すみません、「忠臣蔵」ファンの皆様には怒られるような話になります。そういう見方もあるか、と御容赦ください。
浅野内匠頭に切腹を命じたのは幕府ですから、「主君の仇ば幕府のはずだ、って、理屈はそうですけど、江戸城に討ち入るわけにもいきません。勝ち目がない騒動を起こしても、誰も評価してくれません。
それよか、手近な「勝てる相手」を見つけたほうが、現実的でしょう。「勝てない戦争」を始めてはならない、これは最低限の武士の基本です。
だから、彼らは「叛乱」ではなく「仇討ち」をしなきゃいけないんです。
まず大前提として、「仇討ち」というのは、当時の江戸庶民にとって最高の娯楽イベントだったんです。 喩えれば、サッカー日本代表のワールドカップ予選のようなものです。
今も昔も、庶民は芸能・スポーツのニュースに飢えています。そうした庶民にとって、仇討ちは最も美味しい素材だったんです。
だって、この平和な時代に、人と人が真剣勝負で殺しあう、なんて刺激的な出来事は他にありません。そんな事件が起これば、そりゃあ、みんな大喜びです。
しかも、仇討ちの場合、善玉と悪玉がはっきり決まっています。仇を討つほうが善玉、討たれるほうが悪玉。ストーリーが作りやすくて感情移入がいやすい。そして、善玉に加勢する正義のヒーローなんかがいれば、一躍時の人になります。
そういう人気者をスカウトすれば、その大名家の人気も上がります。
「高田馬場の仇討」でそうした国民的人気者になったのが、中山安兵衛という浪人です。その人気に目をつけてスカウトしたのが、赤穂浅野家の家臣・堀部弥兵衛ですね。自分の娘と結婚させて、堀部安兵衛となりました。
つまり、「仇討ちは、再就職の近道」という事実を、彼自身が証明しています。
そうしたら、その有名人が新加入した赤穂浅野家が、いきなりお家断絶してしまったんです。さあ、江戸庶民はみんな色めき立ちます。あの安兵衛もいる赤穂浪人団だ、主君の仇を討とうと張り切っているに違いない、仇討ちしないでどうすんだ。
という具合に、赤穂浪士たちは「でかい仇討ち事件を起こしてくれるに違いない」って、江戸中の庶民の期待を集めることになりました。
この大衆人気の盛り上がりを利用しない手はありません。
だから大石らは、「これは幕府への叛逆ではなく、仇討ちなんですよ」という形式を、精一杯アピールしました。仇討ちなら、世論を味方に付けられることを知っていたからです。
討ち入った四十七士は、世間の喝采を浴びつつも、やはり切腹になりました。
これは想定内、というか、期待通りだったと思われます。「汚らわしい謀反人」ではなく「名誉ある義士」として死ねたことは、彼らの親類縁者、子孫たちに多大な恩恵を与えたはずです。
あの四十七士の息子だと聞けば、どの大名家も家中に加えたいと思うようになるでしょう。
武士というのは、戦争すればかなりの確率で戦死するのが宿命です。
しかし、「死んだらそれっきり」では誰も働きませんから、「自分が戦死したら、その手柄込みで、自分の禄は間違いなく子孫に引き継がれる」という保証されなければいけません。これが武士の基本的なエトスとなります。
息子がいなかったらどうするか、どっかの遠い親戚でも誰でもいいから男の子を連れてきてくれて、そいつに家名を継がせれば、「死んだ甲斐があった」ということになるんです。血統、遺伝子は絶対ではありません、これは思想の問題ですから。
「自分の命より家名の存続。家さえ続けば、自分は死んでも本望」という思考をするように、武士というのは、できているんです。
自分が再就職できなくても、子孫が再就職して家名を復活させてくれれば、大成功なんです。
大石内蔵助良雄は、妻を離縁したあと、長男主税(ちから)良金を連れて討ち入りしています・大将としては、息子を安全地帯に逃したのでは、部下に示しがつかなかったでしょうし。当然、主税も切腹しています。
しかし、離縁した妻が産んだ大三郎がいて、赤穂義士が大人気になったのち、広島の浅野本家に仕官が叶い、父と同じ1500石を貰って、大石良恭として家名を復活させています。
目論見どおり、なんて意地悪なことはいいませんけど、討ち入りが評判を取ったおかげで、子孫の再就職ができたのですから、やはり「討ち入りは大成功」と言っていいでしょう。
家を残すことが、武士の最優先事項なんです。
私も正直、吉良上野介は「冤罪」であり、気の毒だと思います。
しかし、赤穂の浪人にとっては、背に腹は変えられません。
「幕府への抗議」ではなく「殿様の仇討」であるためには、浅野が吉良を深く恨むだけの「何か」があった、という物語が必須なんです。
これは、しょうがありません。
弱者の戦略としては、敵の一番弱い部分を突くことしかありませんから。
ところで「必殺仕事人2019」は、かなり「忠臣蔵外伝四谷怪談」みたいな話である。このクライマックスの婚礼シーンなんか、まんまだなあ。
伊藤健太郎は、ナンバーワン民谷伊右衛門といっていい!