が区切って「何々時代」という名前をつけるんですから。
「鎌倉幕府は鎌倉時代以前から存在していたのですか?」って聞かれたら、どう答えますか? 話の順序を考えてください。鎌倉幕府ができた時点からを鎌倉時代と呼ぶ。歴史学者と文部科学省が相談して、そういうふうに教科書に書くことに決めたんです。
昔の教科書には「古墳時代」というのはなくて「大和時代」と呼んでいました、この大和時代を、古墳時代と飛鳥時代に分けることに、ある時期変わったんですが(なんで、っていう話をすると長くなるので、とりあえず、そういうもんだというふうに思っていてください)。
つまり、弥生時代には大和朝廷はありません。仮に原型っていうか祖先っていうかがいたとしても、それは大和朝廷とは言われません。