「ハムレット」を解く(19) オフィーリアに「尼寺へ行け」と毒を吐くハムレットは、マジなのか? | えいいちのはなしANNEX

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このブログの見方。写真と文章が全然関係ないページと、ものすごく関係あるページとがあります。娘の活動状況を見たいかたは写真だけ見ていただければ充分ですが、ついでに父の薀蓄ぽい文章を読んでくれれば嬉しいです。

 ハムレットが「生か、死か」のと独白し、それに続いてオフィーリアに「尼寺に行け」云々と罵倒するシーンについて、あらためて考えて見ます。

 このシーンは、ポローニアスとクローディアスがカーテンの陰に隠れて、ずっと話を聞いています。ハムレットは、この二人がいることに気付いていたのかどうか、というのが、いつも話題になります。

 「気付いていた」説は、どっちかというとオフィーリアに同情的なヒトに多いんですよ。つまり、親の言いなりにハムレットを騙す片棒を担いで、こんなところで待ち構えていたオフィーリアに腹を立てたのだ、というわけです。それとともに、うしろの二人に「なるほどハムレットは狂気なのだ」ということを見せつけるために、わざとヒドイ暴言を吐いて見せたのだ、ということです。

 あれはハムレットの本心じゃあないんだ、ほんとはまだオフィーリアを愛してるのに、敢えてイジメるところをオヤジ二人に見せてるんだ、というわけです。

 実は若い頃は私もそう信じていました。だって、そうじゃなきゃ、あんまりじゃん。
 しかし、シェイクスピア劇のお約束からいえば、残念ながらこれはハズレなのです。

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 たとえば「から騒ぎ」で、ドン・ペドロたち三人が、物陰に隠れたベネディックにワザと聞かせるように「ベアトリスはベネディックに惚れている」というニセ情報を喋ります(ドッキリカメラですな)。このとき、三人はヒソヒソ話で「ヨーシ、隠れているアイツにもっと聞かせてやろう」という台詞を随所に入れています。つまり観客に向かって「いま、我々は騙しちゅうですよ」「これはドッキリですよ」と説明しているのです。
 いっぽう、たとえば「十二夜」で、マルボーリオにニセ手紙を摘ませて「オリヴィアは自分に惚れている」と勘違いさせるシーン、こちらでは「騙し三人組」のほうがうしろに隠れていて、前で喋っているマルヴォーリオはそれに全く気付いていません。うしろの三人は、繰り返し「いま、騙し中です」ということを観客に分からせる台詞を語ります。つまり「気付いているなら、ちゃんと気付いているぞと観客に言う」というのが、シェイクスピア劇のルールです。

 ハムレットは、カーテンの陰に誰かいることに全く気付いていません。まったくオフィーリアと二人きりだと思いこんだ状態で、あの罵詈讒謗を吐き散らしているのです。つまり、これはハムレットの本音だ、ということです。
 ついこのあいだまで恋人だったはずなのに、ナンだというのでしょうか、この男は。人生に絶望したんなら一人でかってに死ねばいいのに、女に当り散らすなんて、ひどいですね。これじゃあ、ただの「だめんず」です。
 
 しかしこのシーン、「ハムレットは、オフィーリアが血の繋がった妹だと気付いてしまった、でもオフィーリアはまだそれを知らない」という状態なんだと思って見れば、かなり違って見えてくるはずです。以下次号